デート当日。
待ち合わせ場所に十分前に着いたが、彼女はまだ来て居なかった。
トークアプリを起動させて着いたことを知らせを入れておく。そうすれば、すぐに既読が付き『すぐ行く』との返しが来た。これは本当にすぐ来るんだろうな…と二分程待っていれば、シャッと突風が吹き目の前を何かが横切った。黒い女が視界の端で体制を低くしている。言うまでもなく、菊池である。

「吉野くん、おはよう」

髪を整えながら体制を立て直して挨拶する彼女に僕も挨拶を返したが…いや、今とんでも無いスピードじゃ無かった?全く気配に気付けなかったし、見えなかった。
やめよう、深く考えると疲れる気がする…。
今日はどうやら前回とは違い白い服はやめたらしく、いつも通りに全身黒で統一されている菊池に謎の安心感を覚える。

事前に説明を受けていた通りの電車に乗ることになった。切符を買ってホームにて待つことにしようと、適当な場所で止まれば何故か嫌そうな顔をした彼女は僕の手を引き、やや離れた場所まで歩き止まる。
何かあったかと尋ねれば、「虫の死骸」との返答。はて、虫の死骸なんてあっただろうか…?

「別に虫の死骸くらい…」
「あと、あの、あれ…犬のフンも……」
「嘘が下手過ぎる」

まあ、何かしら理由があったのは分かった。言いたく無いのか言えないのかは分からないが、あそこに僕が居たら困るのだろう。気にはなるが、追及はやめて待つ。
手が繋がったままなことも指摘しなかった。



………




事前に用意していたらしいチケットでスムーズな入館を果たした後、メインゲートから順繰りに見ていくこととした。
休日であるため、家族連れやカップルがそれなりに居てなんとなく気不味いような、恥ずかしいようなそんな心地になり、電車に乗ってから離した手を再度繋ぐことを躊躇う。
パンフレットを広げて見ている菊池がどのショーが見たいか聞いてくるため、「任せるよ」と言えば「分かった」と短い返事の後、腕時計を見て確認していた。どうやら逆算をしている様子だ、何だか…本当に僕はしてもらうばかりで、果たしてこのままで良いのだろうか、一応今日は、その…デートらしいし。

「シャチのショー、席を取るために早めに行きましょうね」

パンフレットを鞄に仕舞う菊池の手が空く。
もう一度手を繋ごうと伸ばし掛けて触れ掛けるも、あともう少しと言うところで「あ、亀」と言われて水槽に近付いて行ってしまった彼女の行動により失敗した。

色とりどりの小さな魚達が泳いでいる。
水槽の前に腰を折り眺め出した彼女は、ハッキリ言ってミスマッチだ。彼女だけに色が灯っていない。

「調べて来たのだけれど、綺麗な色の魚って、不味いらしいわよ」

調べて来たのは良いことだと思う。でも何故選んで調べたのがその情報なのか、食べることを前提として調べて来たのか。
それでも、何だか楽しそうに見て取れたので謎の解説をし出した菊池の話を大人しく聞く。

「こういう魚、サンゴをかじるんですって。で、消化物が臭いらしいわ」

何だそれ、本当か嘘かは分からないが…凄く微妙な気持ちになってしまったことは確かだ。


目の前の水槽では、それは綺麗な小さい海の宝石達が自由に泳ぎ回っていると言うのに、今の「不味くて臭い」と言う解説を聞いてから見ると名状し難い感情になってしまう。あまりいらない知識を身に付けてしまった。

「そういう人間って居るわよね、学校にも」
「…ああ、居るね」
「吉野くん、私が居なくなっても…見た目に騙されて変な女に捕まったりしないでね」
「それ、ツッコミ待ち?」

本人はどうやら真剣に言っているらしく、僕の返事に良く分かって無い表情をしている。
心配せずとも、君より変な女の子はあの学校には居ないし、君よりレベルの高い容姿の子もそう滅多には居ない。
こちらを見て不明瞭な顔をしていた菊池は急に「ああ」と声を出した。

「美醜の良し悪しは人それぞれだけれど、私は吉野くんのことを世界一可愛い自慢の姫だと思っているから…大丈夫よ、目移りしません」
「それはちょっと、喜んで良いのか分からないかな…」

さらに複雑な気持ちになってしまう。
というか、彼女はきっと本当に目移りなんてしないだろうし、ましてや興味を持つことも無い…と言うことは日頃の体験からして良く分かっていた。
そして同時に興味を持たれることも嫌がるのだろうと。


前に伊藤に声を掛けられていたことを思い出す。よくある話だ、菊池と二人で居たら仲間を連れて絡んで来た。
汚い笑みを引っ提げて行く手を阻み、「前から思ってたんだけどさ」と粘つく声で仲間と共に菊池に話掛けていた。

「砂子ちゃん、可愛いよね」
「胸もあるしな〜」
「なんでコイツとツルんでんの?ボッチ?寂しいなら俺らの仲間になっちゃう?」

その時僕は、ムカムカと胃の奥から黒い感情がせり上がって来て、どうにか一言 言ってやろうと言葉の整理もせずに口を開こうとしたが、それより先に彼女が低く、実に面倒そうな声で「ウザ……」と言ったのが先だった。
その反応にまんまと煽られた伊藤達は「ちょっとお話しようか」と彼女の腕を掴もうとして逆に腕を取り、手前に勢いよく引っ張った所でもう片手を使い、相手の喉目掛けて親指を押し込み気道を押し潰していた。
実に冷々とした温度を感じさせない真っ黒の瞳で彼女は言う。

「好きでも無い人間からの好意って気持ち悪いのね…はじめて知った、ありがとう。良い勉強になったわ」


そう言って、心底興味が無い様子でその日の放課後には相手のことを忘れていた彼女のことが頭に浮かんでしまった。
学校の大体の人間がそんな扱いを受けている、話掛けて来た女子も、勇気を出したのであろう男子も、問題行動を起こすため注意に来る教師にも、一貫して「興味ありません、関心持ちません、忘れます」を貫いている。最早様式美のようにも感じられる程に。

だからこそ、どうして僕だったのかと言う謎と、知ったら知ったで後悔しそうな問題が残される。

ルリスズメダイやキイロハギの説明文を読み、分かってるんだか分かっていないんだか、興味無さげに「へー…」と感想にもならない言葉を吐く彼女はきっと、この魚達も学校の人間もあまり違いは無いのだろう。
この水槽の中で、もし一匹でも彼女の目に止まる存在が居たとしたら、それが僕だ。

「次はクラゲの展示室の方に行きましょうか、これも調べて来たことなのだけれど…クラゲって栄養価は別に高く無いらしいのよ」
「食べることから離れない?」

この後行ったクラゲ展示室では、「これは刺胞動物だから食べられるクラゲ」「こっちは食べれないクラゲ」と一々説明してくれた。
もしかしたらだけど、彼女は結構浮かれているのかもしれない。


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