ベクトル[完] | ナノ

『さあ、今日も始まりました!
雷門中学昼休み恒例番組・イナズマ魂!!
本日の放送担当は二年の澤部と、まさかまさかの?』
『三年のみょうじが、一週間ぶりという早すぎる異例の組み合わせでお送りします!』



イェーイ!



『特に今日は元気三割増しでいきますよ!
何故なら、今日は…!』
『ごめん澤ちゃん、今日急いでるからそういう…面倒なのいらない』
『みょうじサンひどいっすよー!面倒って!面倒ってなんすか!
俺、撮影メンバーに入れなかったの滅茶苦茶悔しかったんすから、今日くらい…!』
『はいはいはいはい、
それでは今日は、新聞部が事前に宣伝をしてくださったので、ご存知の方も多いと思いますが、新企画をやります!!』
『みょうじサン、俺の扱いひどいっすよー!
あ、えーっと気が利く誰か、クラスのテレビをつけて、チャンネルを合わせてください
俺の変顔がドアップで映ってるヤツっす』
『え?本当にあれ使ったの?……そう、
でも澤ちゃんのこと知らない人だったら分からないんじゃ……?』
『何言ってんすかみょうじサン!
俺は学校一の人気者っすよ?!そんなことあるわけないっす!』
『……それでは早速いきましょうか』



―――――『『新企画・部活のススメ!』』



雷門中サッカー部の歴史から、今日に至る活躍まで精一杯感情を込め、ナレーションを入れるなまえ。

それに澤部の絶妙なフォローで、尺を伸ばしていった。



『以上、第一回部活のススメでした!
サッカー部の皆さん、ご協力ありがとうございました』
『いやあ、さすが雷門中が誇るサッカー部!
全国レベルってやっぱスゴいっすね!
見てるだけでもスッゴい興奮したー!!』
『次回は森崎部長によるアンケートの結果から、第二位にランクインした野球部へ取材に行く予定です』
『ちなみに取材メンバーは指名出来ないらしいんで、そこんとこご容赦下さいっす!
ま、俺が担当になれば成功間違いなしっすけどね!』
『はい、今日は時間ギリギリなので、ここまでです
今日のイナズマ魂は三年のみょうじと二年の澤部でお送りしました、さようならー!』
『ええー!つっこんで下さいよみょうじサン!ひどいっすー!』



なまえは無駄にエコーを使い澤部の嘆きを入れて、マイクを切った。

終わった。

原稿通りに読めたし、僅かながら聞こえる歓声が、なまえに手応えを与えてくれた。

その横ではむすっとした表情のままの澤部が、ちらちらとなまえを見ながらも片付けをしていた。



「お疲れさま、澤ちゃん」
「お疲れさまっす、みょうじサン」
「…なんでそんなに不機嫌なの?」
「不機嫌っていうか、……相変わらす凄いっすね」
「なにが?」
「実況っていうか…解説っていうか…」



―――――やっぱりみょうじサンのことっすから、ルールとか全部勉強したんすよね。



「…普通そうでしょ
ただおしゃべりしてるだけの部活だったら、いつ廃部になるかなんてわからないし
嘘の内容を放送するのも嫌だしね」
「まあ、そうっすけど…」



でも、なんか…そこまでするのって、やっぱりみょうじサンだからっすよ。



ちょっと呆れたように言う澤部に、なまえは首を傾げた。

少しバカにされたような気もして、なまえは更に疑問符を浮かべた。

一生懸命やっているだけなのに、どうしてそんな残念そうな顔をするの。

それでもやることはやらないといけない。

なまえは手を動かしながら、澤部の話に耳を傾けた。



「最近はみんな、テッキトーにやってるだけじゃないっすか
それなのに部長サン、新企画なんて始めちゃうし…俺、正直不安っすよ」
「…それは分かるよ
みんながみんな、澤ちゃんみたいに上手に喋れるわけじゃないし…いつまで続くかな、って感じだよね」



