なまえは、溜息を吐いた。 今日になって何回目かなんて、覚えていないくらいの数をしている気がした。 「……もう、いい加減にしてよ」 また出てきた溜息に、なまえのケータイを覗き込んだ友人が、大変だねと他人事のように言った。 「他人事だと思って…」 「だって、わたしはなまえじゃないから分かんないもん」 「まあ、そうだろうけどさ……」 友人の言うことはごもっともだけど、少しくらい分かってくれたっていいのに、となまえはまた溜息を吐いた。 こんなの本当にあり得ない。 渋々だが、ケータイのボタンの上の指を動かしたなまえは、一言。 『マジでウザいんだけど』 と、単純且つ明確な思いを言葉にしたが、それを見た友人がクリアボタンを連打した。 ああ、待ち受け画面まで戻ってしまった。 「ちょ、ちょっと何するのよ…?!」 「うーん、それはいくらなんでもかわいそうだって」 あんたは一体どっちの味方なのよ、とまた溜息と一緒に吐き出したなまえだったが、友人はただ笑っている。 きっかけは何だったのか分からないが、最近南沢は機嫌が悪かった。 学校で話し掛けてこないのはなまえと南沢との間で結ばれた約束内の話なので、なまえからすれば好都合な訳だが。 あからさまに避けられるなんて―――――南沢の様子が、どうもおかしいのだ。 なまえには、何の身に覚えもなかったから、余計に疑問が募る。 それに反してストーカーかとツッコミたくなるくらい、頻繁にメールが届くのだ。 さらに分からない。 「メールでもさ、その辺何も言わないくせに…うざいくらいどうでもいいこと聞いてくるし……」 ―――――言いたいことがあるならはっきり言えっての! 「あ、みょうじセンパイ、今日昼集まるって知ってます?」 「!……ありがとう澤ちゃん、今気付いた」 メールは南沢からばかりで何だか気に入らなくて放置をしていたら、部活の連絡網が回って来ていたようだった。 たまたまなまえの教室の前を通りかかった澤部に礼を言って、なまえは友人の元を離れて澤部についていった。 その様子を、明らかに不機嫌そうな顔で見ていた南沢に気が付いたのは、なまえをいってらっしゃいと送り出した友人だけだった。 なまえは、新しく組まれた放送部の当番を確認する為に、澤部と共に放送部の部室兼活動場所になっている放送室を訪れた。 なまえより先に来ていた一年の女子部員に当番表の紙をもらい、一通り目を通した。 なんだこれ、 「…新企画・部活のススメ……?」 「それ、今月から始めるらしいんですよ!」 「先週くらいにアンケート的なの、部長さんがとってたじゃないですかー それを参考に、部長さん考案企画らしいっす」 「あ、みょうじ担当なんだ!」 「みょうじセンパイ、頑張ってください!」 「うん、ありがとう 森崎くんの無茶な思い付きは今に始まったことじゃないしね…頑張ってみる」 いつの間にかほぼ全員が集まっていたらしい、狭くなった放送室で、部長の森崎が声を上げた。 「今週、来週の当番はその組み合わせだ 各自原稿を仕上げてくるように! あと、みょうじは新企画のことで話があるから残ってくれ じゃあ、とりあえず解散! また放課後な!」 各当番同士での相談が始まったり、足早に去っていく部員もいたり。 澤部は今回はなまえと一緒の担当ではなかったからなのか、不満そうな顔で森崎に礼をしてから放送室を出ていった。 段々と静けさを取り戻した放送室に残されたなまえは、森崎から向けられている視線が痒くてしょうがなかった。 「新企画・部活のススメは、簡単に言えば部活紹介だ ただでさえ今の雷門は部活の数も生徒の数も多いから、取材するのは難しいと思う でも、部活の数も生徒の数も多いからこそ、知らないことが多いと思わないか?」 