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よく寝た、と言う感想が一番最初に浮かんだ。

凝り固まった身体をぐっと伸ばせば、パキパキと関節などから空気が割れる音がする。
酷い夢を見た、死んだ後に変な星に流れ付き…変な異星人に地球に連れて行けと言われる夢だ、妙にリアルなようでいて、何処か夢心地な…あれは……

「………灰原?」

寝起きの頭でひっちゃかめっちゃかな脳内を整頓していれば、七海の驚いたような声がしたので振り向く、その先でやつれた顔で信じられないものを見た目をこちらに向けてくる七海が居た。
なんでそんな目を?どうして…と声を掛けようとしたところで気付く、自分が右前合わせの白い装束を身につけていることに。

もしかして、あれは夢では無く…。

「ど、どうしよう……僕…」
「…灰原、灰原、灰原!!!」
「な、七海どうしよう!僕、」
「生きて、生きてるんですか!?どうして……何故…ああ、いや……そんなことは…」
「どうしよう、どうしよう!NASAに連れてかれるかもしれない…!」


男子二人、パニック。

片や死んだ同級生の片割れが息を吹き替えしたことによる、現状に適応しきれない思考と限界を迎えていた精神によるもの。
片や夢だと思っていた正体不明の宇宙人らしき何かを地球に招き入れてしまったかもしれない、と言う責任によるもの。

どちらにせよこれから納棺……と言うタイミングでのことであった。
諸々の事情により、家族と引き合わせるのはこれから…と言うタイミングである。と言うのも、安置していた灰原の死体にはここ数日不可思議な現象が相次いで起こっていたため、葬儀の判断が先伸ばしとなっていたのだ。

他の人々が離れ、七海が最後の二人きりの時間を共にしている最中の出来事であった。

即ち……。

「ただいまー、は?」
「七海、少し休んだほ…は?」
「なに、どうし………灰原?」


数拍、間を置いた後に特級二人は即座に戦闘行動へ移るための構えを、家入はケータイを取り出し連絡準備をした。

それを見た七海は灰原を庇うように前に出る。
視線だけで互いに牽制し合う中、七海の背後の灰原が「あ!!!」と声を上げる。

「うわ、わー!!爪が、爪が超合金みたいになっちゃってる!ど、どうしよう…」
「灰原、落ち着いて」
「七海どうしよう〜!宇宙人に改造された…」

灰原は死装束をガバリと開き、腹部の傷跡を指差して「ほら!これ…新種の金と銀らしいよ……どうしよう、本当だったんだ…」と悲しんだ。

「灰原これは…」

灰原が嘆きながら見せるその腹の傷口を塞ぐ金と銀は、灰原の死体に起こった奇妙な現象の一つであった。
七海がどう説明するかと迷っていれば、状況のおかしさに近寄ってきた先輩三人集の一人、夏油が話掛ける。

「本当に…灰原か?」
「夏油さん…ど、どうしよう…宇宙人が」
「悟…」
「灰原だけど…いや待って、見てたら頭痛くなってきたパス」
「硝子…」
「脈拍も瞳孔の動きも問題無し」

三者三様に現状に困惑していれば、「問題無いに決まっている」と誰も居ないはずであった場所の方から声がして、全員がそちらへ首を向けた。

そこに居たのはズタズタに裂けた灰原の制服を身に纏った人間……の形をした、灰原を勝手に生き返らせたり何だりした星のクズであった。
ちなみに、この制服も灰原の死後に起きた怪事件の一つのうちに関わりがあり、死後24時間後に遺品から消えていた物である。
それを何故か身に纏い、夜空のような内側を持つ黒髪をかきあげて、「やあ、おはよう」と気さくに灰原へ挨拶するそれを見ていた五条は、それが人類には視認不可能な領域の存在であることを誰よりも先に理解しドン引いた。灰原お前、何連れて来ちゃったんだよ。

「その新金属いいだろ?銀イオンの殺菌性が高いのが特徴でな、しかし微量ではあるが毒性を保有する有毒金属であるため…」
「分かりやすく言って…」
「…男の子って、こういうの好きなんでしょ?」

灰原は爪や傷跡を改めてマジマジと見る。確かに……ちょっとカッコいいかもしれない。

「それはさておき、生還おめでとう。とりあえず服を交換しないか?私そっちの方が好きだな、白いし」
「これは…死んだ人が身に付ける物だから縁起悪いと思うよ」
「なら、尚更君が着ていては駄目なのでは?さあ脱いだ脱いだ、脱げ」
「うわ、待って!」

