愛は世界を救うし、柱も壊す




俺だけは甚壱さんの良さを分かってる。

アイツら、あの取り巻き雑魚共……きっとそう思っているに違いない。
何が"俺だけは"だ、私の方が億万倍知ってるわバカタレが。
そんな気持ちで、私は稽古場で皆の面倒を真剣に見ている甚壱様の姿を影からコッソリ覗き見していた。

私は禪院家所属の特別一級術師であり、甚壱様の元に嫁いだ嫁である。
私と甚壱様の出会いは半年程前の話、何かの任務でお会いした時にその雄々しき姿と内に秘めた優しさにハートのド真ん中を撃ち抜かれた私は、勢いと根性と可愛さを持ってして怒涛のアピールを続け、見事籍を入れたのだった。
言っておくが、本当に頑張ったんだからな。それはもう…百日通いのように毎日毎日愛を伝え、年齢差などを理由に断られてもめげずに愛を伝え、恋文を送り、百本の薔薇の花束を贈り、夜景の見えるレストランで跪いて指輪を贈り、高級ホテルのベッドの中に連れ込み……。
そんなこんなで既成事実をもぎ取り見事勝ち申した私は、しかし、至る所からやって来る任務に追われてラブラブハッピースイーツ新婚生活なんぞ楽しむ余裕は一ミリも無かったのだった。

クソが、許せねぇあの五条悟とかいうチャランポラン白髪ヒューマン。
大体アイツのせいだ、一時期一緒にウェーイ!アゲミザワ!バイブス上げてこうゼッ!!っつって馬鹿やってたせいで「僕たち、ズッ友だょね。。。!!」とか言われて、それに「うん、ズッ友だょ!!」って答えてしまったのが運の尽き。そのせいで、アイツから面倒臭い依頼ばっかり回ってくること回ってくること…。
こっちは新婚なんだよ、執念でやっと勝ち取った愛なんだよ、少しは手加減して欲しい。

そんな思いで走り回ること数ヶ月、久々に禪院家の屋敷に戻れた私は、念願の新婚イチャイチャラブラブタイムをすべく甚壱様を探していたら、これだ…。
禪院家お抱え部隊の者達の稽古の相手をしてやっているらしい甚壱様は、こちらに気付く様子も見せず、彼等の面倒をしっかりきっちり見ていた。

く、く、くやしい〜〜〜〜!!!
悔しい悔しい悔しい〜〜〜!!!
悔しすぎて歯軋りが止まらない〜〜〜!!!
真剣に稽古を続ける彼等と甚壱様の様子を見て、壁に爪を立てて歯軋りをする。ガリガリギリギリ。消えない爪痕、残してやりますから。

私だって、私だって甚壱様に手取り足取りあんなことやこんなことを教えて貰いたい!あわよくばエッチなハプニングとか期待したい!そして、そのまま朝まで誰にも邪魔されず一緒に過ごしたい!
しかし、そうは思えど私はこの家では余所者。それも、新米者の余所者だ。何だか知らんが女のことを見下す奴が多いこの家じゃ、いくら私が強くて賢くて可愛くてとびきり才能のあるパーフェクトヒューマンだったとしても、無碍に扱われてしまうのだ。
だから、突然道場に飛び入って「甚壱様!!次は私と新婚ラブラブド根性拳法で勝負ですよ!」なんて言ってもつまみ出されて終わりだろう。悲しい現実だ。

私は、甚壱様が好き。
寡黙で雄々しくて額に傷跡があって、縦にも横にも大きくて、最初に見た時はヒグマか何かかと見間違えたくらい強面の人だけれど……でも、理不尽なことは決して言わないし、どんな人のことでも気に掛けていてくれて、困っていれば声を掛けてくれる。
甚壱様はとても強くて、人に優しく出来る素晴らしいお人なのだ。
好き。大好き。大大大好き。だから、迷惑にはなりたくない。
いや、本当は…嫌われるのが嫌なのだ。だって、本当に好きだから。

彼等の様子を影からもう一度だけ覗き見て、私は小さく溜息を吐き出し顔を引っ込めた。
仕方無い、ここは諦めよう。私に避けられない予定があるように、甚壱様にだって優先しなきゃいけないことがあるのだ。流石にそれくらいは分かっている。
だから、本当はちょっと話をするだけでも良かったけれど、諦めて後回しにしていた報告書を作成する業務に戻ることにする。

磨き上げられた板張りの廊下を、哀れにも肩を落としてトボトボ歩いた。

あーあ、私がもっと我儘な女の子になれたら話が早かったのになあ。



………



甚壱は背後から突き刺さっていた視線が消えたことに、一瞬だけ振り返った。
そんな甚壱の動作を機敏に察知した周りの面々は、口々に「良かったんですか?」と甚壱に言い出す。

