偽の警官IDが載った警察手帳を開き、警察の身分であることを主張してホテルの受付でターゲットの情報の聞き込みをする。

黒いスーツに灰色のネクタイ、銀縁のメガネ、シークレットブーツで身長を盛って、黒髪のウィッグを被り背筋をしゃんと伸ばす。

静かに受付に佇むホテルマンへ捜査への協力を至極真面目な態度で促せば、格好と手帳に騙されてくれた。あっさりとターゲットが先程出て行ったとされる部屋番号を聞き出し、鍵を受け取ると、ロビーで待つ灰原さんに声を掛けて預けておいたヴァイオリンケースを持たせたままエレベーターに乗り込んだ。
十七階を示すボタンを押し、静かに動き出したエレベーター内で私は口を開く。

「毎度のことだけれど、よく信じてくれるわよね」

私の容姿は成人女性の見た目とは程遠い。匂いや立ち振舞い、身長の底上げ、声の出し方やトーン等を意識して話せばそれなりに騙せるこの変装は、しかし、顔を注視すると幼さが目立ってバレてしまうのではと毎回心配になる。
こうなるくらいなら、灰原さんがやれば良いのにと思い言葉にするが、彼は「僕に出来るかな」と自信の無さを口にするだけであった。

「灰原さんなら案外上手くやれそうだと思うけれど」
「本当?」
「こういうのはね、とにかく堂々としていれば良いのよ」

エレベーターが指定の階に到着したことを知らせるベルが鳴る。私は静かに先導しながら目的の部屋まで歩いて行く。
カードキーで部屋のロックを解除して入室すれば、使用形跡のある部屋の姿が広がっていた。
拳銃を片手に警戒しながらベッドルームの他、風呂場やトイレなども見て回り、人が居ないことを確認してから引き出しやクローゼットを漁る。
見付けたトランクケースを灰原さんに手渡し、私は金庫をチェックする。

「鍵は開かなければ壊してしまっていいですよ」
「大丈夫、君に言われて練習したんだ!」
「それは何より」

金庫が空であることを確認し、私は次いで鉛筆を手に取り、一枚破り捨てられた形跡のあるメモパッドの一番上の紙をサラサラと薄く黒く塗りつぶす。
こうすることで、上の紙に書いた文字の筆跡が分かる場合があるのだ。

「開いたよ、でも…うーん、下着とかしか入ってないね」

こっちはハズレだと後ろから声を投げてくる灰原さんを呼んで、メモに浮かび上がった文字を見せる。

「何かしらね、数字だわ…」
「とりあえず検索してみようか」
「そうしましょう」

スマホを取り出し検索を開始する。住所の番地…他には日時とか、何にせよ日が暮れる前に仕事を終わらせてしまいたい。

吉野順平の監視役となったからと言って、私へ回される殺しの仕事が急に無くなる何てことは無い。
世の中は変わりなく物騒だ。今回もそう、ターゲットは「政治的に有効な対象」を選んで呪いを仕向けている。私は世のため人のため……とは微塵も思わないが、呪術界にとって必要な殺しであると判断されたのならば請け負わないわけにはいかない。
正義感なんてものは元より持ち合わせちゃいないが、我が雇い主は相も変わらずせっせと社会の膿を取り除くことにご執心だ。最近では、最早趣味なんじゃないかとも若干だが思っている。

「これかな?」
「見せて」

どうやら灰原さんの方が先に目ぼしい物を見付けたらしい、彼が差し出してくれたスマホ画面にはこのホテルの近辺の地図が表示されている。

「これは?」
「ビルだね、貸事務所」
「………一旦出ましょうか」

作戦を立てるために部屋を出る。そのままフロントへ鍵を返し、ホテルを後にした我々は車へ戻り、移動しながら情報収集を開始した。
適当な場所に車を停め、どんな企業や個人がビルを使用しているかについては灰原さんに任せて、私はネットにアップされた外観写真や衛星写真などを見てスケッチブックに建物の構造や間取りを簡単に図面に起こしていく。
灰原さんから説明される会社情報を聞きながら脳内でパズルを組み立てるように情報をまとめていけば、怪しいと思われるフロアの情報に行きつき、今度はそのフロアを見ることが出来る建物を一応探し始める。

「射撃にする?」
「どうしようかしらね、直接出向いても構わないのだけれど」

夜ならば射撃一択だったのだが、如何せんまだ日は沈んでおらず、人通りもある。
出来る限り静かに終わらせたい。ならば、直接行ってさっさと殺るのがベストかもしれない。

「もしくは誘い出すとか?」
「面倒臭い、パス」
「でも相手は呪詛師だよ?相対すれば戦闘になるかも」
「大丈夫、ヘマはしない」

隠しもせずに心配そうな瞳をこちらへ向けてくる灰原さんの方は見ずに、私は足元に置いておいたヴァイオリンケースを手に取り蓋を開け中身を確認する。
短機関銃、H&K MP7が問題なく収まっていることを確認し、蓋を閉めながら冷たい表情のままに口を開いた。

