隣人証明 | ナノ

2-2


求めずとも、時間は過ぎていく。

五条悟の妹、未散の四十九日が終わり納骨が終わった。
その後、夏油傑が離反した。
月日はさらに流れ、七海建人は呪術師をやめ一般企業へと就職をした。

未散のいない夏を幾度越え、五条は命日が来れば花を手向ける。
この日だけは、かつて人生の一時だけ存在していた妹の存在を思い出す。未だに扉が独りでに開くことは無い、あの葬式の日以来ピアノの音色も聞こえることは無かった。
過ぎ去る日々は瞬きの如く、未だに捨てられないピアスを引き出しの奥に仕舞ったまま、彼は忙しない日常を送っている。

思い出さないように心掛けようとも、何度もあの子の夢を見た。
自分の腕の中で産まれたばかりの柔らかい声帯を震わせて笑う声を聞いた。
隣に並び、「貴方一人を高い所に置き去りになんてしない」と微笑む姿を見た。
先を歩いて行ってしまう彼女を呼び止めれば振り替える。

「兄さんの誇れる妹だった?」

首を傾げて問う彼女に、何回も何十回も何百回も「そんな物にならなくて良いから、隣に居てくれたらそれで良いんだ」と手を伸ばしては夢から覚める。

何度願って祈って後悔しても、あの子はもう居ない。

自分が間に合わなかったから。
自分が妹になんてしてしまったせいで、辛い道を歩ませ遠くに行かせてしまった。

もしも次に会えたのならば、透明のあの子を今度は……と、考えてはそんな奇跡があるものかと頭を振る。
どうか自分より正しくお前を守れる人の元へ、と願う思いと同時に、今度こそ必ず大切にするからもう一度だけ自分の腕の中に帰って来てくれと欲した。

光に透ける白く麗しい髪と、柔らかく甘い声、薄く小さな唇に、燻る炭のような瞳。
今も覚えている、何一つ忘れてはいない。
自分を呼ぶ声も、消えていく体温も、何もかも。
前を向いて歩かなければならないのに、彼女の存在がどこか纏わり付いて離れない。

妹が眠る墓を見下ろして五条は遠い日を思い出して目を瞑った。

湿気った空気の中、瞼の裏にすら鮮烈に青い日々が浮かび上がって離れなかった。




………



一方その頃天の庭では。




「駄目よ愛情が足りないわ、もっと愛を込めて。アンジェ●・アキの歌でも言っていたでしょう?大袈裟なくらい何とやら、理由なんてフフフフフ〜ン♪」

全く覚えていない歌を適当にラッタッタと歌い挙げる少女の横で、甚爾は必死にグツグツ煮える鍋をかき混ぜていた。

「こんな…虫で取った煮汁に愛情っつったって…どうしろっつーんだ…」
「コチニールカイガラムシから南米の風を感じるのよ!そして愛を込めるの!」
「湯気しか感じねえよ、あー…あっちぃ」

は〜〜〜これだから素人は、全く。
料理に愛情を込めるのは当たり前のことだって、昭和の頃に発売されてた今日の料理でも散々書かれていたでしょう。私は昭和生まれじゃ無いから「いや、愛情より先に衛生状況の統一をすべき」って、長々と書かれた記事を読んで思っちゃったけれど。でもおばあちゃんが大事にしていた料理本にツッコミなんて入れられないから、「やっぱ料理には愛情よね」と割り切って読んでました。
だからお前も愛情を大事になさい!食材に真心とか言う得体の知れない成分を注入するのよ!

「虫を茹でるのに真心って必要か?」
「この茹で終わった虫ガラは花達の餌にするんだから、真心は込めておいた方が良いわ」
「アイツらに食わせんのかよ…」

現在、甚爾お兄さんには労働としてコチニールという南米に生息するカイガラムシをカチカチに乾燥させた物を茹でて貰っている。
これを茹で続けていると、それは鮮やかな赤い煮汁になるのだ。
何故カイガラムシが居るのかと言うと、私が向こう側に居た時に供物として送っていたからです。どうやら繁殖に成功したらしい、素晴らしい生命力。

そしてどうしてそんな労働をさせているかと言えば、我々には目的がある。この煮汁を使って魚肉ソーセージの着色をすることにしたのだ。
そういうわけで、今私は必死に他の原材料を集めている。

