九月、清涼の候。
まだ暑さが続く中、菊池砂子は一ヶ月近い静養を終えて仕事へと復帰する運びとなった。
身体を慣らす目的も兼ね、暫くは虎杖と任務を共に行う予定だ。

「一ヶ月振りの戦場か」

ガンメタルの如き光を通さない黒々とした熱の無い瞳が、蛍光灯に照らされた部屋の中で届いた荷物を見下ろす。
新たに仕事道具として至急された銃は、その大きさからバラバラに分解され届けられた。
カッターで封を切り、部品を全て出してブルーシートを敷いた床の上に丁寧に並べていく。

重量およそ11s、バイポット(二脚)にスコープ付き、復帰祝いのつもりか随分と大盤振る舞いなことだ。

砂子は無感情にフィールドストリッピングを開始する。通常分解状態で送られて来た品を組み立てるのは、彼女にとっては漢文の解読より容易い。
磨いて部品と部品を組み合わせる。
何も無い部屋の中心、床に胡座をかいて座り込み、ひたすらにカチャカチャと作業を続ければ銃は形になっていく。

「対物ライフルって…武装トラックとでも戦わせる気かしら」

全長128cm 総量11.36s
50口径 12.7×99mm
有効射程距離2000m トラックや多目的車を標的とした対物射撃銃、その名も『バレットM99』

床へ腹這いになるような体勢でスコープを覗きながら、トリガーに指を置かず構えてみる。
なるほど、確かに同型のM95よりも簡略化されている。
しかし、アメリカでも規制の対象となっていたはずの物をよく用意出来たものだ。
アメリカの民生愛好家達の間では、高級な大人の趣味のためのオモチャなんて言われる品ではあるが、こんな物がオモチャだなんて馬鹿げている。
当たれば即死、ヘッドショットを決めれば衝撃で頭が脳をぶちまけ、ミンチになって吹っ飛ぶであろう。
恐ろしい物を寄越してくれたもんだ、と構えを解いて首を軽く回す。
息を深く吐き出し、手を握ったり開いたりと繰り返した。


まだ大丈夫、まだ動く。
足と手さえ動けば何とでもなる。

遅かれ早かれではあったが、とうとう、八月の終わり頃に味覚が機能しなくなった。

紅茶にいくら砂糖を入れても甘さを感じない。五条さんが持ち寄ったケーキを虎杖悠仁と食べた時に気付いたことだった。
体が焼け付き始めた何よりの証拠であった。折角料理を頑張り始めたこのタイミングで味覚が働かなくなったため、今ではモチベーションも下がり、大豆で作られた固形栄養食とサプリメントが主な食事内容だ。
記憶の混濁も激しい。物忘れこそ無いが、一週間前にあったことを昨日のことのように思い出す。

あと何回、私は仕事が出来るだろうか。
彼女が相棒とするベレッタ92に語り掛ける。

「生まれ変わったら、ただの女の子になりたいものね」

少女の呟きは部屋の隅に溜まる埃の上に積もって消えた。
目を閉じて脳裏に一人の男の子を思い浮かべて鼻で笑う。

そんなものになれないことくらい、自分が一番分かっている。
後悔は無い、嘆きも悲しみも同様に。私が選んだ私の生き方だ。この"私"が終わったとき、次に目を覚ましたら苦しみの無い朝が来れば良いと思う。

また、誰かのために料理を作りたいと思える自分になってくれたら嬉しい。

もう二度と、彼のために料理をすることは無いだろうけれど。










一級呪術師である七海建人と虎杖悠仁が顔合わせを終えて任務に出ていったのを見送り、砂子は頭痛を耐えるように頭に手を添えた。

神奈川、川崎、キネシネマ。

舌打ちを堪える変わりに眉間にシワを寄せる。現場に向かった彼等の内容如何で私も動かなければならない。ならば、支度を整えなければ。
まあ、まず七海さんが居れば間違いは無いだろうけれど。しかし、七海さんと私では分野が違う。
七海さんは呪術師、全うに呪霊を払う呪術師だ。
たいして私は呪術師の肩書きだけ持っている職業兇手。即ちヒットマン、汚れ仕事のプロ。
私が出なければならない…それはつまり、対人型との戦闘、もしくは火薬類に関すること。爆弾処理の類い。
何も無いに越したことは無いが、場所が場所だけに腹の奥に鉛が落ちて来たような鈍く痛む感覚がする。
流石に今は仕事中だ、吉野くんという友人に個人的な連絡を取ることはいけない。不安は消えないが、私は私のやるべきことをしよう、気持ちを切り替えるのは得意なことだ。

ドイツ製のヴァイオリンケースを開き、中身をもう一度チェックする。
突撃銃(アサルトライフル)、予備のG36用magも用意してある。
スカートの下にはベレッタ92とナイフ三本、破片手榴弾、ブーツにはミニリボルバー、袖の下にはスリーブガンとして25口径DUOを仕込んである。
今日も今日とて戦争でもしに行くかのような完全装備だ。ここ最近じゃあまりフル装備することも無かったが、改めて身に纏うと鉄と鉛ってのは重いものだな。

連絡が来たらすぐに駆けつけられるよう、車へ行っていよう。
中古で回して貰ったトヨタ・マークUのX110系は室内が広くて便利だ。本当はアストンマーチンをもう一度手に入れたかったが、流石に金が掛かるのでやめた。


万が一呪霊との戦闘になってしまった時は腹を括る他に無い。
優先すべきは虎杖悠仁だ。彼は確かに特級呪物を体内に宿した排除されるべき人間なのかもしれない…でも、きっと彼は様々な人に生きていることを喜ばれる人間だ。
善行を積み重ねていけば、いつか周りの人達だって彼を認めてくれるかもしれない。私がそう思えるくらいには、彼は正しく生きられる優しい人であった。

私には無い物を沢山持っている、生きるべき人間。

悲しみは少ない方が良い、私が死ぬ方がきっと悲しむ人は少ない。
死ぬ気は無いけれど、ここに私が居るということはそういうこと。
もしもの時は彼を生かせる選択を。

限られた時間の中で、一番価値のある行いをしよう。

気を抜けば終わりそうな自分に発破をかけて息を吸い直す。
まだ、生きていたいから戦うんだ。


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