こちら、深海生活向上大臣 | ナノ


1-7  






晴れ渡る青空、深く雄大な海。

私達は現在、沖縄に居た。


詳しい詳細は省かせて貰うが、掻い摘んで説明すると、護衛対象の身が危険になったので潜伏目的でやって来たのだ。
そこまでは、まあ良い。問題は他にある。

何故、私がこの任務に同行しているかだ。

今回の護衛任務、護衛対象は天元様の器であるらしい中学生の少女…天内理子ちゃんである。
彼女は、天元様との同化のために選ばれた唯一無二の大切なお人であるらしく、そのため高専から派遣されたのは特級の二人、悟くんと夏油先輩であった。

そう、私は派遣メンバーに選ばれてはいない。

だが、悟くん曰く「無理矢理連れてきちゃった」とのことで、私はズタ袋に入れられ、暫く放置された後、飛行機に乗せられ沖縄まで来てしまった。
もうこの時点で頭の良い菌類代表な私は察したのだが、多分これ…高専側はちゃんと知らされていないんじゃないだろうか…。
さっきも、「やべー…夜蛾センすげぇ怒ってたわ」と悟くんが夏油先輩に言っているのを聞いた。

いや、やべぇじゃないですよ。
これ、帰ったら私どうなるの?殺処分?本当に勘弁して欲しい。出来ればまだ死にたくないよ…もっと人間と触れ合いたかった…。何だかんだ言ってお前達のこと好きなんだよ、凄く…。

海に入って行った護衛対象の少女と悟くんを見送り、私はその場にしゃがみ込んで意味もなく砂をいじった。
掬えば指の隙間からサラサラと流れ落ちていく白い砂は、どこか雪のようにも見える。
沖縄の砂はとても白い。この白は、石灰質の白だ。
サンゴが砕けて陸に上がったものや、ブダイの排出物なんかの集まりだろう。つまりは、私とは親戚のような者達の死骸の上に立たされているわけである。
大変微妙な気持ちだ、ぶっちゃけお通夜みたいな気分である。アーメン。なむなむ。

海と空の間を、塩の香りがゆるやかに流れていく。
海を眺めていると、沖縄の海特有の貧栄養でプランクトンが少ないことから透明度が上がった、透き通る青さが鼻の奥をツンとさせた。

「海は嫌い?」
「うぉ…でっか…」

海を眺めてセンチメンタルに浸っていたら、突然隣にデッカイ胸筋がボインボイン鳴りながら座ってきた。
……訂正、いきなり隣に夏油先輩が心配そうな顔をして座ってきた。
いや、それにしても……でっか…海と巨乳の組み合わせ……グラビアの撮影か何かですか?何月号のマガジンに載る予定なんですか?買いますよ、親戚に配る分も。

「悟から聞いたよ、君は海から来たんだってね」
「あー…そうですね、発生源は陸なんですが、育ったのは海です」
「どう?陸は」

そう言って、前髪をサラリと耳に掛ける夏油先輩は、海で出会った少年を一夏の恋に落とし、一生忘れられない夏を記憶に植え付けてくるタイプの罪作りでエッチなお姉さんみたいだった。
塩の香りとかもう分からん、エッチなフェロモンの危ない恋の香りしかしない。
私が祖母の家に遊びに来た少年だったなら、今この瞬間恋に落ちて夜は悶々として眠れなくなったりしていただろう。良かった、鈍い深海生物で。危うく精通する所だった。

