人助け | ナノ

▲ 番外編2





部活棟のスケット団の部室にある、長椅子と長机は、リーダーである藤崎なまえ―――通称ニックネームの数少ない陣地である。

相変わらずのことだが、今日も依頼は来ない。

だからニックネームは、いつも通り自身の長椅子に寝そべっていた。

明日ってそういえば小テストあったんだっけ。

ニックネームは頭の中に予定表を広げ、顔をしかめた。

一時間目からなんて、最悪だ。



『うー、なんか寂しいなあ』



いつもなら、はしたないから寝そべるなと怒るヒメコは、モモカと二人で出掛けて行ってしまったし、スイッチはアニメをリアルタイムで視るために帰宅。

いつもはなんだかんだでみんな部室に集まっているのに、今日はみんな居ない。

みんな居ないのだから、自分も休業の札を掲げて帰ることだって出来たのに、ニックネームは何故かしなかった。

変な正義感が働いたからである。

仕事は仕事。

やると言ったからには、やらないと!

仕事とプライベートはしっかり分けるのが自分だと、ニックネームは日頃から言い張っていた。

だから、ちょっと意地を張っているところもあったのだ。



『暇だ〜〜〜〜〜…』



こういう時に、楽しい話題を振ってくれるヒメコも、伸ばした声の長さを測ってくれるスイッチも居ない。

はーあ、つまんないなあ。

この際誰でもいいから、誰か来ないかなあ。

ニックネームがそう思った時だった。



―――――ガラッ



スケット団の部室の扉が開いたのだ。

誰、誰だ!

ヒメコかスイッチか、モモカか、ええい、この際振蔵でもロマンちゃんでもヤバ沢さんでもいいや!

何げに酷いことを考えたニックネームだったが、生憎ツッコミは不在。

嗚呼、ツッコミがこんなに愛しくなったのは初めてだ。



「…珍しいな、一人か」
『え、……椿、くん‥?』



ニックネームの予想の遥か上を通過、まさかの椿佐介の登場である。



いや、誰でもいいって思ったけども!!

ニックネームは正直、テンパってただただ椿を見つめていた。

だって、何かとニックネームに突っ掛かってくる椿が尋ねて来るなんて。

絶対に何か悪いことを持って来たに違いない。

また、廃部とか…?それは絶対阻止しなきゃ!!

お互い探るように見つめあって経過していく時間は、ニックネームの思考を悪い方へとどんどん追いやっていく。

そんなニックネームの様子がおかしいことに気が付いたのか、椿が先に口を開いた。



椿「な、なんだ」
『え、いや‥別に』



本人が思っている以上に、ニックネームからの視線が痛かったらしい。

椿は居心地が悪そうに視線をそらした。



椿「用件があったんだが、その前に一ついいか」
『…な、に?』
椿「スカートで寝そべるな!!はしたない!!!」
『あ、‥‥‥はい』
椿「それと、いつも言っているが……み、短すぎるだろう!!!」
『え?そう?』
椿「まったく…!!」
『あ、はい
すぐ直します、今すぐ!!』



愛しく思っていたツッコミが来ました!!