「まさかコチニール色素を手作りする日が来るとはね…アナトーやホエーと並ぶ謎物質とも一部の界隈では噂されている物を…」
「アナトーって何だよ」
「ベニノキよ」
「ホエーって何だよ」
「乳漿(ニュウショウ)よ」
「わかんねえ、結局何なんだよ」

コチニール色素は良いとしても、問題は魚だ。魚肉と言うからには魚が必要不可欠、流石に魚は……頭から食べさせちゃったしなあ。
何故魚肉ソーセージを作ることになったかと言えば、ぶっちゃけ暇だったからである。
魚肉ソーセージを量産して、ここへ来てくれた人々への特典にでもすればもう少しは契約取れないかな?とも考えている。流石に世の中そんなに甘くないだろうけど…でも、灰原くんも「何事も経験!」って言ってた記憶があるから頑張る。

「魚どうすんだ?」
「養殖でも始めようかしら…」
「そこからかよ、この煮汁どうすんだ」
「飲む?」
「飲まねえ」

飲まないか〜、仕方無い…魚肉ソーセージで契約ゲット作戦は一旦中止だ。
次の一手を考えなければ、このままじゃいつまで経っても門が開かない。
よし、ここは一発私の体験を元に新たな事業でも始めるとするか。

「……でね、骨が折れて一人じゃお風呂に入れなかった時に看護師さんがお風呂手伝って下さって。背中流されたりしたんだけど、その時思ったのよ…ここまでされたからにはこの人に何らかの責任を取って貰わなければと…」
「風呂入れただけで取らされる責任って何だよ」
「この体験を元に、人をお風呂に入れてあげる商売とかどうかしら?」
「お前それ、ソープって言われる水商売だって知ってるか?」
「え…………?」

え……………………?(平凡処女なのでソープと売春の違いが分からなかったのである。)
は?他人に身体洗って貰う仕事ってのは三助でしょ!?ソープって何よ!?江戸時代の男性の職業馬鹿にしてんの!?一人前の三助になるには十年かかるのよ!?この国の未来はどうなるんだ!?文化の危機!?破滅へのカウントダウンはすぐそこまで!?

「文化の危機も何も、もう絶滅してんだろその職業」
「昭和中頃には盛り上がっていたもの!」
「何年前の話だよ」

この国はもうおわりだ!!なんて日だ!
悲しくなったので、その衝動のままにピアノでレクイエムを弾いた。ヴェルディの「怒りの日」だ、腹が立った時はこれに限る。
衝動のままに鍵盤を打ち鳴らせば庭がざわめき立つ、フラットとシャープの祭りだ、BPM165をお見舞いしてやるわ!
間違えようが指が縺れようがお構い無しに引き続ける。そして雷鳴にも似た出だしを終えて旋律は豊かになっていく。
ああ素晴らしい、大量の和音と伸びやかに上昇していく旋律のなんて気持ちの良いことか。
8分間の演奏はあまりに疲れるため、途中から大分飽きてきて雑でお粗末な物となったが、弾き終われば気分がスッキリした。

パチパチと一人分の雑な拍手が聞こえる。

「これを商売にすりゃ良いじゃねえか、なあ」
「もうしてる。ピアノの音色こそが私から捧げられるほんの少しの供物なの」

グッと伸びをして肩をグルグル回し、籠っていた力を逃がす。
あと何回ピアノを弾けばノルマ達成になるんだか…。
それよりどうしよう、こんな茶番劇をやっている場合じゃ無いのに…。

「あ、バンドでもやる?」
「お前な……メンバー俺とお前しか居ねえのに…」
「よし、バンド名を考えましょう!」
「コイツにここの管理任せてるの絶対間違いだろ」

やっぱり二文字かしら、ゆず…ガロ…リタ…ネオアコミュージックっぽいな〜。やだな、もっとロックで格式高い名前が良い。
ワールド枠を目指していきましょ、タワレコのワールド棚から消えたバンドって二度と棚に戻らないけど、あそこに居座り続けるバンドを目指しましょう。ワールド枠でトップを取るってことは、天下の大将軍みたいなものよね!(※全く違います)

「やっぱりフランス語かしら、昔からフランス語は神の言葉、英語は盗賊の言葉…なんて言われるし、あっドイツ語でもいいかも」
「格式高いバンド名って微妙だろ」
「ゲヴェルクシャフトはどう?」
「意味は」
「労働組合って意味らしいわ」
「解散だ、解散」

バンド解散!
一体どうなる天の庭産業!?

大体こんな感じで私は毎日お兄さんと楽しく過ごしています。
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