ベクトル[完] | ナノ

試合が近いのに、放課後に監督が不在だからと、昼休みに徴集されたサッカー部。

それにはもちろん、倉間典人も例外なく含まれていた。



「うわー、めっちゃ機嫌悪いですね南沢さん」
「うるせえ」
「………また彼女さん絡みですか?」
「…」
「無言は肯定とみなすって知ってます?」
「……ああ」



めんどくさそうな態度ではあるが、(内申書の為なのか)南沢はそれなりに真剣に物事をこなす人間であったが、どうやら今日は様子がおかしかった。

大抵そういうときの南沢の頭の中は、彼女絡みのことで。

倉間は内心、また愚痴とか惚気とか惚気とか聞かされるんだろうなと、溜息をついていた。

この南沢さんに迫られて嫌な顔をするって、相当冷めてるのか。

変に嫉妬深い南沢は、彼女の名前すら教えてくれないので、倉間は自分で調べることも出来ないのだが。

確か、先輩達が言ってたから―――――名字はみょうじだったっけ。



「では、解散だ」



静かに告げられた監督の言葉を合図に、ミーティングルームから、続々と部員達が去っていく中、倉間もめんどくさそうに腰を上げた。

はあ、走って集合したのに、十分もしないうちに終わるなんて。

それに、考え事をしていたから話聞いてなかったし。

まあこれは南沢さん(の彼女さん)のせいだ。

隣に座る南沢に、そう不満を零そうと―――――



「って、あれ………南沢さん?」



振り返った倉間だったが、既にそこには南沢の姿は無かった。

そういえば、ミーティングルームに入ってきたときから、苛々していたというか、どことなく落ち着きがない様子だったから、何か用事でもあったんだろうか。

おそらく彼女絡みで。



「南沢さんなら、終わってすぐに出ていきましたよ」
「あー、なんかめっちゃ急いでたよな」
「へー」



倉間の呟きを拾った速水と浜野と共に、特に急ぐわけでもなくただ教室へと向かっていると、放送のスピーカーから何とも陽気な音楽が流れはじめた。



「あ、ちゅーか今日のイナズマ魂、誰だろうな」
「昨日はつまんなかったよな、一年だっけ?」
「今日は澤部くんが出るって聞きましたよ」
「マジで?!」
「じゃあ絶対面白いじゃん!やったね!」
「ですね!」



軽快な音楽の後、



『さあ、今日も始まりました!
雷門中学昼休み恒例番組・イナズマ魂の時間がやってきましたよ!
本日の放送担当は二年の澤部とー?』
『三年のみょうじがお届けしまーす!』
「お、みょうじ先輩か!」
「珍しい組み合わせですね」
「みょうじ……?」



倉間は何だか不思議な感覚に陥った。

放送部のみょうじは、三年生の中で一番人気のある部員である。

リクエストには必ず答え、時間いっぱいまで愉快なトークを展開する、雷門中の中ではちょっとした有名人だ。

その影響を受けたのが、倉間達のクラスメイトである澤部で、彼は来年度の放送部の要だとも言われている。

いやいや、それはおいといて。

元々みょうじのことは(顔こそは知らないが)知っている。

じゃあなんでだろう、この懐かしいような、元から知っていたような感覚は…



「! まさか!」
「ど、どうしたんですか倉間くん、急に大きな声出して…!」
「お、おい、南沢さんって教室の方行ったか?」
「…そーだけど、どーしたの倉間?」
「やっぱりな…
ちょっと先帰っててくれ!俺用事思い出した!」
「え?!ちょ、倉間くん…!」
「せっかくのみょうじ先輩の日なのにー?」



これは、もしかすると…




















もしかした。



「南沢さん!」
「…何だよ、チビ」



倉間が南沢の教室へ行くと、南沢は自身の席で昼食をとっていた。

南沢は元々購買派の筈だが、今日は弁当である。

それはまるで放送を聞くために、わざわざ準備したとでもとれそうなのだ。

うん、ますますもしかしそうだ。



「あ、あの…」



今まではたいして興味が無く、毎回毎回、惚気を聞かされることがめんどくさいとさえも思っていた倉間だったが



―――――彼女さんって、放送部のみょうじさんっすか?



まるで難解なパズルが解けたときのように、嬉しそうな顔で南沢に尋ねた。



「…ああ、」
「マジっすか?!
俺、正直今まで興味無かったっすけど、こうなったら話は別っすよ!」
「うるせえ鬼太郎、一回黙れ!!」



初めこそは控えめな声で話していた倉間だったが、段々と大きくなる声に、南沢が激怒した。

その顔は、明らかに不機嫌で。

まるで幼い子どもがおもちゃを取り上げられた時のようにも見えて、可愛いものでもあった。

まあ、口に出したら殴られるんだろうけど。



「俺、聞きたいこといっぱいあるんすけど!」
「だからうるせえ!黙れ!」
「“今は”ですか?」
「…!テメェ、部活んとき覚えとけよ」
「残念っすね!
今日は学年別の練習って、監督が言ってたじゃないっすか」



いいおもちゃを見つけたとでもいいたそうな顔で、倉間はにんまりと微笑んだ。










無我の境地に立たされた



だから言いたくなかったんだと、むくれる南沢の姿があったのは言うまでもない。











お題:ポピーを抱いて


12_07_01





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