しかしそれはニックネームが望んでいたような、ノリのいいツッコミではなく、少し冷めた感じの―――ニックネームが苦手とするツッコミだった。















椿を自分の領地兼来客用の椅子に座らせたニックネームは、自分は向かい合うように畳に座った。

もちろん、両足はちゃんと閉じているし、少しだけだが丈も長くした。

椿の目の前には、少し前にニックネームがいれた紅茶が鎮座している。

ヒメコチョイスの、美味しい紅茶のはず。

しかし椿は、一向に手をつける様子は無かった。

寛ぎに来ているわけではない、とでも言いたそうな顔だ。



『そ、それで、…用件っていうのは‥‥?』
椿「ああ、会長から頼まれて、コレを渡しに来た
藤崎には渡せば分かると聞いている」
『そうなんだ、ありがとう』



副会長を郵便屋のように扱うのか、あの会長は。

素直に従っている椿も椿だが、ニックネームは少し呆れていた。

ニックネームが椿から受け取ったのは、少し大きめの茶封筒だった。

ニックネームはスイッチのデスクを物色し見つけた定規で、若干身構えながらも器用に封を切っていく。

中身はなんだ。

あの会長のことだから、また良からぬ内容でも入ってるんだろう。

実は大方当たりである。

ン?なんだコレ…。



『うわ、何処でこんなの仕入れたんだか‥‥』
椿「! コ、コレは…」
『え、ちょ、椿くん、見ちゃダメだってば!』



ニックネームは定規を戻し、茶封筒の中身を見た。

そして呆然と立ち止まった。

ニックネームの隣では、椿が赤面して、頭から湯気が出そうな勢いで立っている。

マジであの会長、なんてことしてるの…!

またもやニックネームの予想とは遥か上を行く結果が待っていた。

今回もまた、嬉しくない。

ていうか、なんでわたしより椿くんの方が顔赤くなってるの。



『最悪…
いつのまにこんなの‥‥』
椿「……最近、会長がよく電話をしに出ていくと思ったら、こんなことを‥‥!!」



中に入っていたのは、一冊の本だった。

ピンク色の可愛らしい表紙を捲ると、その本はニックネームの写真でうめ尽くされていた。

その写真は、ピントは合っているものの、ニックネームの視線は合っていない。

そう―――つまり盗撮である。

そして、その写真集と同封されていた一枚の手紙には



「写真部の手柄だ
いやあ、かなり交渉に手間取ったぜ…
俺の手元にもう一冊ある
意見があったら生徒会室まで来い

―――安形惣司郎

後、メガネに情報提供ありがとよって伝えといてくれ」




『こんな人が生徒会長でいいの…?!!』
椿「奇遇だな、今ボクもちょうどそう思っていた」



ニックネームは思わず、その写真集を破り捨てようとした。

それを止めたのは椿。

なに、文句でもある?

ニックネームが初めて椿に対して、怒りをむき出しにした瞬間だった。

いつもは椿を警戒して、ニックネームは少しへり下って接するのだけど、今回ばかりは仕方がない。

ニックネームは機嫌が悪いのだ。



椿「これは紛れもない証拠になるはずだ
会長が言い訳をしてきても、充分太刀打ち出来る」
『! そ、そっか…!』



いつも通りの仏頂面で、冷静に述べる椿に、ニックネームは少し冷静さを取り戻した。

そうだ、よく考えなきゃ。

冷静に冷静に、……あ、



『メガネによろしくって、スイッチ絶対協力してるじゃん!!』
椿「だから、落ち着け藤崎!!!」



冷静になった結果、ニックネームはもう一つ嫌なことを見つけてしまった。

怒りで震える拳を握りしめているニックネームは、今度は直ぐにでも殴り込みに行きそうなくらいの迫力であったと後に椿は語った。















―――――場所は移り、生徒会室前。

何とかニックネームを落ち着かせることに成功した椿が、静かにノックをした。

返事はない。

誰も居ないのか―――いや、来いと言ったのだから、彼は居る。

おそらく、呑気に昼寝でもしているのだろう。



椿「失礼します」



はっきりとした声を響かせて、扉を開けた椿の後に続いて、生徒会室にニックネームも足を踏み入れる。

警戒心丸出しの猫のように、その足取りは慎重で、猫の耳と尻尾があったなら絶対にピンと立っていただろう。



『た、たのもー!』



緊張と警戒と、恥ずかしさとその他もろもろがまざったニックネームは、何故か相手に挑戦するように声をかけた。

あれ、反応がない。

もしかして、居ないのか?

わたしが一人でビビってるだけなのか?

