ベクトル[完] | ナノ

「急なお話ですみません
放送まで時間が少ないのでハイペースで進めていきますが、出来るだけ多くの事を得たいと思っていますので、しつこく聞くこともあると思いますが…
よろしくお願いします」
「ああ、俺たちも取材なんて初めてだから、よく分かんないけど
少しでもサッカーの良さが伝わるなら、喜んで協力するぞ!」
「本当はもう一人、コーチがいるんだけど
今日は生憎来ないのよ、ごめんなさいね」
「いえ!その点ならば抜かりありません」
「一応、撮影とインタビューの方は、…今日とあと二日ある予定なんで」



サッカー部員達は、グラウンドで個々にアップをしているらしく、そこに併設されたベンチに座っていた―――――円堂監督と音無先生に、なまえ達は挨拶をした。



その後は、さすがは森崎部長が選りすぐった放送部のホープ達。

着々と取材を行っていた。

二年の女子部員―――――安藤は、二年のサッカー部員と仲が良いらしく、個々にインタビューをしていたりするし。

一年の男子部員―――――白木は、カメラが得意で、インタビュー以外の練習風景等の撮影に真剣だ。



なまえはというと、



「…………、……」



グラウンドに併設されたベンチにスペースをもらって、ひたすら紙に文字を書き込んでいた。

森崎との話し合いから、監督、コーチ、顧問、キャプテンにインタビューする内容は決まっていたし、どの練習メニューを撮影するかも決まっていたが、いまいちぱっとしない―――――つまり、何が伝えたいのか分からない内容になってしまっていた。

放送当日は、取材内容を纏めた内容に、なまえがナレーションを入れる予定になっているから、どんなコメントを入れるかも考えなければならない。

元々サッカーに詳しい訳でもないから、下手に解説は入れられないし。



どうしたらいいんだろう。

いくら急な話だったからと言って、中途半端なものは作りたくない。

なまえの中で部活における情熱が、さらに燃え上がっていた。



そんな時、



―――――とん、



「……?
あ、えーっと…倉間、くんだっけ‥?」
「はい
あの…初対面の人にこんなこと言うの変だとは分かってんすけど」



―――――俺、みょうじ先輩に会いたかったんです。



「えーっと…それは、どうして?」
「放送部関係で有名なのはもちろんっすけど、」



なまえの座っているベンチに駆け寄ってきた倉間は、休憩中だったのか首にかけていたタオルを取って、何故か頭から被ると、なまえの耳元まで顔を近付けた。



「なんと言ったって、あの南沢さんの彼女さんっすよね?」
「!」



何で知ってるの、と出かかった言葉を飲み込んだなまえだったが、急な展開で驚いて顔が赤くなっていくのが分かった。

そんななまえとは反対に、倉間は涼しげな表情で、なまえから少し離れた。

南沢がサッカー部の一部になまえとの関係を話しているのは知っていたはずなのに、面と向かって言われるとどうしてこんなに恥ずかしくなるのだろう。

今まで、面倒事には巻き込まれたくないからと、三国達同級生にからかわれたことには敏感に反応してしまい、相手が後悔するほど怒りをぶつけていたからなのか、最近は滅多にこんなことはなかった。



「なんか最近、南沢さんめっちゃ不機嫌なんすよ
みょうじ先輩、何とかしてもらえません?」
「そ、そんなこと言われても……わたしだって訳分かんなくて困ってるのに」
「へ?
そーなんすか?」



彼女さんが分からないなら、誰も知らないっすよね。

タオルを首に掛け直した倉間が、困ったように笑う。

練習を見ていて何となくだったが、なまえは倉間と南沢は同じポジション故に仲がいいみたいだと思っていた。

現に事実だが。

だから余計に、不機嫌なのが気になるのだろう。

しかも南沢は倉間にとっては年上だから、下手に探りを入れるのも難しいようだ。



「倉間くん…あのさ、あんまり口外はしないでくれるかな‥?」
「…南沢さんと付き合ってることっすか?」



分かってますよ、三国先輩達が面白いくらい必死に隠してんの知ってますから。



「そっか、……ならよかった」



ほっと、安堵の溜息を吐いたなまえに、倉間はずっと考えていたことを口に出した。



「あの、何で…」



―――――何でそんなに毛嫌いするんすか?



「付き合ってるんすよね?
だったら普通…離れるっていうより近づくと思うんすけど―――――南沢さんが相手なら、なおさら」
「…南沢くんのことが嫌いな訳じゃないんだけどさ
やっぱり……彼には周りが動くでしょう?
わたしはその周りに動かされたくないの」



あれ、何言ってるんだわたし。



「…何言ってるか分かんないよね、わたしも分かんないや
ごめん、忘れて?」
「!
なんか、俺………南沢さんがみょうじさんのこと選んだの、分かった気がします」
「え…?」










別売りしていたほうき星



みょうじさんは……。











お題:ポピーを抱いて


12_07_20





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