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「あー…やっぱりね、協力者が居たか」

五条悟はソファにだらしなく座りながら、七海からの報告を聞き終えるとそう呟いた。

「ほーっんと、昔っから運がいいんだか悪いんだか」

これだからマジもんの祝福を授かってる奴は厄介なんだよね。

報告書をつまらなそうにペラペラと捲り、テーブルへ投げるように滑らせた五条は前方から突き刺さる疑問の視線に答えてやった。

「ヴィヌ、あれが結構厄介でさ…見たでしょ?ライオンの形してんの」
「ええ、はい」
「あの呪いはね………」

少し長くなるけど聞いてくれる?あの子と僕の話を。

五条は脚を組み換え、砂糖を山ほど入れた甘ったるい珈琲を飲みながら、ゆっくりと話始めた。



___




それは言わば、膿から出た奇跡であった。



御三家が一つ、五条に連なる血を持つ子供。
研ぎ澄まされ、熟成された呪いを抱える子。

それの母親と父親は両者共に、呪いを武器に人を殺す側の人間だった。

五条悟がそれに出会ったのは全くの偶然である。
任務で出向いた先、捕獲した呪詛師が自分に流れる血と近かった。
調べれば、既にこの夫婦は子供を授かっており、その子供は自我の形成期間を終えた年齢であった。

夫婦は言う、娘を差し出すから命だけは助けてくれと。
母親は語る、我が子は少女の形をした極致であると。
父親は語る、あの子は記憶力以外の全てが備わっていると。

これはただの興味だ。
五条は自分に言い聞かせ、その少女と対峙した。

そして、一目見て、全てを理解した。


これを、世に出してはならないと。


仕舞わなければならない、隠さなければならない。
何故ならば、その少女はあまりにも万能に近かったからだ。

時に地球上には特別な人間が産まれる。
五条悟が良い例だ、他の追随を許さぬ絶対的強さを持った最強の呪術師。
並の人間では並び立つことは愚か、同じ世界を見ることも叶わない彼は、正に天上天下唯我独尊…即ち、この世に彼より尊き人は居ないと語るに相応しき人物であった。

だがしかし、目の前に居る少女は何だ。
一体どう表現したら正しいのだろうか。

弱い、自分よりも圧倒的に弱く、未熟だ。そして、親にすら大して尊ばれては居ない。
儚い、自分が殺さずとも、放っておけば呪霊にでも殺されそうな程に。

でも、愛されていた。
親では無く、彼女の内に眠る獅子の形をした呪いと呼ぶにはあまりに神秘に近すぎる存在に。
それを通じて星にすら加護を賜っている。
双児宮の輝きが魂と縁を結び、海と風が彼女の身に恩恵を与える。

天上天下唯我独尊には程遠く及ばぬが、しかし、彼女は正に「回天之力」 即ち、天下の情勢を一変させられるであろう力を秘めていた。

困難な状況に立ち向かい、これを克服するのでは無く、一変に覆す力。
そういう、奇跡とは別の、人を惹き付ける魅力が備わっている。

事実、彼女は困難な状況、難解な問題を抱える人間を惹き付けて止まなかった。

人が風や空を愛するように、彼女を愛す。

五条家由来の神々しいとも言える美しい顔立ちをしていたが、それなのに話してみれば案外気さくで視野が広い性格なことも相まって、出会う人々の大半は彼女の生い立ちや状況を哀れみ、同時にどうにか縁を結べないかと画策した。

だが少女の所有権は五条家にあった。
五条悟は一人、いつになっても自分のことをまともに覚えてくれない少女の元に通う。
彼女の暮らす家は、父親から彼女に向けられた愛と、男の求める願望によって成り立つ不変の城だ。
そこで暮らす少女は毎日毎日変わること無く、ただひたすらに暇を潰して生きている。

「やあ、今日は何してたの?」
「ゲームやってました、これ!」

テテーン!と効果音つきで見せられたパッケージには「ぽかぽかアイルー村」と書かれていた。

「面白いの?」
「ええ、いいですよ…アイルーライフ……私のお友達になってくれるアイルーちゃんが沢山…うふふ……」
「へー、暇なのね」

暇過ぎて大分頭がホヤホヤしてきている少女に話さなければならないことがある五条は、しかしホヤホヤ状態が面白かったので暫く無駄な会話を重ねてから本題へと入った。

彼女の処遇についてである。

多方面からの圧力や何度も繰り返された話し合いの結果、彼女には結婚適齢期まではこの生活を続けて貰い、結婚適齢期が来たら………

「子供を産めばいいと」
「うん、ごめんね」
「いや、貴方は悪くないですし、謝んなくて大丈夫です」

ゲーム画面に集中しながら流し聞くようにわりと重大な会話をする少女に、五条は何と声を掛けるべきか迷った。

「まあ、二十歳過ぎてからの話だから、何なら僕が娶ってもいいわけだしさ」
「ちょっと今イベントシーンなので待って貰えますか?」
「あ、うん」

いやどう考えても優先順位可笑しいでしょ。
呪術師ってのはイカれてる連中ばかりだ、この子は相当イカれてる…術師として鍛えればきっと強くなっただろう。
あり得たかもしれない未来が脳裏に過り、そんな未来は無いと夢想を振り払う。

彼女は贄だ。
あの膿のような夫婦が自分達が生き残るためにと差し出した生け贄。
差し出された五条に所有権があり、五条はこの少女を「いずれ妻にするかもしれない人間」として管理下に置くことを決めた。
さらに言えば、外に出せば影響力が如何程か未知数であるため、それを踏まえて閉じ込めておく他に無かった。

五条は毎回会う度に、「不自由は無いか」と訪ねる。
少女はそれに、「問題無い」と答える。


結局数年が経過しても、五条は彼女の記憶に留まることは一瞬足りとも無かった。
名前すら覚えられること無く、しかしたまにふと日記を読み返して五条の存在を認識する程度の縁しか結ぶことは叶わなかった。

五条はそれでいいと思っていた。
それで構わない、何故ならそれが彼女の在り方だから。

だから文句は無い、不満は無い。
そんな物言えるわけが無い。

何故なら自分は、彼女の望みを叶えてやれるのに、自由に出来るのに、してやらない男なのだから。

その程度の存在にあの子が振り向くわけが無いと、五条は知っていたのだった。
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