器具を片付けながら話していると、自動で設定されている掃除の時間を知らせるチャイムがなる。

ヤバい、と急いで手を動かし始めると、澤部がなまえの手を掴んだ。



「みょうじサン、頑張りすぎっすよ」
「…?」
「部活も―――――彼氏サンのことも」
「ど、どうしてそれを…?!」



それは、何でもいいじゃないっすかと誤魔化されてしまったが、澤部は至って真剣な表情のまま、なまえを射るように見る。

こんな真剣な澤ちゃん、初めて見た。



「そんなに難しく考えなくていいんすよ
たまには間違えたっていいじゃないっすか
みょうじサン、いつも言ってるじゃん―――――一生懸命にやれば結果はついてくるって」



いつになく真剣な顔でなまえを見てくる澤部に、なまえはただ驚くことしか出来なかった。

どうしてこんなに力説されなきゃいけないのか。

なまえは澤部に言われた内容が、自分がつい最近まで気にしていた内容とドンピシャだったから、余計に気になった。



「おいお前ら!早く放送室閉めんか!」
「!
は、はいっす!」
「すみません!」



そんなとき放送室の扉が乱暴に開き、担当教師が入ってきた。

二人の間に漂っていた真剣な空気は、そこで途切れた。




















「あ、みょうじさん!
この間の放送聞きましたよ!」
「すっごく分かりやすくて、面白かったです!」
「ありがとう」



「第一回・部活のススメ」の放送から数日経ったが、なまえの元に感想を伝えにくる後輩部員や同級生が後をたたなかった。

どうしてそんなに言われるのだろう。

褒められているのだから悪い気はしないが、なまえの中には何かもやもやしたものが渦巻いていた。



「なまえモテモテね
南沢くんもびっくりなくらい」
「ちょっと、やめてよ」



昼休み、昼食も終え、自身の席で頬杖をついて座っていたなまえに、一部始終を見ていた友人が声を掛ける。

相変わらず噂や他人の話が好きなこの子のことだから、また何か企んでいるんじゃないか。

なまえは警戒するような目で友人を見た。

すると彼女は、首を傾げていた。



「…おかしい」
「何が?」
「企画が大成功したっていうのに、なんでそんなに反応薄いの?
部活がだーいすきななまえのことだから、何日かはにやにやしてると思ってたんだけど」



―――――なまえ、あの日放送室から帰ってきてから、変だよ?



図星だった。

なまえは友人から顔ごと視線をそらして、口を閉じた。

そらした視線の先には、クラスメイトと話している南沢がいて、余計になまえは気まずくなった。



「どうしたの、言ってくれなきゃわかんないよ
なまえ、ただでさえ一人で抱え込むんだから」



また図星だった。

本当にこの子は、わたしのことをよく見てる。

この友人にはごまかしは効かないと、なまえも友人のことを分かっていた。

だから、なまえは友人の顔に向き合って手をとった。

ここじゃなんだから、移動しようと友人の手を引いて、なまえは教室を出て、図書室から隣接された資料室へと入った。

資料室は廊下に面した扉は鍵が閉まっているが、図書室から繋がる扉には鍵がかかっていないからで、簡単に侵入出来る。

また、資料室という重たい雰囲気の部屋には生徒は全く興味を持たないし、ここは資料室といっても数年前に新しい資料室が作られたから旧資料室であって、教師も滅多には来ない。

この資料室は、情報がたくさん必要な放送部員ならではの場所ゆえに、部員なら皆が知っている穴場だった。



「……実はね」



取材中、南沢の後輩にからかわれたこと。

気がつけば南沢を目で追っている自分がいたこと。

後輩には頑張り過ぎだと言われたこと。



「それで?
なまえはやっと自覚したわけね?」
「自覚…?」



「きっと、なまえは自分で考えてるよりも、南沢くんのこと好きなはずだよ」



どうしてそうなるの、となまえは首を傾げた。



「本当は気づいてるでしょ?
認めたくなかったんじゃない?」
「…わかんない」



第一、今わたしが話したのは南沢のことだけじゃなくて、後輩のことも入ってたはずだけど。

どうして全部南沢に繋がるの、となまえは納得出来ないと友人に言った。

すると、資料室の棚にもたれ掛かるようにしてなまえの話を聞いていた友人が、なまえの方へ一歩近寄った。

顔にはしょうがないと書いてある。



「じゃあ、ゆっくり確かめていこうよ
まず、南沢くんのことはなんとも思ってなかったんでしょ?
じゃあなんで告白をオッケーしたの?」
「…しつこかったの
部活にまで割り込んできて、返事がどうのって言ってきたのが一番嫌だった
だからそれがなんとかなるならいいかなって」
「しつこかったから?
でもさ、それってなまえが嫌いな面倒事そのものだよね
それが本当に嫌だったなら―――――なまえなら逃げれたでしょ?」
「…たぶん?」
「わざわざ相手の提案にのらなくたってよかったはずだよ」
「…うん、」



そういえば、そうだ。

面倒事が大嫌いななまえにとって、南沢と付き合うことがどんなに大変かなんて、容易に考えられたはずだ。

目先の面倒事だけじゃなく、更に加速することになる。

そんなことは、すぐにでも分かることなのに、どうして自分は頷いてしまったのか。



「ファンの子が怖いとか、からかわれたくないとか、そんなの南沢くんと付き合うなら誰しも一回は思うことだよ」
「…うん」
「でも、それを面倒事を何よりも嫌うなまえがオッケーした
つまり、もうその時にはなまえが自覚してなくても、南沢くんに惹かれてたってことだよ」



惹かれていた?



