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"そういう星の元に産まれたのだ"

私は自分の人生をそう思うことにした。

思い通りに行かないこと、儘ならないこと、辛いこと、沢山沢山味わって出た結論であった。
所謂、「諦め」というやつだ。


親が呪詛師だった。

私はこの話を人にする時、もしくは人から振られた時、笑って「いやぁ、親ガチャドブりましたね!アハハッ!」と軽い調子で流していたが、その実内心では言葉にならない怒りを抱えていた。

お前のせいだ。
お前達のせいだ、何もかも。
お前達がゴミでカスでどうしようもない、だらしない、下らない、過ちしか犯さない人間だから、子である私が苦労するのだ。

お前のせいだ、お前達のせいだ、何もかも、お前達が悪いのだ。

私が学校へ通えないのも、友達がネット世界にしか居ないことも、そのネット世界とも関わりを絶たなければならなくなったことも。
ボーイフレンドなんて知らない、テラス席でお茶を飲みながらケーキを食べる楽しみなんて知らない、私、なんにも知らない。

唇を噛み締めそうになるのを堪えて、行儀よく笑って、「私はちょっとハズレくじ引いただけ!でも別に全然気にしてないし!」って顔をして。

少なくとも、そうしていれば、20歳までは安全に生きられる。
20歳までは、大切にされる。平和な人生であれる。


与えられた家の中は何より安全だ、父の呪いが掛けられているから。
空間を歪ませ、愛によって不変を与える父の術式により、家の中でのみ生きることを許されたのが数年前。
それは何故か。

理由は簡単、私は贄であるからだ。

父と母は、呪詛師としての罪から逃れるために、娘である私を呪術師へ差し出した。

健康な女。
従順で、受動的。
見た目も悪くない、性格も扱い安い。
怒りを飲み込めて、理不尽を口にすることも無い。
親という弱味がり、未成年であり、戦う力もろくに持たない。

実に理想的な胎だった。


悲しいことでは無いのだ、と言い聞かせる。
だってほら、学校行かなくていいし、面倒臭い対人関係に悩まなくていいし、毎日好きなだけゲームして、他人の金で何不自由無く暮らせて。
人目のつく時間帯じゃなければ、少しなら散歩も許されてるし。
恋とか、愛とかは……きっと一生分からないけれど、必要な子供が産めたら…役目が務め終われば、解放されるかもしれないし。
それからでも、人生遅くないっていうか?むしろ、色々経験して何かそれっぽいエッセイでも書いてみたりしてもいいかな〜って。

自分を慰める言葉は幾らでも思い付いた。
なるべく気持ちが揺れ動かないようにと麻痺させて、変わらぬ日々に安堵する。
今日も昨日と同じ、明日も同じ、明後日も明々後日もずうーっと同じ。

大丈夫。
全然大丈夫。
全然余裕、平気。

痛くも痒くも無い。
苦しくも悲しくも無い。
怖くも無ければ、気持ち悪くも無い。

ほら、大丈夫。
今日も大丈夫だった、だから明日もきっと大丈夫。


そうずっと思っていた、思っていたのに……







黒いケープ付きのコートを着て、アストラハン帽子を被り、少しの荷物を持って夜の道を歩いた。

許された外出範囲はとうに過ぎ、ひたすらに手を引かれるままに何処かへと歩いて行く。

不安はある、心配だらけだ、それでも心が踊っている。
今まで感じなかった苦しみや悲しみや後悔を抱きながら、しかし迷うこと無く彼の後を歩く。

「七海さん、私の……お母さんとお父さんはどうなるのでしょうか」
「知りません、別にどうだっていいでしょう」
「……そうなのかしら」
「貴女の人生は貴女の物なのだから、気にしなくていい」

きっぱりと言い切る彼はこちらを振り返らない。
彼の後頭部を見上げながら、夜の逃避行を続ける。
きっと私が逃げ出したことはすぐにバレるだろう、誰かが追い掛けて来るかもしれないし、親は処刑されるかもしれない。
もしかしたら うんと大変な目に合うかもしれないし、泣いてしまう程悲しい思いをするかもしれない。

でも、それでも私はこの人を信じることしか出来ないのだ。
私を自由にしてくれると言った、私が拾った怖い大人を信じて付いて行く他に選択肢はもう無い。


約束された怯える必要の無い未来を蹴って、行き先の分からない旅に出る。
向かう先が地獄だろうと、私はこの手を離しはしない。

離したくないと、思ってしまったのだ。
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