高専保健医の家入さんの元に消えない呪霊が運び込まれ、現在解剖中らしい。

その知らせを伊地知さんという補助監督の方から受け、七海さん虎杖悠仁と合流することとなった。
エンジンをかけ、ハンドルを握りアクセルを踏む。
ハンズフリーでスマホを繋げたままに状況の説明を受けていれば、七海さんへと電話が変わった。
「お疲れ様です」と短い挨拶を終え、早々に本題へと切り替わる。

「対象は人型ではありませんでした」
「でも、元が人間だった可能性があると」
「はい、ですので砂子さんの術式の対象となるか」

人型では無い人間か、どうしたものか。
数秒考え込む、私の術式は対人間に特化したものだ。そのように自分で組み上げたもの。攻撃が有効な敵は、人間、人型…呪霊はボチボチだ。
理由としては、私が人間相手にアドバンテージを取れるように自分自身に書き込んでいるから。
私の術式は、書き換えと書き足し。無機物や有機物に命令を書き込み操ることをメインとした物。
この術式は本来ならば自己改造のためではなく、小動物や虫なんかを索敵として操作するための術式だ。マニュアルを書いてあげて、それを元に虫や小動物が動く。まあ、生憎と私はそれが上手く出来ないのだけれど…。

家入さんの解剖結果次第だろうな。内臓系、神経系、リンパ系、血管系、脳や脊髄などの中枢神経…この辺りがどんな状態となっているかが分からなければ、何とも言えない。
しかし、もし仮に脳や内臓が機能している状態であったとしたら…戦うことは可能だろう。

人間ならば殺せる、殺す。
対人間特化型呪術師、私に砕けぬ人間はいない。
どのような哀れで無残な存在と成り果てようと、同情の余地無く、私ならば仕留められる。

「解剖結果次第ですが、多分術式対象になります」
「…そうですか」
「何か不満そうですね」
「いえ、君に無茶をさせると灰原が煩いので」

ちょっとギクッとした。
た、確かに……ここ最近の灰原さんは私が無茶をしようとすると、何処かからすっ飛んで来て「駄目でしょ!」とプンスコしてくる。
でも、今回の仕事は正式な物だし…五条さんが「ま、社会勉強にもなるでしょ!」と気楽に言ってたものだから、きっと怒られない…はず。いや、怒りそうだなぁ……めんどくさいな…。

「七海さん、二人で仲良く叱られましょうね」
「嫌です、君だけ叱られて下さい」
「そんな寂しいこと仰らないで」
「伊地知くんと変わります、気を付けて来て下さい」

あ、電話変わっちゃった。
七海さん、絶対これは何だかんだと立ち振る舞って、私を叱る側に立つ気だ。この世に私の味方になってくれる大人は居ないのか?
私が頼れるのはお前達だけだよ、と武器を仕舞うヴァイオリンケースを横目に見た。

車内にはタイム・トゥ・セイ・グッバイが流れていた。

It's time to say goodbye
(今こそ別れの言葉を言うべき時)

聞き流していた曲のフレーズが嫌に耳に残り、縁起でも無いと曲をスキップした。
 







その名前を聞いた時、特別驚いたりはしなかった。
まあ、そうなるよな。
何ともアッサリとした、冷淡な感情。仕事をする時に余計な感情はいらない、質の良いヒットマンは感情で仕事をしないから。私はそういう風に育てられた、教育は絶対だ。
だから、電話口から「吉野順平」という名前が挙がった時にも、私は微塵も動揺をしなかった。

顔色一つ変えずに、澆薄な声で「私はどうすればいい?」と指示を仰ぐ。

虎杖悠仁が吉野順平の元へ行くことになり、私は七海さんを乗せて敵対者の居るであろうポイントへ向かうこととなった。


「すぐに着きますので」と電話を一旦切って、車を走らせる。
私の感情は平坦だ。淡々と、起伏の無い感情で考えを纏める。
吉野くんはいつから呪霊が見えていたのだろうか、事件に巻き込まれる前から見えていたのか、そんな素振りは感じなかったけれど。
呪霊の存在を、何となく感じる程度の人も時々居るが…果たしてどうだろうか。
事件に関わってしまったからには、最悪のパターンも考えられる。

吉野くんが殺したわけでは無さそうではあるが、何らかの事情は知っていておかしくない。
敵対しているであろう存在は、かなりのやり手だ。下手をしたら吉野くんが人質に取られる。
いや、人質ならばまだ良い方か……高専に搬送された死体のような状態になる事もあり得ない話では無い。

吉野くんのことは虎杖悠仁に任せる他無い。私は私でやるべきことをしなくては。


ただ、少しだけ安心したような、ガッカリしたような気持ちはある。
私は吉野くんと出会って、自分では色々変わったと思ったが、実際はそうでも無かったようだ。
相変わらず、揺らぎの無い精神状態で仕事に赴いている。
例えその仕事に好きになった人間が関わっていても、彼が死ぬパターンを予測出来たとしても、私は仕事を続けられる。
微塵も気が動転すること無く、心は静かなままだ。

知っていたとも、殺し屋なんてものはその程度のものだ。
じゃなきゃ、禪院の掃除屋は務まらない。
あの男性主体で成り立つ、女性を徹底して家を回すための物として扱っている家で、一族お抱えの部隊にも所属せずに単独で己の価値を証明し続け、武器として生きていくには、余計な感情なんて物は不要だ。
限界まで捨て去り、削ぎ落とし、自らを殺した果てに私は居場所を手に入れた。


やるべきことをやり遂げる、それが私の存在意義だ。
それ以外に生き方なんて知らないから、私は熱を捨てて戦場へと向かう。



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