隣人証明 | ナノ

2-5


地面にお尻が着いた感覚がして、瞑っていた目を徐々に開く。

頭上には暮れ方の空が気持ち良く広がっており、髪を遊ぶ風は緩みきった生温かさを感じた。
スゥッと空気を吸えば少し湿っていた、これから雨が降るのかもしれない。

辺りを見渡す、ブランコ…ジャングルジム…ベンチ…どうやら、小さな公園のようだ。
ゆっくりと瞬きを繰り返し、自らの両手を見る。細く長い指先の先端からジワジワと色が失われていく様を見て、ほんの少しだけ焦燥感に駆られた。

周りを見渡せば、少し離れた場所に人が倒れている。
のろのろと身体に気をつけながら立ち上がり、その人物に近付いて声を掛けた。

「…もし?あの、大丈夫ですか?」

消えかけの手で揺さぶれば、ん…と小さく声を漏らして男は瞬きをする。緩やかに目を開き、こちらを見上げる瞳と視線が交わった。

「あぁ、成功したのか」

私に伸ばされた手を拒むことなく受け入れれば、頬をなぞられ溜め息をつかれた。
身体を起き上がらせた男の人は、首を回して両手を軽く振った後に「なんともねぇな」と呟く。

「私は消えかけてますけど…」
「ああ、そうだった……お前、お前は俺の姪っ子………あー…やっぱ姪じゃ曖昧か?」

姪と言われても、依然として私の消滅は止まることを知らない。第二関節まで色を失った指を見てから、男を見上げた。

「娘……にしては年近すぎるしな、妹と嫁どっちがいい?」
「まあ、お嫁さんだなんて……私はまだ未成年だから親の同意が無いと結婚は…」
「めんどくせぇ。予定通り姪っ子でいいな?ほらしっかり定義付けしろ、俺の姪だって思い込め」

よろしく姪っ子ちゃん、と頭にぽふっと大きな手を乗せられ、髪を混ぜるように撫でられると不思議なことに徐々に意識がハッキリしてくる。
深く呼吸をすれば身体に血が巡っていく感覚がし、ぼんやりしていた音が澄んで聞こ始めた。内側から魂の重みを感じ取る。
喉を震わせ、目の前の存在を定義する音を発した。

「おじ様」
「おう、とりあえず…まずは先立つ物、金だな」

立ち上がった叔父に合わせて私も立ち上がる。視界に写った自分の黒い髪に何故か違和感を覚えた。

お金、お金をどうにかしなければならない、以前はどうやって稼いでいたっけ?
あれ、私…以前って、以前って何?
前に何かあったっけ?そもそもどうして私は天の庭から離れて門の向こうへ来てしまったのだ?あれ、どうしよう…大丈夫なのだろうか。恐る恐る隣を見上げる、この人…そもそも誰だ?

「お前、高専に連絡取れる手段とか何かねぇのか」
「………高専ってなに?」
「………おい、マジか未散」

頭を抱えてしまった叔父なる謎の人物を見上げたまま私も頭を働かせるが、出てくる物は今は不必要な雑学知識ばかりで、記憶はとんと浮かばない。まさか、代償として私は記憶を支払ってしまったのか。

「どうすんだ、アイディア担当」
「お金?」
「金を何とかしねぇと、今日野宿になるぞ」

ムムムッ……しかし今の私は記憶がスッカラカンなため、混乱により全くもって頭が働かない。欠片も宛にならない知識ばかりがゴロゴロと思考を横切って行くだけだ。
あと、この叔父になった男は一体誰なんだ…と考えていたら一個だけ引っ掛かった。

「そうだわ、賭け麻雀しに行きましょう!」
「賭けるもんがねぇのに?」
「勝てば良いのよ、私に任せて」

しかし、おじ様はやや考えた後に「別々に稼いで明日の昼、ここに集合な」と言い始めた。
え………?この男の人……さては面倒臭い気配を感じ取ったから私を捨てて逃げる気だな!?

それに気付いた瞬間、持てる力の限りを振り絞って男にしがみついてやった。
私を引き剥がそうとする男VSしがみつく私。腕と足、なんなら口も使って離されまいと足掻いたが、やたらと強い男によって数秒でポイッと引き剥がされて捨てられる。

な、なんで……?私、記憶喪失なんですが…?貴方、私を姪と定義しましたよね?なら、最後まで責任を持ってよ!!

「大丈夫だ、俺が知る限りお前は異常に逞しい奴だ」
「絶対記憶喪失の姪に言う言葉じゃない!鬼!悪魔!VENOMのカバーバンド!」
「最後のは悪口じゃねぇだろ」

大丈夫そうだな、と謎のお墨付きを頂いてしまい、男…叔父は「また明日な」と歩き出してしまったので、その背中にあらん限りの罵声を飛ばしてやろうと口を開く。

「顔がいい!優しそう!料理が出来そう!声が落ち着く!長身!」
「元気でな〜」
「ヒモにしたい男ランキングベスト5まで総なめしてそうな奴めーーー!!」

なんでこんないらない知識があって、総じて記憶が無くなってしまったのか。

天の庭の主、さては私に受難を科すのがお好きなのね?好きな子ほど虐めたいやつでしょこれ?
え、というか本当にどうするの?あの男行っちゃったわよ、早速一人なんですが。独立独歩の精神で行けってか?無師無統?アウトサイダー?夜の迫る頃、赤くなる空の下、私こそがはぐれガラス…。

雀荘行く……?無理、未成年だもの、入店拒否されてしまう。
仕方無い、少し歩きながら考えるか…と私は一人公園を後にした。

知らない場所に一人きりなのに、不思議と不安があまり無いのは何故だろうか。
湿気を帯びた風がそよ吹く。

もし、今日寝る場所が見付からなかったら庭に帰るか…。

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