拝啓夏よ、 | ナノ

▽ 1-4



さて、話は夏休み前へと遡る。
私こと円城蚕は4月、ピッカピカの小学生デビューを果たした。
自分にはまだ大きい赤いランドセルをうんしょうんしょと背負い学校に通う日々、家から学校への往復は片道15分と自分には長めに感じる。いや実際はもっと長く歩いて来る子も居るけれど、それに私は歩くのが遅いのだ。そりゃもう亀かカタツムリか円城蚕かってくらいだ、トロい生物なのである。

学校における私の立ち位置は可愛がられる立場に収まっている。男の子には毎日のようにちょっかいを掛けられるか、ソワソワされるかである。女の子はそんな私を発見すると「ちょっと男子ー!!」「蚕ちゃんやめてって言ってるじゃん!(言ってない)」「泣かないで蚕ちゃん(泣いてない)」という感じに守ってくれている。
私はそれにスーパーキュートなスマイルで「ありがとう」と答える。するとたちまち人気者、女の子は私を可愛い可愛いと持て囃し、男の子は落ち着きなくする。
そうやろ、可愛かろう…なんたって顔が良いからな。
ベリベリキューティー蚕ちゃんは先生にも可愛がられている、先生にこんなにご飯食べれない…と、しょも……とした顔で言えば先生は自分の皿にわざわざ私の給食を半分以上取っていく。廊下で他のクラスの先生に出会えば頭を撫でられたりする。
まあ あれだ、私は顔にだけは本当に恵まれたと思う。

家では、母親と父親の仲が悪かった。悪かったというか、お互いに人間としてそれどうなのー?というような感性を持つ人達だったので、まあいつかはドカンッと爆発してエンディングー!となるだろうとは思っていた。
何せ、父も母も私をペットか何かだと思っている。
あの家で私が求められるのは、可愛さだけだ。適度に尻尾を振り、媚びて癒しを提供する。そうすると両親は犬猫にデレデレする人間の如く私を かわいいちゃんでちゅね〜うにゃにゃにゃにゃ〜〜 と可愛がる。もうこちとら6歳やぞ。
だから私が思うように動かなければ"躾"をするし、基本外に連れていかない。家の中でお世話されるのだ、私が自分で何かをやると母も父もガッカリするので私はいつの間にか何も出来ない子になっていた。
あまりに外に出ない私を見兼ねた近所でピアノ教室をしているおばさまが、母にピアノ教室を進めてくれたぐらいである。それだって、犬に一芸仕込むようやノリでやらされているわけであるのだが。

まあ人間性がゲボゲボな人間達なため、両親は最近どうやら私に飽きてきたらしい。
そんなことある?我、顔がこんなにも良いんだが??
とキレそうになったが、すぐに まあそういうとこあるよなこの人達、と諦めの境地に達した。
つまりは、今両親はどっちが私の世話を今後もするかどうかのお話合いの最中である。話は中々纏まらないらしく、とうとう父は荷物を持って家を出ていった どこへ行ったかは不明だが、母が「私だって行きたい家があるのに」とキレて泣いていたので つまりまあそういうことなのだろう。
アーハイハイやってろやってろと内心面倒くさく思いながら、夜は母が洗わなくなって久しいペシャンコの布団にもぞもぞ潜り眠りにつき、朝は飯も用意せず出ていく母の変わりに自分でシリアルをガサガサしてヨーグルトと一緒に混ぜて食べる。私めっちゃ良い子じゃない?我がことながら涙でちゃいそ。
そして学校に行き女の子による「「男子ってサイテー!」」の大合唱を聞き、放課後はピアノ教室へレッツゴー。

ドッミッファッソー ドッミッファッソー とアメリカ民謡の方の聖者の行進を弾く。私の手は小さいので左手がキツい。
先生が満足いくように弾けたのだろう、楽譜ページの隅っこに花丸を赤い色鉛筆でしてくれた。


私は思う。
私の世界には音楽と本、それから影さえあれば良いと。

この小さな限られた私が慈しむ世界さえ守れるのなら、他には何も求めはしない。
母も、父も、友人も。私にしか見えないそれらを見えなくていい、はてなに気づかなくていい。
一人で構わない、苦しくは無い 辛くは無い 悲しくも無い。
だって私は端から人間に期待なんぞしていないのだ、所詮はこの星の文明の頂点に立つ程度の獣。

私は知っている。

私の影こそが最も神に近い存在であると。
途方も無く大きく、深く、この世のどこにでも自由に手の届く私の影。
無限に広がることの出来る神の影。

なれば、ああ 人間なぞ何て小さいのだろうと。
一つの街を得るためだけに大量の命と火薬を犠牲にしなければならないのだ、馬鹿馬鹿しい。
この世の真実に気づかぬ愚か者共が。

神の影はこの星を超え、宇宙まで伸びるだろう。何せ射程距離無限らしいので、火星とかにも星の人とかいう似たような眼の奴が居るらしいから、地球なんて "はてな"にとってはポケットに仕舞えるくらいのものだろう。あいつにポケット無いと思うけどね。


ピアノ教室の帰り道、はてなが私の横をズルズル付いてくるデカイミミズのような化け物を平手打ちで伸している。う〜〜ん、マーベラス。マーベラスビンタ。
そのまま私の周りをクルクル ユラユラ飛びまわり ニコニコしながらハイタッチを所望するので片手をあげてやる。パチッと大分手加減されてるだろう力でハイタッチをすると満足したのかクルリと宙返りを軽やかに決めた後に影の中に入っていく。

私はこの子を特別信用などはしていないが、居てくれないと困るのである。

だって、世界のどこにでも手が届く だなんて便利過ぎるでしょう?