「奥さん、めっちゃこっち見てましたよ?」
「てか何か歯軋りしてなかった?」
「してた、あと壁も引っ掻いてた」
「俺ら呪われたりしない?」
「強いからな…甚壱さんの嫁ちゃん」

やんや、やんや。わいの、わいの。

甚壱の元に嫁いできた若く優秀な呪術師である蛍は、彼等の間でちょっとした話題の人であった。
閉ざされたコミュニティに突如としてやって来た余所者、それも若い女。それだけで話の種にはなったが、何より彼等が興味を引かれたのは「俺達の甚壱さん」の元に嫁いで来たという事実だ。

近い歳で仲の良い五条家の当主や、うちの顔だけうんこクズを選ばずに"俺達の"甚壱さんを選ぶなんて…見る目があるじゃねぇか。
彼等は甚壱を影から熱い眼差しで見つめる蛍を見て、上から目線でそう評価していた。

しかし、残念なことに当の甚壱本人は嫁に対し常に引いた姿勢を取っていた。
というのも、二人はかなりの年齢差であり、さらに言えば甚壱もよく分からないままに勢いで籍を入れてしまっていたからだ。
半年間猛アタックされていたまでは良い、薔薇の花束を抱えてプロポーズをして来たことも…まあ良い。問題はその後だ。
甚壱の記憶では、確か夜景の見えるレストランを貸し切り状態で用意され、そこにほぼ強引に連れて行かれ、跪かれて指輪を渡されたはずである。その後の記憶は、残念ながら無い。
気が付いたら朝で、気が付いたら隣にはホテルが貸し出している寝巻きを着てスヤスヤ眠るあどけない蛍が居て、自分は真っ裸だった。
つまりはそういうことなのだろう。全く記憶には無いが、責任を取るべき事態なのだろうな…と、甚壱は最終的にベッドサイドで輝いていた指輪を見て遠い目をしながら責任の二文字を背負った。

だが、娶ったは良いものの蛍は随分と多忙の身であったので、甚壱の日常はあまりこれといって変わることは無い。
いつものように家の男衆の稽古を見てやり、いつものように仕事に出て、いつものように差し入れをする。そんな日常が今日まで淡々と続いていた。

そして、今日も同じ日常を過ごしている。
妻の視線には気付いていたが、敢えて気付かぬフリをした。
それが何故かと言えば、彼女があまりにも真っすぐで眩しくて、直視出来なかったからだ。

瞳の奥に滾る熱は留まることを知らず、口を開けば好意を顕にし、顔も耳も真っ赤に染め上げながらも、それでも真っすぐに自分を…自分だけを見つめてくる女を、誰が邪険に出来るというのだろう。

「甚壱さん、そんなに気になるなら様子見てきたらどうですか?多分、今頃悔しくて泣いてますよ奥さん」
「…そうだな」
「あ、ついでに悔しいからって柱で爪研ぎするのやめろって言っといて下さい」
「…ああ」

結局、甚壱は蛍を追ってその場を後にしたのだった。


住み慣れた屋敷の廊下を迷わず歩き目的地に進む。
彼女はこの屋敷に居る間は決まって自室に籠もっているのだ。それも、自室の押し入れに。
防虫剤の匂いがする狭くて暗い場所が落ち着くと言う彼女は、押し入れの中で一人寂しく丸まって落ち込んでいるに違い無い。そう結論付けた甚壱は蛍の自室の扉を開くと、静かに人の気配のする押入れへと向かい声を掛けた。

「開けるぞ」

すると、すぐに押入れからはガタッゴトッと騒がしい音がし、くぐもった抵抗の意思を示す声がした。

「ひっ!?や、ちょ…!!だめです開けないで、今私落ち込んでるんです!甚壱様にとって私は優先順位が下から数えた方が早いとこに居るんだって思ったら悔しくて切なくて…うぅ…ぐすっ」
「こんな所に居たら目を悪くする」
「え〜〜〜ん!!心配してくれてる優しい好き!!!今すぐ顔が見たいので出ます!!」
「…そうか」

抵抗時間凡そ10秒。
甚壱が開かずとも勝手に開いた押入れから出てきた蛍は、涙に濡れた瞳をしながら弾丸の如き勢いで甚壱へと抱き付き押し倒そうとする。
しかし、一ミリも体制を崩すことなく蛍を抱き留めた甚壱は、賢明に肩を押してくる蛍の行動は気にせずその涙を拭ってやった。

そんな乙女ゲーム顔負けの胸キュンムーヴにまたしてもトキメキの波動を受けた蛍は、ウッと小さく呻くと心臓を抑えて静かになった。

甚壱様…甚壱様が私の涙を拭ってくれた…!
涙とは即ち体液。体液に触れる…なんてエッチなんだ…体液に触れる甚壱様、エッチ過ぎる…これはもう布団を敷くしかない、今まだ昼の3時だけど…!
いや、構うものか。時間なんて愛の前では意味など無い!!

