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  綱海








ふと思い出す。

「お土産、整理しなきゃなあ」

きゅっと水道の蛇口が音をたてて、水の音が止む。

「んー?
何か言ったか?」

流し台から顔を上げた綱海が、わたしに問いかけた。
あー、別に話し掛けた訳じゃなかったんだけどな。
わたしはカレンダーと部屋にたまっている袋たちを交互に見た。

「…今年の夏、やり残したことないかなーって思ったの」

わたしの彼氏さまは、実に出来た人です。
家事は手伝ってくれるし、出掛ければ絶対荷物を持ってくれる、そんな人。

食器を洗い終えたらしく、綱海は手を首から下げたタオルで拭きながら、わたしの隣に腰掛けた。
ソファーのスプリングが追加されたもう一人分の重さを伝えるように、ぎしっと音をたてた。

「…あー、もう大学始まるもんな
今年は…結構いろいろ行ったぜ?」

俺んとこと、なまえんとこの地元の夏祭りも行ったし、海も行ったし。
隣町に出来たテーマパークも行っただろ?
それに、イナズマジャパンの同窓会と……そういやあ、プールも行ったよな。

あれ、あとは…

ただ何気無く思い付いただけだったけど、わたしが期待しているよりも、綱海はいつも上にいく。
やっと座ったのに、ソファーから立ち上がった綱海は、「ちょっと待ってろよ」と言って、何処かに行ってしまった。
手持ちぶさたというか、何もすることがないわたしは、テレビを付けてみた。
秋の行楽シーズン到来?え?まだ早くない?

「…そーだなー
えーっと…、…」

何やら呟きながら戻ってきた綱海の手には、去年の誕生日にわたしが贈った手帳があった。
シンプルな革のカバーがついたそれは、悪くいえば大雑把な彼にしては珍しく綺麗な状態で。
結構丁寧に使ってくれているのが、何だか嬉しい。
熱心にページを捲ったりしている綱海に座るように言って、隣から覗き込んでみれば、綱海が開いているページはリストのようにいろいろ書いてあった。
あれ、なんかこれ…わたしが言ったことのような。

「多分、やり残したことは…ない、はず…」
「え?なにそれ…」
「ん?これか?
これは、なまえがやりたいって言ってたことのメモだ」

「俺、すぐ忘れちまうからさ」と笑いながら、わたしの頭を撫でる綱海。
わたし、愛されてるなあ。
なーんて、思っても言わないけど。

「こうやって見ると、わたし結構わがまま言ってるね」
「んー?そうか?
俺はそう思ってねえから、別に気にすることじゃねえって」
「…綱海は優しいね」

何だか恥ずかしくなって、ぎゅーっと綱海に抱きついてみた。
それからじーっと手帳の中身を見ていると、あれ、わたしこんなこと言ったかな。
これなんだっけと聞いてみると、綱海は全部説明をしてくれる。
よく覚えてるね。
何回かそのやり取りを続けていると、「恥ずかしいからあんまり見ないでくれ」と、わたしの目の前から綱海の手帳が消える。
あー、もうちょっと見ておけばよかったかも。

何だか綱海にやってもらってばかりで、申し訳ない気持ちになったわたしは、顔を上げて綱海をつついてみる。

「どうした?」
「んー…なんとなく」
「何だよそれ」

でも、何をすればいいのかなんて分からない。

ぼーっとテレビを見ながら、ただ二人で過ごしてみる。
何かずっと前からそうだったような気がして。
もちろんこれからも、ずっとそうな気がして。

「綱海ー、」
「おう」
「…来年もいっぱい遊ぼうね」
「んなこと、当たり前だろ?」
「…一応ね、予約しとくの
かっこいい彼氏はおモテになるから」
「ははっ、了解了解」

何かが終わるときには、決まって寂しくなるのはわたしだけなのかな。
ただ、もう少し経ったらまた大学の講義とバイトを梯子する生活に戻るだけだけど。

「…秋ちゃんのご飯が食べたい」
「この間、逢いに行ったばっかりだろ?」
「でも!…春奈ちゃんとお買い物行きたいし、夏未ちゃんとおしゃべりしたい」
「女って、そういうの飽きねえよな…」
「冬花ちゃんとは、この間会えなかったから…」
「…、」
「…綱海?」

話に没頭して、少しだけ綱海を抱き締めていた腕の力を弱めると、今度は綱海の方が腕に力を入れてきた。

「…いくら女友達でもよ、」
「うん…?」
「…目の前に俺が居るのに、違うヤツの話されると…傷付く」

綱海の顔を覗き込んでみると、口を尖らせていた。
え、なにこの子。
ヤキモチなのかなあ。

「なーに、綱海の頭の中はわたししかないわけ?」

ちょっと冗談のつもりで。
笑いながら言ってみると、何故か綱海の腕の力が更に強くなる。

「ちょ、苦しい…ッ!」
「当たり前だろ、何言ってんだよ」

照れているのか怒っているのか、よく分からないけど。
綱海はご機嫌斜めな様子。

「なんかごめん…?」
「違うっての
全く、相変わらず分かってねえなあなまえは」
「…うん?」

ばっと腕を離されたと思えば、こちらを見つめてくる綱海。
なに、と言うわたしに、何やら楽しそうに。

「俺さ、今さりげなくだけど告白したの、分かってる?」
「……うん」
「じゃあなまえちゃんは何するべきでしょーか?」

綱海がわたしのことを分かってくれているように、わたしもなんとなくではあるけれど、綱海のことを分かっているつもり。
だから、期待をして待っているらしい綱海が、おかしくてしょうがない。
何なのこの子、可愛すぎるんだけど。

口を開こうとした時、わたしの耳にはテレビの音が響いた。

「ありがとう、わたしも大好き
だから、秋は温泉でも連れてってくれる?」
「了解!」





そうしてワガママは全て思い出になった




(あとね、あと…)











綱海にーには海の広さ並みの器のでかさがありますが
ちょっとくらいは我慢していることもあるんじゃないでしょうか。

綱海にーにのように素敵な人に出会いたいです…!


お題:ポピーを抱いてより


12_09_22





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