一徹 | ナノ










  彼女は天才ではない


―――――はじめちゃん!

岩泉のことを家族以外でそう呼ぶ彼女は、及川なまえという。
幼い頃から秀でたその美貌とかわいらしい声は、万人を惹きつける。
当時の岩泉がそれを分かっていてのことなのかは定かではないが、岩泉は彼女と出会ったその日から、周囲公認の「ボディーガード」であった。
最初は彼女の両親から、次にそれを知った自分の両親から、さらには近所の人から。
「同い年だから」「なまえちゃんは女の子だから」「一くんは男の子だから」
たくさんの理由で決められたそれは、決して岩泉自身も嫌々やっているわけではなく―――――稀に面倒なことに巻き込まれたりするのは嫌だったりするが―――――かれこれ彼らの付き合いが十年を超えた頃から、岩泉自身が無意識にやってしまうほど定着していた。
ちなみに今朝も、岩泉のお迎えによって、なまえは登校するのである。
勢いよく及川家の玄関扉を開け、飛び出してきたなまえと岩泉に、なまえの母親の見送る声がかかる。
二人揃って「行ってきます」と応えれば、またいつものようになまえには「一くんに迷惑かけるな」と、岩泉には「娘を頼んだ」といった内容の言葉をかけ、なまえの母親は二人が家の近くの曲がり角を曲がるまで、玄関前で手を振っていた。
なまえは今日も朝からご機嫌なようで、鼻歌を歌いながら歩いているのだが、本人は気付いていないようだ。
まあ、こいつはいつも頭の中は花畑だし、機嫌が悪いことなんて滅多にないから、いつものことなんだけど。

「うるせー、
お前またよく前も見ずに歩いたらコケるぞ」
「そ、そんなことないよ?!」

でも、いつも気にかけてくれてありがとう、と笑顔で岩泉にお礼を言ったなまえは、朝からとても嬉しそうである。
注意のような、からかいのような言葉をついかけてしまう岩泉も、その行動は毎日の癖のようなものであり、本人も気づいていないのだが。

「あ、そうだ
おはよう、はじめちゃん」
「おう、
はよ、及川」

挨拶のような、他人とのコミュニケーションの手段は必ず怠らないのが及川なまえという人間である。
運動部のマネージャーであることや、元々選手として、司令塔として活動していた期間が長いことから、本人も無意識のうちに仲間内の顔色、調子を伺ってしまうのはもう癖になっていると以前言っていたのだ。
「挨拶忘れるなんて、馬鹿だよねえ」と照れ笑いするなまえの頭をくしゃくしゃと撫でようとして、以前それをして髪型が崩れただの、女の子にそんな簡単に触れるなだの、なまえの女友達からグダグダ文句を言われたことを思い出し、岩泉の手はなまえの頭を三回ほど軽く叩くことで収まった。

「はじめちゃんって、昔から頭撫でるの好きだよね」
「は?」
「あれ?無意識?」
「あー、あれだ
お前の頭が撫でやすい位置にあるだけで…」
「そうなんだ、なんかそれマッキーたちにも言われたことあるかも」
「は?」
「うん?」

なまえが無防備であることは皆が知っていることである。
他人ですらすぐに打ち解けてしまうような性格をしているため、しょうがないかもしれないが、さらになまえは鈍感である。
幼少期に誘拐にあったことがあったが、その時でさえ「このおじさんね、なまえとたくさんお話してくれたからすき」だなんて言い出したくらいで―――――まあ、この事件は誘拐犯が罪悪感にかられたかなんかで自首してきたので、大事には至らなかったが―――――危機感、というものが人より欠けているようなのである。
よし、今日あったら花巻殴る。
ついでに松川も絡んでそうだからあいつも殴る。
密かに決意を固めている岩泉のことなど全く気付かないなまえは、険しい顔つきで拳を見つめる岩泉を心配そうに見ていた。

「わり、行くか」

岩泉は自分の頭の後ろに手を戻し、自分の頭をくしゃくしゃとかきまわした。







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