「どうした、大丈夫か」

突如黙り込み静かになった蛍に、甚壱は冷静に尋ねた。
すると蛍は、ゆっくりと顔を上げて甚壱を見つめてくる。

「甚壱様…上と下、どちらが良いですか?」
「…………………」
「なんで黙るんですか?ねえ、どうして目を背けるんですか?」

機敏に良くない気配を察知した甚壱はギラギラとした瞳の蛍から目を逸し、そろそろ戻るかと立ち上がろうとした。
だが、甚壱が戻ろうとしていることを察した蛍は素早く手を伸ばし、抱き付く…というよりは巻き付くようにして甚壱を逃すまいとした。

それはそうだ、何せ彼女が愛しの夫と会えたのはほぼ三週間振りのこと。西へ東へ海外へ…様々な任務であっちへ行きこっちへ行きを繰り返す彼女は、会えない分募らせた愛を伝えずにはいられない。

「甚壱様!好きです、愛して下さい!!甚壱様が愛してくれないと私……『甚壱様が愛してくれないことへの悲しさと切なさとしかし何かしらの扉を開きそうな興奮から生み出された呪霊』を生み出してしまいそう…!」
「…いや、術師は呪霊を生み出さない」
「じゃあ私が生霊になります、離れていても毎晩甚壱様の枕元に立てるように…!」
「落ち着け」

とうとう甚壱に背後から蝉のようにしがみついて離れなくなった蛍は、甚壱の首筋で深呼吸を何度も繰り返すことによりさらなるパワーアップを果たす。
元気百倍、愛情千倍、このやる気…発散する方法は一つしかない。

「甚壱様、私…物凄く元気になってしまいました…だから、その…」

蛍は赤らんだ顔で恋する乙女の溜息を吐き出す。
ぴとりと甚壱の肩に頬を寄せ、熱い吐息を吐き出しながらより身体を密着させようとした。
そんな妻のあからさまな様子に、甚壱は躱すための言葉を口にしようとした。

「待て、まだ日が明る、」

しかし、甘酸っぱいR18展開は訪れなかった。
蛍は元気いっぱいの声で言う。


「任務に行って来ます!!今なら愛の力で全てを救える…!!!そう、世界を!!」
「………………」

とうっ!!!
シュタッ


元気良く甚壱の背から飛び降りた蛍は、華麗な着地をキメると闘志漲る目をしながらグッと握り拳に力を込めてみせた。
覚悟完了、戦争も貧困も格差社会も差別も環境問題も、全て私が救ってみせる。そう…この、溢れ出して止まらない愛の力で!

甚壱はそんな嫁を見て冷静に思った。
蛍が常に屋敷に居ない理由の八割はこの自主的な労働のせいだろう、と。自分では分かっていないようだが、彼女は興奮が最骨頂に達すると何故か「この愛で世界を救う」と真剣に言い出す。そして、そのまま数週間働き続ける。その結果、蛍は甚壱に会えない期間さらに愛を募らせ煮込ませ熟成させて帰って来るのだ。

学習能力が無いとしか言えない。
しかし、そんな所が新鮮で長所だと思ってしまうくらいには、甚壱も何だかんだで絆されているのであった。

そして、学習能力が底辺に近い蛍に投げ掛ける言葉を、甚壱は一つしか知らない。

「そうか、気を付けて行って来い」
「はい、甚壱様もお達者で!」

何が嬉しいのか、にこにこと小春日和みたいに笑う蛍は、もう一度だけ甚壱を抱き締めてからさっさと仕事へと行ってしまった。
ここからまた数週間、嫁の居ない当たり前で普通の日々が始まる。
そのことに、甚壱だけが心に隙間風を通していた。

引き止める言葉も方法も知らない。
だから、戦場へ向かう背を見送ることしか出来ない。
まるで立ち位置が逆だと気付いても、甚壱は帰りを待つしか出来なかったのだった。

何故なら、風のように自由で、太陽のように熱く明るい妻の姿を大事に思っているからだ。
何だかんだで両想い。ただし、柱は犠牲になるしかないのであった。



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