「…うん、企画の主旨はだいたい分かったよ だけど、森崎くんの言いたいことが分からない」 「……みょうじのそういう正直なとこ、俺は好きだぜ」 「ありがとう」 そうだな、と再び森崎の口から出てきた内容はなまえには酷なものだった。 「第一回の取材対象はサッカー部だ」 いくら森崎から話が通っていると言っても、なまえにとってはサッカー棟に入ることすら無理なことで。 その日の放課後、マイクやカメラを持って、なまえの後ろをついてきている後輩は、様子のおかしいなまえに声をかけた。 「みょうじ先輩、入らないんですか?」 「部長さんから話が通ってるなら、大丈夫っすよ」 「…うん、ちょっと初めて入るから、緊張しちゃったかな… もう大丈夫、行こうか」 (みょうじがサッカー部のことをよくは思ってないことは知ってる でも、始めから好きだと自分の好きなところしか見えないだろ? その点、嫌いだってことは、いろんなところを見てるからこそのことだ だから、始めから好きな人よりも他に見えることがあると思うんだ) それに、みょうじはうちの部の生徒人気No.1だからな! 相手も好感持ってくれやすいだろうからって思ってさ! なまえは別にサッカー部が嫌いな訳ではない。 ただ、雷門のサッカー部は顔のいい人が集まっていると有名で、ちょっと仲がいいだけでもファンクラブやら親衛隊やらに潰されてしまう―――――つまり面倒なことになるから、関わりたくないのである。 同級生である三国や車田、天城は普通にいい人だし、キャプテンをしている神童や霧野は、たまに委員会の仕事が一緒になったとき等によく話す。 まあ、南沢に接するように、若干の距離を置いて、だが。 流石に南沢以外の人には、そんな理由で距離を置いていますだなんて言える訳がないのだから、なまえも苦労しているのだが。 はあ、今日でそんな苦労も台無しになるのか。 いくら部活の一環だとしても、サッカー部に近付けるのだ―――――面倒なことにならなければいいけど。 なまえ達は少し薄暗い廊下を抜けて、森崎に言われた通りに監督がいるらしい部屋を探した。 まずは大人を通すのが妥当だろう。 「あ、倉間くん」 「…?」 「サッカー部の人?」 なまえの後輩の二年女子部員が声を上げて、廊下ですれ違った相手を引き止めた。 サッカー部のユニフォームを着ているから、部員なんだろう、と問い掛けたなまえの言葉に頷いた。 じゃあ、彼に監督の場所を聞けばいいじゃない。 そう思って、知り合いらしい女子部員になまえは目で訴えた。 「お前…放送部だよな? 何でサッカー棟に……?」 「今日から何日か、放送部で取材入るの だから、いま、監督さん探してるんだけど」 「取材…?…へー… 監督は…今の時間ならもうグラウンドにいるんじゃね?」 素っ気ない感じで吐き捨てるようだったが話してくれた彼は、急いでいるのか、先程から廊下の先ばかりを見ている。 「倉間くんありがとう! じゃあ、グラウンド行きますか?みょうじ先輩」 「うん、そうだね ごめんね、引き止めちゃって ありがとう、助かったよ」 お礼と謝罪の言葉を彼に向けると、何故だかなまえは嫌な予感がした。 何でだろう、この子は初対面だしなあ。 でも、悪い予感ほど当たりやすいと言うし、となまえは足早に去ろうとした時、ちょっと、と声を掛けられた。 「…なに、かな?」 「アンタが…放送部のみょうじ先輩っすか?」 「うん? …放送部所属の三年、みょうじなまえだけど……?」 「へー…」 まるで品定めするように、わたしを見た彼は、ぱっと表情を変えて、案内するから着いてくるようにわたし達に言った。 広いサッカー棟は、関係者でも迷うらしい。 ありがたかった。 だけど、どうして―――――わたしの名前を聞く必要があったんだろう。 昨日より今日、今日より明日 やっと見つけた、と倉間は不敵に笑みを浮かべた。 お題:ポピーを抱いて 12_07_05 |