「今もそうでしょ?
本当に面倒で、嫌なら別れることだって出来る」
「…そうだね」
「でもなまえはそれを選んだことはないよね?」
「…うん」
「素直になってみなよ
誰よりもなまえのことを見てるんだから、きっと分かってくれる」



まあ、わたしには負けるけどね?と笑う友人。

わたしってそんなにわかりやすいかな。

なまえは笑っている友人に、小さな声で答える。



「でも、どうやったら素直になれるかわかんないよ
わかってたら、わたしこんなに悩んでないもん」
「そうね、なまえなりの素直になる方法としたら…」




















―――――一緒に帰って、って言ってみなよ。

後はきっと、流れでなんとかなるから。



友人に手伝ってもらいながらだったが、なまえは自分から南沢に一緒に帰らないか誘った。

すると予想通り凄く驚かれたが、なまえが部活が終わるまで待ってるから、といい逃げる形で纏まった。

全然纏まってないじゃない、と友人には怒られたが、なまえにとってはそれが精一杯だった。

こんなにも緊張するなんて。

どうかしちゃったかな、と下を向くなまえに友人は



「恋する乙女の顔してる」



と冷やかすものだから、なまえはその日の午後は落ち着きがなかった。



放課後、なまえは図書室で時間を潰し、学校近くのコンビニにいた。

緊急に組まれた企画の影響で、しばらくは放送の当番は回ってこないらしいので、部活には顔を出していない。

静かな空間で気持ちを落ち着かせたかったが、一人になればなるほど考えてしまって、適当手にとった本も頭に入ってこなかった。

このコンビニにいることはメールで伝えたし、そろそろサッカー部の練習も終わっただろう。

コンビニに入って直ぐに買ったスポーツドリンクが、コンビニの袋の中で汗をかいていた。



―――――pipipipipi...



コンビニに入店者を告げる音が鳴る。

レジの隣の飲食スペースでケータイをいじっていたなまえの肩が上下する。

南沢じゃ、ない。

ちらりと入店者を確認し、漏れる安堵の溜め息。

やっぱり慣れないことはするもんじゃないなあ、と思ってケータイに視線を戻すと、なまえの肩が叩かれた。



「みょうじ」
「…三国?」
「ほら、お届けものだド」
「俺はものじゃねえよ」
「こいつがみょーに浮かれてやがるからよ、早く引き取ってくれ」



扉が開いていて、南沢の後ろには巨漢が三人。

そうなんだ、と答える前に腕を引かれ、なまえは立ち上がらされた。

なんだ、と尋ねようとすれば目の前に不機嫌な南沢の顔があった。



「帰んぞ」
「のろけだな」
「そっちが勝手についてきたんだろ!」
「じゃーなみょうじ
気をつけて帰れよ」
「南沢がいるから大丈夫だド」
「…バイバイ」



腕を引かれたままコンビニを飛び出すと、南沢はずんずん進んでいく。

ああ、照れてるんだ。

赤くなっている耳を見て、なまえは思わず笑ってしまう。

すると、それに気がついた南沢が振り返る。



「なんだよ」
「ふふ、なんか悩んでたことふっとんじゃった」
「…?」



「わたし、もう逃げないって決めたから―――――覚悟しといてよね」



はあ?と間抜けな顔で振り返る南沢に、なまえは捕まれていた腕ごと引っ張って、南沢を引き寄せた。

足が止まる。



「部活を通してだったけど、やっと全部見れた気がするの
今までちゃんと向き合ってなかったんだってわかった」



視線が思わず下に下がるのが分かり、なまえは強がって言ってみる。



「何事も真剣にやらないと気がすまないタイプなの、わたし」



篤志がすき、

目を見開いて驚く南沢に、なまえはすっきりとした顔で笑う。



わたしらしく、不器用に。

ゆっくりだけど、確実に。

君を知っていけばいいんだよね。



「…くそ、なんか悔しいな」
「え?」
「実はさ、倉間…後輩に言われたんだよ」



「南沢さん、ちゃんと意識されてますよって」



「ずっと振り向いてほしくてしょうがなかったんだけどよ
いざとなったらなんか…緊張しちゃってさ」



「だから、そんなこと言われると…嬉しいんだけど、アイツの言う通りになってるってことがムカつく」










ルーキーのままで




お前のことは、俺が一番知ってるはずなのにな。



違うわ、一番知ってるのはわたしよ、と後ろから現れた友人と、そのまた後ろから現れた知り合いたちの顔に、なまえは驚いた。



「やっと“両想い”ね」



なまえの持っているコンビニの袋を奪って、スポーツドリンクを取り出した友人が、南沢に投げた。

それだけで、なまえは自分の想いが伝わった気がした。











お題:ポピーを抱いて


13_02_22





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