隣人証明 | ナノ

2-7


翌日、待ち合わせ場所に来た甚爾は、同じく待ち合わせ場所に居た未散の頭を見てゲラゲラと笑うしか無かった。
遠慮も無く大口を開け腹を抱えて笑えば、怒った様子の未散は「全部おじ様のせいよ!」と、ポカポカ身体を叩いてくる。弱すぎて全く痛くない、猫のパンチと同レベルの強さだった。

いや、実際未散は今現在猫であった。

「どうやって過ごしたら、一晩開けて猫耳生やして帰って来るんだよ」
「笑わないで頂戴、帽子を返して」
「猫ちゃんになっちまったなあ」

顎の下を擽ればグルグルゴロゴロと音を鳴らす。不機嫌そうな顔のわりに身体は随分素直な物だった。
猫擬き、もとい猫耳を生やしてしまった未散は甚爾と別れた後のことを包み隠さずに話した。

あの後、目を覚ますと明け方であり、ベッドに一人寝かされていたので七海を探して部屋を出れば『仕事に行ってきます、留守番をしているように。』と書かれたメモを見つけたので、置いてあった食事を頂き、勝手にクローゼットを開いて服を借りた。
勿論サイズは全く合わなかったので、半袖のYシャツは袖部分が肘が隠れてしまう丈になっているし、ズボンは長さもウエストも論外だったので、昨日洗濯に出していた物をドライヤーで乾かして履いて来た。
ついでに見付けた帽子を被って、留守番をせず部屋を後にし、ここまで来たわけである。

「金は?」
「無い、でも方法は考えて来たわ」
「ああ、見せ物小屋にでも出るのか?」
「出ません、あと耳を触らないで、尻尾も!」

ぺちっと甚爾の手を叩いて未散は作戦を語る。

「昨日七海くんと灰原くんから色々聞いたのだけれど、私は以前五条悟とやらの妹をしていたらしいの」
「ああ、で?」
「五条悟にタカる!」
「却下に決まってんだろ」

提案を蹴った甚爾は未散の猫耳をまた触り始めた。

フニフニフニフニフニフニ…癖になる、止まらねぇぞこれ。
五条悟に頼るのは無しだ…と、甚爾は考える。理由としては、会わせたら確実に面倒なことになるだろうからだ。一晩にして定義を書き換えられた未散は、それが甚爾のせいだと言っていたが、しかし理由は別にある。
ほぼ全ての記憶を無くした未散は元々の在り方が無色透明だったのに、今は中身までもからっぽになってしまったのだ。
今までは「元の自分」をしっかり持ち、「元の世界での記憶や経験」が根本に揺るがず存在していたが、今の未散にあるのは肉体に張り付いた剥き出しの知識と人格だけであった。
今の未散は未散が受け入れ、相手が認めれば簡単に何にでも成れてしまう。そんな状態であまり関わりのあった人間に合わせるわけにはいかない。最悪情報が整理出来ず破綻して、キメラにでもなるだろう。

そうなれば、未散と相互定義をし合う甚爾にも影響が出る可能性がある。
まずは未散の地盤を固めなければならない。そのためにも大変名残惜しいが、この耳は消そう。

甚爾はそこまで考え、手を伸ばす。

「いいか?お前は俺、伏黒甚爾の姪だ。俺はお前の叔父、お前は猫じゃねぇし飼われてもいない。分かったか?」
「甚爾おじ様」
「その呼び方はやめろっつったろ」

耳を押し込むように頭を抑えつければ、手のひらの下にあった柔らかく不自然な柔らかさがスゥ…と消えていく。
フッと意識を飛ばしそうになった未散を支え、頬を軽く叩けばハッとした顔をして甚爾を見上げた。
髪をかきあげ、耳が正しい位置に存在するか確認をする。

「戻ったな」
「ありがとうございます。危なかったわ、愛され生命になるところだった……私はハードボイルドを売りにしているのに…」
「野暮天の間違いだろ」
「女に金をタカって帰って来る人よりは格好いい生き方してるもの」

どっちもどっちである。
ドングリの背比べ、五十歩百歩。

しかし二人には決定的な違いがあった。甚爾は資金の確保として、女に貰った金を元手に賭けで一発当てる気でいたが、一方の少女はというと……


「背乗りするわよ」


背乗り(はいのり)とは、不法入国する外国人の滞在方法の中で、最も最悪な手段である。
死亡した人間の戸籍や身分をそっくりそのままいただく……成りすまし行為。
主に身寄り、知人の居ない人間の戸籍を狙って行われるものである。

「死人の貴方と、戸籍も無い私じゃ何も出来ない。非合法な綱渡り生活をするにも何もかもが足りない状況。それなら、例え非合法でも基盤を固めてから動きましょう」
「……お前なぁ」
「昨日、七海くんに会って分かったわ。私は彼等の側に居てはいけない、お互いに良くない、死んだ人間は死んだままで居るべきだった」

