血の海に倒れ伏した五条は、回らない頭と明滅する意識の中ふと思った。


あの馬鹿妹は、一体どこで何をしているのだろうか。
急に音信不通になりやがって。
マジで行動が予測出来ない、心底理解出来ない、意味不明極まる。
それでもきっと、アイツは何があっても最後に笑って見せるのだろう。

アイツは呪術師としての実力はあまり無い。
けれど、俺に無い物を持っている。
美学を持って、生きている。

だからきっと大丈夫、全く何の根拠も無いが今回も大丈夫だろう。


そう思い、五条は静かに己と向き合った。

再び立ち上がるために、同じ顔で笑ってやるために。
妹が焦がれた、決して落ちぬ一等星であるために。
彼は眠れる己の可能性を掴み取ったのだった。




………




同時刻、本殿入口に続く廊下にて。


襲撃者を待ち構え、自らは最深部へと続く廊下の入口に残った黒井の元に緊張感を損なわせる電子音が突如として鳴り響いた。

prrrrrr……prrrrrrr………

ポケットから鳴り響く着信音に彼女は耳を疑ったが、相手をしている場合ではないと一度は無視をした。
しかし、二度、三度、四度……何回無視をしても着信音は止まらない。
それどころか、まるで黒井の精神を追い詰めるように無機質に鳴り続ける。

こんな時だが、もう無視はしていられなかった。
誰だか知らないが文句を言ってやろうと携帯の受話器マークを押し、耳に当てる。

「あの、申し訳ありませんが、」
「今すぐ耳から携帯を離しなさい」
「は?何を、」
「死にたくなければ、言われた通りに」

電話の向こうから、淡々と、業務指示をするかのような女性の声がした。

名前も顔も分からない、けれど関係者であることだけはすぐに察知した黒井は言われた通り耳から携帯を離した。

次の瞬間、


「伏黒甚爾、止まりなさい!!!」


殺気と、刃物の切っ先が黒井の首元をスルリと掠めた。

離した携帯から聞こえてきた大音量の言葉によって、黒井を刺し殺すはずだった刃はすんでの所で起動を反らし、彼女の命を奪うことなく静かに引かれる。

しかし、依然として揺るがぬ殺気と彼女は対峙していた。
自身の背後にある研ぎ澄まされた死が、肩と膝を震わせる。

そんな彼女を他所に、自分の行動を電話の向こうから止めてみせた女の声に甚爾は渋々相手をしてやることにした。
黒井が持つ携帯を奪い取り、彼は耳元にソレを押し当てる。

「お前、どこから見てる?」
『上よ』
「そうか、で?また他人のための命乞いか?ご苦労なこって」
『いいえ、違います』

聞き慣れた女の声が、命乞いの選択肢を否定する。

甚爾と出会った頃、中学生だった時の少女は震えた声で緊張しながらも命乞いをした。
またその類いだと思い、芸のない奴だと内心馬鹿にしていた。
けれど、少女は緊張の欠片も見せない堂々とした声で言い切る。

それはもうハッキリと、いや…イキイキと。
この時を待っていましたと言わんばかりにウキウキと。
何ならちょっと楽しそうに。

パーティー開始を宣言するかのように、意気揚々と言ってみせた。


『人質を持って来たわ、伏黒甚爾!!』


試合開始の合図が告げられる。

美しき脅迫劇の幕があがった。


人間は誰もが可能性を秘めている。
人種も性別も年齢も関係なく、まだ見ぬ己の存在が備わっているのだ。

呪術師の家柄に生まれたにも関わらず、呪力の無かった甚爾。
妻に先立たれ、あとはもう惰性で息をするしか無い存在。
少なくとも彼自身は自分をそういう、もうどうにもならない、あとは地獄に堕ちるのを待つしか無いつまらない人間だと思いこんでいた。

けれど彼が相対するは、呪術界最高の美学の持ち主。
最強ではなく最高、しかも自称。
けれどそんな少女は口癖のようにこう語る。
「この世に真に醜い生命など存在しない」と。


この世に真に醜い生命など在りはしない。
美醜に善悪は無く、しかして人それぞれだ。
誰かが美しいと思ったものは、誰かにとって醜く見えているかもしれない。
けれど、私にとっては醜さもまた一つの美しさだ。可能性という名の美だ。
ならば私が讃えずして誰が讃えるというのか。

さあ、顔を上げて。
私が貴方の美しい所を暴いて差し上げましょう。


かくして伏黒甚爾は、勝敗の決まった戦いの舞台に立つこととなった。

試合の結果など語るまでもなく彼の負けである。
何故ならば、可能性の中に眠る美を見出されてしまったからだ。

可能性の中にあった、ほんの小さな救いを手にしてしまったからだ。

美しきは正義であり、正義は勝つ。
少なくとも今回は、伏黒甚爾の中に眠る美しさを見出した少女の勝利となるのだった。

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