隣人証明 | ナノ

2-3


彼女を置いて行くと判断したのは私だった。

「あそこが、私の帰るべき場所では無かっただけのこと」

最後に見た背中は、立っていることもやっとのようなボロボロな姿で、口から血を吐き捨てて敵を見据える彼女は振り返らないまま「理解して」と言った。
理解した、残ればきっと三人誰も助からないと。彼女一人では灰原を連れて逃げられないと。そして、彼女を残して撤退することが一番生存率が高いと。
だから、灰原と私だけが逃げて、生き残った。
理解した、理解していた、一人残せばどうなるかなんて分かっていた。応援を呼ぶなんて言ったけれど、間に合うとは思わなかった。

あの日私は仲間を見捨てたのかもしれない。
灰原にそう溢せば、彼は違うと否定してくれたけれど、呪術界から離れた今尚彼女の背中が脳裏に過る。
似た体型、似た歩き方、ミュゲの香り。そんな女性の後ろ姿を見る度に手を伸ばし掛けては我に返った。

あの子はもういない、勝手に灰原と私の半分を自分の物にした傲慢な少女はどこにも居ない。
灰原を挟んだ向こう側から笑い声は聞こえてこない。

彼女の遺体が履いていた靴は、私達が選んで彼女が買った物だった。
素敵な靴は貴女を素敵な場所に連れていってくれる、彼女に言った言葉は嘘となった。
呪霊を道連れに、遠い場所へ行ってしまった背中を思い出す。

笑いあった日々は遠き日となった。
あれから何年経っただろうか、もう私は随分良い歳になってしまった。あのまま、三人で呪術師をやっていたのならば一級になっていただろうか。彼女も、私も。
でも、あの子は散々戦いたく無いと泣いていた。
辛くて怖くて苦しいと、ずっと耐えて我慢していたのを知っていた。
一番怖がりだった子を一人置き去りにし、死なせた私に誰も罰を与えなかった。

貴女の帰るべき場所はここだと、私の向こう、灰原の隣だと言うべきだったのかもしれない。
そうすれば、帰って来てくれたかもしれないと。馬鹿らしい、意味の無い、有り得ない、絵空事の未来を描いては現実を責めることもせずに生きている。

もう私は、彼女の帰るべき場所足り得ない人間になってしまった。




………






男共が勝手に後悔やら懺悔やらをしている中、一方その頃天の庭では。


暇すぎてテレビを叩いて回線を無理矢理繋ぐなどしていた。
ベチベチベチベチ、バンバンバンバンッ!

「麻雀チャンネル見ましょうよ」
「お、未散。映画チャンネルなら映ったぞ」

やったー!と珍しく素直に喜びを顕にする未散…ここ、天の庭の管理者である少女を大人しく座らせて、共に洋画を見ることにした。タイトルも知らない映画を途中からだが、まあ別に良いだろう。
大切なのは内容よりも、時間を潰せるかどうかだ。ここでの暮らしは存外悪くは無いが、如何せん退屈ではあった。
未散がピアノを弾くか、何処かから飯を持ってくるか、突発的にくだらない新しいことを始める以外は、することと言えば花擬き共への餌やりくらいだ。
一日二度の餌やりは俺の仕事だった。他にさせることが無いと言われたので、俺もそれ以外には何もやっていない。
つまりは暇を持て余していた。

どうやら不倫を題材にした洋画らしく、美しい肉感的な体つきをした熟女が男に煽られて女のプライドを取り戻し、愛される喜びを思い出す…といった、よくあるタイプの話らしい。
隣に座る未散は内容を分かっているのか分かっていないのか、ぼけーっとアホ面を晒して、ただ感情も無さそうに画面を眺めていた。

女と呼ぶには若すぎる身体は、年齢を聞けば「17…16?くらい?」と答えられた。未成年…しかも聞く限り処女、ついでに五条悟の妹。手を出せる訳が無かった。
どれだけ美しかろうと、愛嬌があろうと、女として見るには不十分過ぎる要素を抱えた大人には程遠い未完成な少女は、それなりの時間を共にしたが懐いた感情と言えば「可愛い姪っ子」止まりな物である。
可愛いという感想は持てた、言ってることがアホらしすぎるが…それも愛嬌だと思えば……いや、やっぱりどうかしてる所もあるな。むしろ、どうかしてない時がない。
それでも、隣人として性を伴わない愛を抱ける距離感は心地好かった。ただ単にコイツが深く考えずに日々を過ごしているだけかも知れないが。絶対そっちの要因の方が大きい。
未散は俺を尊い者として尊重なんてしない、心の姿勢を形にするならばきっとネジ曲がっている。だから俺もコイツを雑に扱った。無視をしたり馬鹿にするわけでは無い、単純にザックリした距離感で、上下間系無くフランクに毎日顔を合わせている。


大人しく画面を眺めていれば、場面の雲行きが怪しくなって来た。
距離の縮まる男女、胸を押し付けるように身体を密着させ…不味い、これは濡れ場が来る。
見せて良いのか?このトンチキ処女に、洋画の濡れ場を?セックスが想像出来な過ぎて「結合のこと…?哺乳類のは…虫と比べると短いわよね…」とか言って、キリギリスやらイタセンパラだとか言う虫や魚の生態から想像を膨らまそうとしていた情報弱者に?
駄目だ、洋画の濡れ場を知識として与えてはいけない。
俺は大人で、コイツは未成年のガキだ。ここにいる唯一の大人として、子供の教育に相応しく無い物を見せることは出来ない。

背後に回り、後ろから手で目元を覆った。顔ちっせぇ、少し力入れただけで握り潰せるんじゃねえのかこれ。脳ミソあるのか?大丈夫か、潰れたりしないか?