ぐっと拳を握り締め、覚悟をして会長の椅子を覗きこんだニックネームは、ビックリして思わず肩を上げた。

い、いるじゃないの!

身構えたニックネームは、念の為に安形の目の前で手を振ってみた。

は、反応なし…?!!



『あ、れ?
あ、安形…かいちょー、?』
安形「んあ?
お、なまえかー」
『な、なんで名前呼び?!!
しかも目覚めるのはやっ?!!!』
椿「会長…やっぱり起きていらしたんですね」
安形「かっかっか」



だ、騙された!

そんなことを思っているニックネームとは裏腹に、椿はいつもより冷めた表情で、安形を見据えた。

相手は会長だけど、殴ってもいいかと顔に書いてある。

それを見た安形は、また かっかっかと笑いながら、自身の椅子を回転させ、深くだらしなく座り直した。

しかしその様子はだらしなくは見えない。

ニックネームは、やっぱり安形は生徒会長なんだ、と思った。

なんだろう、威厳とかだけは人よりあるのだ。

無駄なくらいに。



安形「なまえー、今 失礼なこと考えなかったか?」
『い、いえ…!』
安形「椿も目ェ泳いでるぞ」
椿「い、いや、そんなはずは…」



ニックネームと椿は揃って同じことを考えていたようで、揃って安形から顔を反らした。

分かりやすい反応といい、やっぱ似てんなコイツら。

かっかっか。

二人の面白い反応に、いつになく安形はご機嫌であった。



安形「で、なんだよ二人して
何か用事があったんじゃねーの?」
『あ、そうだ
流されるところだった』
椿「藤崎が勝手に騒いでいただけだと思うが」
『えェ?!!
椿くん、今日だけは味方してくれるんじゃないの?!!』
椿「……」
『えぇええー?!!!!』



ニックネームは持っていた本を落としてしまいそうになった。

き、気を取り直して、話をしなくては。



『あ、安形会長!』
安形「なんだ?
告白ならいつでもOK出すぜ?」
『ち、ちがっ…!!』
椿「会長、先程の封筒の中身についてですが」
安形「ああ、椿もいるか?
もちろん金は取るけど」
椿「はあ?!!」
『なに 人の恥ずかしい写真を無許可に商売道具にしてるんですか!!』
安形「許可いるのか?
じゃあくれ、拒否権はない」
『横暴だなあオイ』



もうやだこの人。

会話が成り立たない。

ニックネームが涙目になってきたとき、安形はにやりと笑った。



安形「かっかっか
わーったよ、返せばいいんだろ?」
『ほ、ほんとですか?!!』
安形「ああ、その代わり」















―――――条件がある。



無事に安形が所持していた分の本も回収し、ほっと一息ついたニックネームだったが、それと引き換えに安形に突き付けられた条件を果たすため、数日後にまた生徒会室を訪れていた。

はあ、ダメだ、気分がどんどん下に下がっていく。

気が乗らないまま、ニックネームは生徒会室に入ると、丹生美森が紅茶を出してくれた。

あ、どうも。

軽く会釈をすると、素晴らしいくらいの笑顔で返された。

こ、これぞ女子!

自分には欠けている(と自覚のある)女子らしい、優しい笑顔に、ニックネームはときめいていた。

あれ、わたしも女子なのに、なんでときめいてんだろ。



安形「おーいなまえー、戻ってこーい」
『ッ…?!!
な、さ、触らないでください…!』
安形「なんだよー
頭撫でるくれェいいだろ?」
『(絶対子ども扱いされてる…!!)』



帽子の上からニックネームの頭を撫でていた安形は、何を思ったか、ニックネームのツノ帽子とゴーグルを取り上げ、直に頭を撫で始めた。

周りから見れば、兄弟のような、親子のような、仲よさげな雰囲気に見えるのだが、どうやら当事者達にとっては違うらしかった。

満足気に微笑んでいる安形とは対照的に、恥ずかしさで顔を赤くしていたニックネームは、今度は帽子をとられたことに対する怒りで、さらに顔を赤くした。



『もう!からかわないでくださいってばッ!』
安形「おほー!ますます赤くなっちゃって、可愛いんだから」
丹生「会長ばかりずるいですわ
わたくしだって、藤崎さんを撫で撫でしたいですわ」



あの、それでおいくらくらいお包みすれば触らせて頂けるのでしょうか?