「戦場で死ぬことは戦士の本懐よ」
「………」
「でも死ぬのは今日では無い、ちゃんと帰って来るわ」

私が死ぬ時は吉野くんの隣で、だ。吉野くんがいない任務で死ぬことは出来ない。
吉野くんの許し無くして死ねるものか。

車の扉を開き「行ってきます」の挨拶をすれば、「行ってらっしゃい、待ってるよ!」とやや弾んだ声が背中に投げ掛けられる。私はその声に答えるように、一度右手をヒラリと振った。



………



雑踏に紛れるようにしながら歩き、目当てのビルへと辿り着く。
裏手に回り、非常用階段を登って三階を目指した。
外から見た限りでは中は暗く、窓際に立つ人間も居なかった。中で行われていることは大方予想が付く。有線データでは盗聴の恐れがあり取引不可能な情報を直にやり取りしているか、もしくは金の手渡しか、どちらかと言えば前者の可能性の方が高いだろう。何せ、まだ事は起こってはいないのだ、我々が先回りをしている現状、こちらが慌てる必要も無いような状況である。

裏口の扉の鍵を解錠し、拳銃を構えながら侵入すれば、一番最初に嗅覚が反応した。

…血だ、血の匂いがする。

耳を澄まし、意識を研ぎ澄まして注意深く足を進める。
一歩一歩、決して音を立てないように。
唾液を飲み込む音すら消して、目的の場所へと辿り着けば、そこには二つの死体が転がっていた。

転がる死体を無感動に見下ろしながら、私は自分の背後に向かって声を投げ掛ける。

「わざわざ先回りしてこんなことまでするなんて、そんなに私に会いたかったの?」
「まあね、久しぶり」

後ろを振り返れば、ニタニタと悪意を感じる笑みを浮かべた、人の形をした呪霊がこちらを見つめて立っていた。
拳銃を突きつけながら、私は呆れたような声を出す。

「用事は?とくに無いなら帰りたいのだけれど」
「釣れないなー……あのさ、君に聞きたいことがあったんだ、少しいい?」

私は無言で相手の出方を伺う。
距離を保ったまま、呪霊は首を傾げてくだらない問題を問い掛ける。

「せっかく自由になったって言うのに、なんでまだ殺し屋続けてんの?」

自由。私の状態を自由と表現するのか、この呪霊は。
確か吉野くんの供述によると、この呪霊は魂を視界情報として認識し、揺らぎなどの状態を知ることが出来るんだったか。
以前相対した時に何を見て、どう理解したかは知らないが、洗脳漬けにされていたことを知っている口振りだ。
そして、私の素性も割れている。面倒だ。
正直、コイツと会話してやる義理なんざ全く無いが、穏便に済ましたい気はある。
全く予定に無かった会敵は、あまり喜ばしくは無い。
装備品も足りなければ環境も悪い、こんな所で帳も下ろしていないのにドンパチなんてしたくない。

だから私は対話を選んだ。やや言葉を考えてから口を開く。きっと声の温度は尋常じゃ無いくらいに冷たいだろう。

「人間ってのはね、血を流さないことには物事を解決出来ないのよ」
「へぇ、で?」
「私もそう。暴力を振るわないと何も解決することが出来ない」

結局は、何だかんだと言っても自分のために殺しを続けているのだ。
金のため、居場所を失わないため、私という武器の切れ味が鈍くならないため、そんな所だ。
呪霊は私の言葉が分かったんだかわからないんだか微妙な態度で、「ふーん、そうなんだ」と何ともはっきりしない声を出す。
だが元より理解し合おうとは思っていない。だから相手の反応を無視して、早々に次の言葉を口にした。

「私もね、貴方に言いたいことがあったの」
「え、何々?」

私からの能動的な発言は予想していなかったのだろう、退屈そうな表情から一変、やや楽しげな、ワクワクとした表情へ変化させた呪霊を見つめ、一瞬だけチラリと視線をドアの反対側へと向ければ、釣られるようにそちらを一瞬見た。

その隙を付き、私は初動の気配すら感じさせずに、音も無く一瞬で呪霊の横をすり抜けて扉へと向かった。

すれ違う一瞬、潜めた声で早口にこう呟く。


「最早一発の銃弾で死ねると思うな」


そのまま風だけを置き去りにして、その場を後にする。
気配を消し、呼吸を秘め、足音を消してビルから雑踏がひしめく場まで駆け、拳銃を服の下へと隠し、周囲に溶け込むように今までの状況など知らぬ振りをして、何食わぬ顔で灰原さんの待つ車まで足を進めた。
ここに歩く誰もが私の正体なんぞ知らないだろう。
誰も死体がすぐ側に転がっているだなんて知らずに今日を生きていく。

呪いと人間、私は二つの存在を善悪関係無く、雇い主から命じられるまま殺すために毎日変わらず銃を握る。



私の名前は菊池砂子、禪院家子飼いの掃除屋だ。
私の仕事は、指示されたターゲットを命じられたままに、静かに、完璧に、仕留めること。

慎重に冷静に。
迷わず躊躇わず。
そして、激しく冷徹に。

これが、殺しのための絶対条件だ。



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