夏休み前、母が暫くおばあちゃんの家に行けと不機嫌そうにテレビを見ながら言うので 分かったと言えばそれっきり口を開かなかった。
母はここ最近機嫌が悪く、あれだけ「蚕ちゃ〜〜〜ちゃわわちゃんだねえ〜〜」とベタ可愛がりしていた私の世話を何もしない。
私は毎日はてなに手を貸してもらい何とか生きている。

そのまま当日まで私から一方的に義務として挨拶だけをする毎日を過ごし、当日目が覚めたら電車の切符がテーブルの上にあって流石にギョッとした。
アカーン!とパジャマのまま顔も洗わずにチケットをバッと手に取り見れば学校で習ってない文字ばかりであった。何これ??『指定席』ってなに。はてなが肩口からにょっきり生えてきて覗き込む。
時間?時間がない?あと…えええ、30分??30分とは…はてなが身振り手振りでシャカシャカ腕を振り回し指を曲げたり示したりして私に状況を理解させようと奮闘する。つまり、流石にちと不味いということなのでは。
頑張って急いで支度をし、昨日用意しておいた荷物を持って鍵を閉め家を後にするが、さあここで問題です。
円城蚕の行動はーー??

\ トロいーー! ////

うるせえ。
支度だって大分急いだが、他者から見たら悲しいかなモタ…モタ…という速度。はてながあれこれ世話を焼かなかったらさらにかかっていた。もうこの時点で新電車の発車まで残り15分を切っている。
あらやだ〜〜と歩き出したが、正直道順もあやふやだ。しかし、家に帰るという選択肢はない。母とこの夏一緒に居ることはきっと録なことにはならないであろうことはお察し済みである。
ああ、もう…と思いながら私は はてなを呼ぶ

「散歩しましょ、HEYブラザー 電車のとこまで連れてって」
すると、ヒャッホーイ!と勢い良く浮かび上がったはてなはそのまま私を抱きかかえ、影でまるっと身体全体をくるむと まるで落ちるようにポチャリッと私を影の中へ誘う。


果ての無い遠く遠くまで続く未知の世界への旅のスタートだ。
はてなの"からだ"から世界が溢れ、喜びの光は星の明かりに、悲しみは空の闇へと形を変える。
"neu"だ
新しい、世界がやってくる。

縦に横に斜めにとグイグイシュルシュル進む、風は無いのに髪は靡き、頬を切る凍てつく空気を感じた。
早い、早い、早い。
多分これ電車より速いのではなかろうか。

数分の新世界への旅路は無事終了。
はてなは私をそうっと優しく私があるべき地上へと戻す。
「ありがとうね、またあとで」
とキューティースマイル付きのお礼を言えば はてなはグッと親指をサムズアップしてシュルリと影に消えた。

さて、電車に乗り込む。改札で駅員さんに降りるホームを尋ねる、おばあちゃん家に行くんだと言えば 気を付けてねと優しい温かい言葉が返ってくる。電車内はあんまり人が居なかった。時間が時間だからだろうか、ここがド田舎だからだろうか。荷物をどうしようかと迷えば、大きいものはニュルンッと出てきたはてながかっ拐って行った、便利〜。

………
……いや、電車最高ーーー!!凄いな、速い!テンションブチ上げである。
はてなの新世界特急も良いけど、この…機体に守られてる安心感よ…素晴らしい、人類のこと何故かいつからか知らないが無意識に馬鹿にしてたけど この新幹線は良いものだ。ありがとう人類、ありがとう発展した文明。今だけ感謝を。

おばあちゃんの家に着いたら何をしようか。
家のまわりよりはずっと色々あるらしい、でもインドアを極めしレジェンドもやしっこなので、出来ればずっとおばあちゃん家で遊んでいたいな。いうて、ミッケと楽譜しか持ってきて無いけど。
おばあちゃんの煮物食べたいなあ、言ったら作ってくれないかしら、どうかしら。と、蚕は電車の窓から外を眺めるのをやめて早々にうとうと眠りに入る準備をする。
外は夏の日差しでカンカン照り、室内の涼しさに救われる。
あくびで緊張をほぐし、そのままゆっくり眠りに落ちる。
そんな蚕を見守るように影に一つ目玉を中心に描いた花が咲いていた。

少女は知らない、興味が無い。
きっとこの日常がある日いきなり終わり、寝坊して目が覚めたらめちゃくちゃになっていたって興味が無い。
光も闇も、夜も昼も、笑顔も泣き顔も、自分も他人も。
始めからつまらなかった、世界に興味なんて小さじ程度も無いのだ、だから新世界の芽であるこの影にあの日手を伸ばした、伸ばせた。

とある夏の真昼、この後 少女は新世界を拾ったのと同じノリで怯えた子猫のような少年を引いた。


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