「ねぇ、見えないわ」
「ガキは見るな」
「でも聞こえるわよ」
「俺がいいって言うまで耳塞いでろ」

えー…と不満そうな声を漏らしながらも、渋々と耳を塞いだ未散の後ろから映画を見続けた。
エロい、すげぇ良い身体してんなこの女優。音からして卑猥だ、脚と脚が絡まり、胸が擦れ合って唇を食み、舌を絡め合う。こちらの情欲が刺激されるような濃密な映像が続く。
長い、嬉しいが嬉しくない。こんな状況じゃ無ければ喜んで見れたのに、俺の両手はガキの目を塞ぐために使われていて、足の間には耳を塞ぎ目を塞がれた性知識の薄い処女が座っている。
下手に下半身に熱を灯せない、不味い。チャンネルを変えたい、このままでは最悪未成年淫行…児童ポルノ…条例違反…頭の中に浮かぶ可能性を必死に否定した。

画面の中では掠れた喘ぎ声と共に肌色の二つの身体がユラユラと揺られている。顎を上に向けた女からは鼻にかかるような色気のある吐息が漏れ、男の身体に這わせた指先に力が籠るのが映し出される。
もうやめろ、終われ。長えよ、そろそろ俺の下半身が条例違反になっちまうぞ。
興奮すれば良いのか絶望すれば良いのか分からない。頼む、こんなことで盛って手を出して、キレたコイツに問答無用であのグロテスクな花にされて…虫の死骸だとかを餌付けされるのは嫌なんだよ。
足の間に座る未散が「まだー?」と暇そうな声を出した。
まだだわ、全然終わらんわ。もういい加減終われ、さっさとイけ。誰だよテレビ叩き出したの、俺だわ、どうすんだこれ。

完全に熱を集め始めた下半身に意識が向かう。
勝手に起ち始めたブツをなるべくガキの身体に近付け無いよう、出来る限り腰を引いた。
状況は最悪だった、今すぐ門を開いて貰い逃げ出したかった。こんな形で契約をしたくなるとは思わなかった。

徐々に終わっていく濡れ場におせぇよと言いたくなる。どんだけ時間掛けてんだ、手早く済ませろ手早く。
もういい、息を切らす描写いらねえから、シーツが擦れる音もいらねえ。早く場面切り替われ…と願っていれば、いきなりコマーシャルに突入したので塞いでいた目から手を離し、距離を取って背中を向ける。

「おい、テレビ消しとけ」
「そんなにつまんなかったの?」
「お前には早かった」
「あ、年齢制限の壁が現れたのね…」

パチッと電源の落ちる音が聞こえても、俺は背を向け続けた。
そして、以前から考えていた方法を実行に移すため、そのままの姿勢で未散に声を掛ける。

「俺に作戦がある」
「お兄さん、何でそっち向いてるの?」
「良いか?作戦はこうだ。二人で門を潜んだ、存在定義を剥奪された場合に互いに定義し合えるようにな。そうすりゃお前は俺によって形を保てるし、俺も同じように…だ」
「え、凄い!それならお互いに消える心配が無いのね!」

後ろから驚くような喜ぶ声が聞こえ、解釈が間違ってはいなかったことを理解して一先ず落ち着く。
比べて下半身は全く落ち着いていなかったが、生理現象だから仕方無い。アイツに見せなきゃそれで良い。
そのまま聞けと言い聞かせ、作戦を伝えることを再開する。

「俺はお前を"伏黒甚爾の姪"として定義するから、お前も俺を自分の"叔父"だと認識しろ、良いな?」
「ええ、甚爾おじ様ね」
「その呼び方やめろ、お兄さんのままで良い」
「甚爾おいたん♡」
「絶体やめろ」

ここまで決まれば後は実行するだけ。
「門を開いてくれ」と言えば、「分かった、明日やりましょう」との返答が。は?明日ァ??

「ふざけんな、そんな待てるかよ。今すぐ、今すぐだ」
「そんな…私にだって予定があるのよ?庭園の主に出立のご挨拶とか…」
「じゃあ今すぐ行って来い、終わったらすぐ行くぞ」
「ところで、どうして先程からそっちを向いてらっしゃるの?」

ポテポテと近寄って来た未散から逃げるように、いいから行け!と言って素早く距離を取る。
「なによ、意味分からない…」と呟いて挨拶とやらに向かったアイツの気配が消えてから、膝の裏と腹に入れていた力を抜き前屈みになった。
男には色々あんだよ、あと意味の分からなさではお前の右に出る奴はいないからな。

さて、戻ってくるまでに男としてのプライドを取り戻しておかなければならない。

俺はグランドピアノの裏に隠れるように回った。
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