「陸は…難しいです」

ムニィッと筋肉の寄った胸筋から何とか視線を反らし、私は外面を保って神妙な顔でそう答えた。

「分からないことがあったら、私が教えてあげるよ」

ゆるりと微笑んで言った夏油さんが、こちらへ身を寄せてくる。
耳元に寄せられた唇から吐き出された、少し湿った吐息が鼓膜を震わせた。

「悟より優しく教えてあげるから」
「ヒッ………」
「勿論、そういうこともね」
「ヒェッ………」

固まる身体、熱くなった首筋、クラクラする視界。

私は居ても立っても居られなくなって、勢い良く立ち上がると海に向かって「助けて、青少年保護条例ぃーー!!!」と叫びながら全力で走って行った。

ザブザブと眩い青を掻き分け、深い所まで逃げるように突っ走る。
幾らか行った所で、頭を冷やすためにドボン!と音を立てて頭まで海の中へと沈んだ。


グチョリ。

水着の合間を縫って、ヌルリヌルリと蠢く無数の触手達が顔を出す。


スジコのようにブツブツとした突起物がビッシリと表面を覆う一本が、側を漂っていた海藻を掴み、無意味に戯れ出した。

仰向けの体勢でコポコポと息を漏らしながら水底に沈み、海面越しに太陽を見ていれば、幾らか頭と身体が冷えてくる。

ああ、今のはまずかった。
危うくまた触手でヌチョヌチョパニックになるところだった。
今回は中学生の女の子も居るんだから、絶対に堪えなければ…。


鼻や口から溢れだした空気が泡となって、天へと昇るように水面へと向かっていく。
それをぼんやりと眺めていれば、先程の質問が頭の中に繰り返された。

陸は、難しいところだ。
深海を揺蕩っていた頃は、海の青ささえ知らずにいた。
太陽の暑さも、髪を遊ぶ風も、花々の力強さも。
感動という感情、生命の神秘、蓄えてきた知識と繰り返されてきた争い。
この星の真の美しさを何も知ることなく、永遠に孤独であっただろう。

陸は、難しいところだ。
しかし、この水面に写る光を煩わしいとは思わない。
それが答えだった。

触手をどうにか仕舞い、身体を浮き上がらせる。
海面に浮上し、プハッと飛沫をあげながら息をすれば、すぐ横から「うわっ!」と声がした。

「お前…また傑に誂われたんだって?」
「悟くん」
「童貞キノコ」
「…精莢刺してあげましょうか?」

精莢とは、イカなどの生物が持つ精子カプセルのことである。
私は海生軟体動物ではないが、勉強熱心な菌類なので、人間の姿を真似れるし頑張ればイカみたいな触腕だって生やせる…気がする。
ということは、精莢だって生み出せるかもしれない可能性があるわけで…。

悟くんに精莢を刺して番にしちまうぞ、いいのか?ん?などと脅してみるも、彼はヘラヘラ笑いながら私の腕を引っ張って、スイスイと海水を掻き分けながら陸地を目指すばかりだった。

「お前と子供作って何が産まれてくんだよ」
「内臓まで全て真似れば、大体人間と似たようなものは産み出せるはずですけど…」
「ふーん」

太陽の光が海面に反射し、スパンコールのようにキラキラと輝くのを眺めながらそんな話をする。

「…俺は、試してみてもいいけど」
「え?精莢刺すのを?本当に?」
「そっちじゃねぇよバカ!アホ!ちんちくりん菌類!」

バシャッ!

手を離されたかと思えば、いきなり顔に向かって海水を浴びせられた。
かと思えば、彼は不機嫌そうに顔を背けて一人砂浜へとズンズン向かっていく。

ぽつねんと取り残された私は苦笑いを浮かべた。

なんだ、今の。
素直じゃないヒロインが少し素直に好意を口にしたら、鈍感な主人公に好意をわかって貰えずプンプンしちゃうシーンそのまんまだったんだが…。

え?もしかして悟くん……陸のトップヒロインだったりする?


ちなみに、私的深海のトップヒロインはオトヒメハナガサちゃんです。
悟くんがオトヒメハナガサちゃんに勝ったら、この星のヒロイン代表は彼ということになります。

なんだかとんでもない話になってきたぞ…。
いや、それよりそれより、悟くん…君………

「深海に攫いたくなってきちゃった…」

嫁を連れて実家に帰りたい気分って、こんな感じなのかもしれない。なんてね



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