そのあと、無事にサラダとカレーを食べ終え、一緒に仲良く皿を洗った。ここでも「お客さんにやらせることじゃ無いから」「食休みしててよ」と気を聞かせた順平であったが、「私との共同作業が嫌だと言うの?」と謎の角度から断り辛い言い方をされ、言葉に詰まっているうちに皿をシンクへと運ばれてしまった。

それでも洗うのだけはどうにかと砂子に布巾を握らせ、順平はせっせとなるべく無心で皿を洗った。いざ食事が終わると次を考えてしまう、ゆっくり食べていたせいか時刻は結構良い時間だ、時間を考えるのならばもう帰らせるべき何だろうが葛藤してしまう。余計な展開まで浮かんでしまったため精神統一に皿をゴシゴシ擦った。滅せよ煩悩。

彼女はどう思っているのか、もう帰る気でいるのか、いや帰ると言ってくれ…そう言ってくれたらこの葛藤と余計な期待も終わり楽になれる。

洗った皿を手渡せば丁寧に布巾で水気を拭き取る砂子を横目に見て、ハッとした。今の状況、まるで新婚のよ……いや駄目だ考えるなよせ馬鹿見ろこの手慣れていない菊地の拭き方を、あのグチャグチャな布巾を見て少し落ち着け冷静になるんだ。

「やっぱり僕がやるから…」
「やだ」
「すぐそう言う」

食後のお茶でも淹れようか、とも思ったがイマイチそんな気にもならずに手持ち無沙汰で皿拭きを眺める。
元々二人分の食器だ、すぐに終わってしまう。
そうすれば本当に、今度こそやることが無くなった。

二人並んで沈黙する。
キッチンが途端に静かになった、自分の脈打つ鼓動の音が耳元でするのが分かる。
簡単に触れられる距離に二人はあった、しかし順平は緊張して行動を何も起こせずに様子を伺い続ける。

先に動いたのは砂子であった。
スルリと順平の指に自らの指を絡め、クイッと実に小さな力で自分の方へ引く。ピクリッと肩が跳ねた順平は音がしそうな速度で砂子を見やる、そうすれば砂子も自分を見ていた。
強い眼差しであった。先程までの淡い笑みを溢すような迷いのこもった視線では無い。何かを決意した戦士の瞳だ…まるで、これから戦場にでも向かうような闘志を感じる瞳をした砂子は目線が交わった順平の肩をいきなり掴んだ。

「え」

そのまま力強く自らに引き寄せ今度は腰を抱く。「え?えっ」と戸惑う順平を無視して絡めた指を離し、やや腰を折ったと思ったら順平の膝裏に手を伸ばしグッと抱き上げた。

「は?」
吉野順平 17歳男子、気になっている女の子にお姫様抱っこをされるの図。

そのプリンセス抱っこの何たる安定感か、落とされると言う不安が何処にも無い、体重を預けられる抱かれ具合はそれは素晴らしく全女の子の憧れとも言える心地であったが、そんな場合では無い、何してんだこの女。

慌ててそのまま歩き出そうとする砂子へ待ったをかけた。

「ま、待って何してるの?と言うか下ろして、何これ」
「吉野くん…」

砂子は弱々しく肩を押す程度の抵抗を示す順平を見下ろしながら名前を呼ぶ。
そして騎士が誓いを立てるように、真剣な顔をして言った。

「大丈夫、優しくするわ」
「何も大丈夫じゃないよ!?」

これは不味いと流石に理解した順平は先程よりも強い力で抵抗した、足をバタつかせ肩を押す。しかし全くもって相手の体幹は崩れない、崩れないどころかさらに安定させようと抱え直す。駄目だこの女、完全に暴走している。

「私はじめてなんだけど…」
「え!?」

そのいきなりのヴァージン告白に動きを止めてしまう。

「でも優しくする、気持ちよくするから」
「そうじゃない!」

と言うかまだ告白もしていないじゃないかと順平は焦る、こういうのはちゃんと順序を重ねていくものだ。告白して、3回目のデートで手を繋ぎ5回目でキスしてそれから、それから…なのにこのスタ●ーン馬鹿はいきなりおっ始めようとし出す、同じ気持ちだったと言うのなら嬉しいがこれは嬉しくない、全然嬉しくない…そうだス●ローン!
順平は苦し紛れに彼女が狂信的に敬愛する俳優の名を借りた。

「す、ス●ローン!心の中のスタ●ーンは何て言ってるんだよ!」

そうすれば砂子は目を見開いて動きを止めた。その隙に何とか肩を押して床に転がるように腕の中から脱出を果たす。
焦ってジタバタしたせいで無駄に消耗した体力を回復するため、床に座り込み息を整える。良かった、止まった…ありがとうスタロ●ン…。

だが数秒の沈黙を挟んだ後、砂子はゆるりと動き出す。
その瞳には覚悟の灯火が灯っていた、順平は気づく。あ、自分間違えたな…と。

熱の籠った強い眼差しで自らを見下ろす砂子を口の中をカラカラにしながら見上げた。


「やってやる。って言ってるわ」


そうして押し倒された。
簡単にアッサリ押し倒された、頭を打たないように後頭部に手を添えられる配慮までされた。
顔の横に両手が置かれる、投げ出された脚を挟むように砂子の膝が囲ってくる。もうどこにも逃げ場が無い、駄目だ終わった、自分はここでこのス●ローンに魂を売った女に食われるのだと若干泣きそうになり口を情けなく引き結ぶ。

こんなことならカレーを食わせてさっさと帰らせておけば良かった、いやそもそも欲に釣られて誘ったのが間違いだったのだと後悔する。
徐々に砂子の研ぎ澄まされた美しい顔が近付いてくる、桃色の小さな唇が至近距離に来て名前を呼んだ。



「吉野く、」
「ただいまー!………あら?」


吉野母、ご帰還。


この後めちゃくちゃ二人揃って質問攻めされた。


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