三途の川を逆流する。そんな、摂理に逆らう行いをしたがために失った代償は大きな物であった。
記憶があった状態の未散ならば、他の選択をしたであろう。しかし、今ここに存在するのは、あの日散った五条悟の色を灯した妹では無い。
ここに居るのはかつて存在していた少女の残留物、燃え尽きた灰は燃え尽きる前には戻らない。
帰りたい場所はもう無い、帰るべき場所など知らない。今の少女が覚えていることは、かつて大切だったであろう友人の名前だけだ。
それでも、やらなければならないことは分かっている。覚えていなくても理解はしているのだ。


「甚爾さん、貴方が本当に会いたい人に会えるように……私はもう一度門を開く。そのために、供物を集めるわ」


自分が居たから、甚爾が本当に会いたかった人に会うための扉を正しく繋げることが出来なかったと。
異分子を抱え、同時に門を潜ったせいで甚爾の求める場所へ行けなかった。きっと彼が行きたかったのはここでは無い、別の場所だ。そしてそれはきっと、現世では無いのだろう。
甚爾がどうして自分も連れて行こうと思ったのかは分からない、もしかしたら本当にこの世界に来たかったのかもしれない。
でもそれは間違いだ、私は共に来るべきでは無かった。生きた亡霊になんてなってはならなかった。
甚爾だけが選択をするべきだったのだ、前に進むか停滞を選ぶか。
私には最初からその権利は無かったのに。

私は七海くん達とは生きられない。彼等と共に生きることはきっと素敵なことで、楽しくて苦しみの少ない選択だろう。
でも、今を生きている彼等に亡者が纏わりつくべきでは無い。私が居たら彼等の人生の選択肢が狭まる。
私が甘えることは、彼等から自由な明日を奪うことに繋がるのだ。
正しく生きている者にこれ以上依存してはならない、行き止まりの人生にしては駄目だ。
行き止まりは、私だけで十分だ。


甚爾を見上げて意思を固めて言った未散に、言われた本人は白けた目を向けた。

「なんだそりゃ、余計なお世話だ」
「余計でも何でも、私はやるから。だってこんなの業務ミスよ、配送ミス!損害賠償が出てしまうわ!」
「やっぱお前管理者向いてねぇな」

甚爾は「コイツでも一応責任とか感じるんだな」と、かなり失礼なことを考えていた。
口に出せばきっと、何処で学んで来たか知らない知識でやんややんやと細かい御託を言われるだろうから口を閉ざしたが。
故意じゃ無いのよ、賠償金額は三十万までになるわよね…?と頭を抱えてブツブツ言い始めた未散の肩に腕を回し、わざとグイグイ身体を押し付け体重を掛けた。「重いわ!」という文句を放って甚爾は言う。

「そんなつまんねぇ仕事放っておいて俺と稼ごうぜ、頭脳担当」
「重いってば、暑苦しい」
「ほら、少しはマシなアイディア出せよ」
「ああ、もう…!廃品回収してレアメタルだけ集めて、他の部品を供物にするとか!」

供物と書いてゴミと読み、天の庭と書いて不法投棄現場と読む。やはり未散に管理者はどう考えても向いていなかった。

「レアメタルってそんな集まらねえだろ」
「そんなこと無いわ、インジウムはフラットパネルディスプレイに使われているし、ゲルマニウムは半導体チップに使われてたり……あとは、ニッケルが車のエンジンとか、リチウムも…」
「何でお前はそんな知識は覚えてんのに、記憶は全部飛ばしたんだよ」

記憶が無いのは、天の庭ガチャでドブったからである。

「反対するなら代替案を出しなさい!じゃないと今後貴方を徹底して、野次しか飛ばさない野党議員扱いするわよ」
「その扱いをされて俺はどうなるんだ」
「国民に嫌われる」
「規模がデケェな」

まあいいや、といつものペースに戻った未散の腕を引っ張り甚爾は立ち上がる。

「飯食ったらネット出来るとこ探すぞ」
「分かった、オンラインカジノをするのね!」
「お前少し賭博から離れろ」


伏黒甚爾、人生二週目。
イマイチ頼りにならない姪と共にアウトロー生活を再開。二週目の初仕事は賞金を賭けられた呪詛師を狩る所からスタートすることとなった。

その仕事ぶりは、姪曰く 「見てなかったので見えなかった…」とのこと。
ゴミ箱変わりにしかならない少女を連れて甚爾は頑張る。何故なら、悪趣味極まりないお花になって、彼女の素敵なお庭で愛でられたくは無かったからだ。
アレになるなら働いた方が幾分かマシ、ここでもまた感情の行き違いが発生していたのであった。




………





一方帰宅後の七海はというと、脱走した猫探しをしていた。

「うちの猫知りませんか」電話を灰原に掛け、二人で手分けして明け方まで捜索するも未散の姿は見当たらず、感情を掻き乱され終いには青筋を立てながら「あの女……」と静かにブチギレていた。

見付けたらタダでは済まさない、どれだけ私の人生と睡眠時間を妨害すれば気がすむんだ。絶対に許さない、絶対にだ。

こうして七海は一睡もすることなく翌日も出社した。
灰原は七海の怒りを鎮めるために「首輪を買っておこう!」と提案した、それを止める者は誰も居なかった。
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