ベクトル[完] | ナノ

みょうじさんは、自分がしっかりしてて凄く強いです。
だからこそ、素直になれなくて―――――損することも多いんじゃないですか?

そんな姿を見てると、なんか守ってあげたくなるんすよ。
南沢さんも、きっとそこに惹かれたんじゃないんすかね?




倉間は、痛い程に突き刺さってくる視線が痛くて、首にかけたタオルを握り締め、逃げるようになまえのいるベンチから離れた。

ああ、ヤバイ。

何言ってんだろ、俺。

正直言って雷門中では有名人であるなまえに、放送の時とは違って直接顔を見れただけで舞い上がっていたのに、あんなに至近距離で話したのはまずかった。

今は休憩時間だから、息なんて上がるはずがないのに、バクバクとうるさいほど心臓が音を立てているのが分かる。



くそ、ズルいぞ南沢さん。

二人の関係をひた隠しにするくらいだから、よっぽど南沢の片想いで終わっているのかと思っていたが、倉間はなまえの様子を見て、はっきりと確信した。

なまえは、周りのことをよく見ている故に素直じゃない。

現実を嫌というほど理解しているからこそ、臆病になっているのだ。



「南沢さんの名前出しただけで、顔赤くなってたもんな…
何だよあれ、マジムカつくんだけど…エロミ沢のくせに」
「あ?誰が何だって?」
「!
み、南沢さん、居たんすか!」



てめえ、と明らかに怒っている南沢は、サッカー棟の入り口まで戻って来ていた倉間の胸ぐらを掴んだ。

うわ、いつのまに。

追い詰められたことを理解した倉間は、何となく予想が出来た事態に内心楽しんでいた。

全く、マジでリア充とかないんだけど。



「……どういうつもりだ、」
「どういうって…何のことですか?」
「!
てめえ、いい加減にしろよ?!」




















始終何かを企んだ顔をしていた倉間が気になって、休憩中も時々視線をやっていたとき、倉間がベンチの傍に近寄っていくのが見えた。

タオルもスクイズももらっていた筈なのに、どうしてベンチの傍に行くのか。

タオルを片手に目線だけ倉間に向けていると、進んでいく先には―――――



「なまえ…?」
「みょうじが、どうかしたのか?」
「いや……」
「何だよ、またのろけか南沢」



同級生達に小突かれながらも倉間を目で追うと、倉間はベンチに座るなまえに話し掛けていた。

それもかなり、親しげに。



「あんのチビ……」
「男の嫉妬は醜いド」
「うるせえよ」



分かってはいる。

でも、南沢は自分の眉間に無意識に寄っていく皺を触りながら、持っていたタオルを頭から被った。

落ち着け、落ち着くんだ。



南沢は倉間達に惚気話はするものの、なまえの名前はひた隠しにしてきたのにはもちろん理由がある。

みょうじなまえは、放送部の活動からそれなりに校内では有名で、人気があるのだ。

しかし、厄介なことになまえ自身は自覚をしていない。

だから、南沢も気が気ではなかったのである。

正直今回も、取材とはいえなまえが近くにいることには変わりはなく―――――南沢は軽くいつもの3割増しのモチベーションであった。



しかし倉間にそれがバレてしまった今、部活では毎回のように質問責めをくらい、苛立っている毎日を送っていて。

そのせいで、なまえに対して今まで以上に束縛をしているのも理解している。



「でも、あんまりうるさいと…もっと嫌われちまうしな」
「(嫌われる…?
南沢、気付いてないのか…)」



タオルを首に掛け直して、ふと視線を戻した南沢は、目の前の光景に目を疑った。



「…え?」
「!
倉間…何してんだ?」



倉間はタオルを先ほどの南沢のように頭から被っていたから表情は見えないが、明らかに―――――なまえの顔のかなり近くに、倉間の顔があった。

倉間が何か言ったのだろうか、それとも間違いでも起こったのだろうか。

少し経ってから、倉間がなまえから離れると、なまえの顔は真っ赤に染まっていた。



それから、南沢は走りだした。



「あ、南沢…!」



何かを伝えようとした三国の声は、南沢には届かなかった。




















そして冒頭に至る。



「……どういうつもりだ、」
「どういうって…何のことですか?」
「!
てめえ、いい加減にしろよ?!」
「だから何がですか
主語がないですよ、主語が」



とぼけているのか、倉間は至って普通の声で南沢に答えた。

しかし、笑っているのか―――――倉間の肩は小刻みに揺れている。

ああ、ムカつく。



「……」
「……」



お互いの間に、長い沈黙が続いた時、



「はあ、もう…そんなマジな顔しないでくださいよ
俺、別に………みょうじさんに、何もしてないっすよ」
「んなわけないだろ!
どう見たってさっきのは…!」



―――――キスしてるみたいだって?



「!」



にやりとニヒルな笑みを浮かべた倉間に、分かってるじゃないかと南沢は睨みをきかした。



「確かに、俺はみょうじさんのこと嫌いじゃありません
寧ろ気に入ってるくらいっすけど」



―――――人の彼女に手出したりはしませんよ。



至って普通の顔で言い放った倉間の胸ぐらを掴んでいる南沢の手の力は、一向に弱まる気配はない。

寧ろ、今の倉間の発言でかえって強まったくらいだ。



「てめえ、馬鹿にしてんのか…?!」
「あーもう!違いますって!」


「俺は応援してんすから、そんな掴まないでくださいよ!
いい加減ッ、くるし……!!」
「んな態度に見えねえからだろうが、てめえの所為だ」
「……んじゃ、このままでいいっすよ
正直な話、南沢さんの一方通行だと思ってたんすよね
校内でもイチャイチャしないし、愛想ないしって、もう完全に南沢さんのこと、眼中にないんだと思ってたんすよ
でも、」



―――――みょうじさん、南沢さんのことしか見えてないみたいなんで、大丈夫っすよ。



「…?」
「さっき、南沢さんの彼女さんですよねって聞いてみたんすよ
そしたら顔真っ赤にしちゃって」
「!……もしかして、さっきの…」
「そうっすよ
普通はあんだけ顔近付けたら照れたりするはずなのに
一番赤くなったのは南沢さんの名前を出した時でした」



自分だけの恋がいつのまにか―――――周りをも巻き込んだ恋になっていた。










くだらないことだらけ



みょうじさんのこと、一番分かってるのは南沢さんっすよね?











お題:ポピーを抱いて


12_09_29





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