え、別にお金はいらないけども。

こっちは恥ずかしくて堪らないのだから、寧ろ触らない方向でお願いしたい。

ニックネームは若干引きつった笑みを、丹生に返した。

もちろん、その笑顔の真相を丹生は知らない。



『あ、あの、安形会長…』
安形「ん?」
『早くしてくださいよ
むしろわたし帰りたいです』
安形「…そんな嫌そうな顔すんなよー」
『………』
安形「はいはい、分かったって
ほら―――――よっ、と」



ニックネームが駆り出された理由、それは。



『こんなこというのもなんですけど……出来ないことは無理に引き受けなくてもいいんじゃないですか?』
安形「かっかっか
スケット団のお前が言うか?」



ニックネームは頭上にクエスチョンマークを浮かべ、安形から差し出された紙から顔をあげた。



安形「困っている奴がいたら、助けるのが当たり前だろ?」
『!』



ニックネームが安形から言い渡された条件というのは、



―――――目指せ全国!開盟バレー部!!



全国大会出場のかかった大事な大会を控えた部のために、大会当日に応援に来てくれる生徒へと配る団扇のデザインを作成するのがニックネームに与えられた条件であった。

本来はその部活や生徒会が受け持つはずが、生徒会メンバーには絵心がないから出来ないのだと安形は言う。

いやいやいや、まずあなたは天才でしょう!

それに丹生グループとか絡んできちゃえば出来ないことなんてないに等しいだろうに。

ニックネームは周りからよく器用だと言われるし、絵心も綺麗な字を書く能力を持っている。

しかしそれは天性のものであって、ニックネーム自身が努力をして実につけたわけでもないため、ニックネームからすれば誇れるほどのものではない。

つまり、変に期待されると恥ずかしくてたまらないのである。



安形「なまえの器用貧乏が役に立つんだよ」
『何か他に言い方っていうものがありますよね…!?』



―――――まあ、困ってるヤツを放っておけないのはなまえのいいところだし。



それ故に断れないのは分かってるからな!かっかっか!と笑われてしまえば、ニックネームには言い返すことは出来なかった。

だってこれは事実ですから。















ルビーコンポート

(でも、わざわざこんなことしてまでわたしに手伝わせたかったんですか?
別に、普通に言ってくれればスケット団で何とかしたのに…(あんな恥ずかしい目に遭わなくてすんだのに…))
(あ、そうだったな…!
かっかっか!)
(安形会長って、…変なところ抜けてますよね)





安形は仕事を与えることで、盗撮の事実から逃げようとしていますが、
ニックネームは気付いてませんね。
いい人なところを利用されちゃってます

これは元々連載を始めた当初からちょっとずつ書いていたヤツなので
ちょっと長めになってしまいました。
それに椿、安形という初登場キャラの激しいネタバレ…!
そうです、安形は実はこんな…ちょっと変な人扱いなのです!
椿も、もうちょっと柔らかくするつもりですが、ニックネームとは微妙な感じです。
凄く余談ですが、これは幼稚園のくだりのちょっと後くらいの時間枠です。
もう1つ、追加ですがバレー部が強いかどうかは管理人の想像です。
実は弱かったりしたら…すみません。

夏企画といっておきながらもう冬…。
それでも、少しでも皆様のご期待に沿えていれば幸いです!

これからもコロナと管理人七瀬をご贔屓にお願いします(`・ω・´)

みなさまへフリーでした。


お題:alkalismさまより


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