そう言って灰原は容赦無く死装束を追い剥がれる、女も居る前で身を剥かれ、星のクズは自分の着ていたものに手をかけた。
その場でストリップを始めた二人…否、一人と一生命体の行動に置いていかれた他四人は顔を見合せヒソヒソと話合う。

「五条、あれ何?」
「人間には分からないもの、理解したら俺が壊れる」
「灰原はあの人の力で生き返ったと言うことですか?」
「普通に喋ってるが…人なのか?大丈夫なのかアレは」

灰原と謎の生命体は仲良く服を取り替えて、今は謎の生命体の方が帯を結んでいる最中だ。
ややもたつきながらも、身支度を終えた謎の生命体は改めて灰原に向かい合うと、笑顔の形に表情を変えて挨拶をした。

「よろしくハイバラ……ハイバラって発音大変だな、他に何か無いのか?」
「下の名前は雄だよ」
「分かった、マフィンちゃんと呼ぼう」

「マフィンちゃん?」「マフィン?」とその場の全員が困惑する。「カップケーキみたいな頭の形してるだろ」と悪意があるのかどうか分からないことを言われて、灰原は何も言えなかった。生まれてはじめて甘いお菓子のあだ名で呼ばれた、海外ドラマみたいだなあとぼんやり思う。

「さて、我々は今後共に生命史を紐解かねばならないわけである。3500年前、始生代、先カンブリア期からはじまり、第四世紀…完新世まで。極北のスピッツベルゲン島からドイツ デュッセルドルフの渓谷……まあ、向こう100年程よろしく頼むよ」

ツラツラと聞き慣れない単語を当たり前のように並べて、星から生まれた生命は手を差し出して来た。握手をするのを躊躇う、前回酷い目に合わされたからだ。

「なんだ、握手は友好の証なのだろう?」
「うーん……グータッチとかじゃ駄目?」
「知らないが、それがいいならそうしよう」

灰原が拳を握りしめて突き出すのを真似て、その生命も同じく拳を合わせる。
それを見ていた夏油は「あ、E.T.」と思わず口にしていた。

「あーE.T.ね、じゃあこの宇宙人がキスシーン見たら灰原が近くに居た七海とかにキスしたりするわけ」
「酒を飲めば灰原も酔っぱらうの?」

ハハハッとふざけたように笑い、五条と家入が茶化して事態を観望する中、七海は灰原に詰め寄り大丈夫かと、不安と心配を押し殺して尋ねていた。

「灰原……何があったのか説明を…」
「それが僕にもどういうことだか…」

二人合わせて「E.T. E.T.」と五条にからかわれている生命体をチラリと見る。
E.T.が宇宙人であるという説明に対して「私は小惑星だ、流れ星や彗星とも言い換えられる」と真面目にしっかりと返答していた。

「セサミストリート見せようぜ、ガラクタいじり始めるかも」
「やめないか、悟」
「念力使えねえの?自転車飛ばせる?」

その質問にやや困った雰囲気を醸し出しながら灰原の方を見てくる、何だか居たたまれなくなって来て七海と灰原はその会話を断ち切るように話に加わった。

「とりあえず教員に報告が先かと」
「うん、あと服をなんとかしたいかな」

自分の着るズタボロの服を見下ろして、そして小惑星の欠片が死装束を着る姿を見て灰原は不思議な気持ちになる。

自分は確かに死んだのだ。

そして、この自ら死人の着る物に袖を通した生命の都合によって息を再びさせられることとなった。

……死に時を逃したような気がした。

何か、ねじ曲げてはならない摂理を曲げてしまったかのような。だって少なくとも地球においては死んだ人間は生き返らない、それはあってはならない事なのだ。
三途の川を渡り損ねた。人の死後、初七日に渡るとされる川を…その川のほとりで罪の軽重を計るための亡者の衣は今、人の形をした星が着ている。途方も無く遠い所に一人で居た、この地球という星の理を超える命が自分の罪を着て側に居る。

胃が重くなる。
腹に広がる金と銀で埋まる傷跡が、鉛を受けたような心地にさせた。

灰原に特定の信仰は無い。
救われたのであるならば、何故自分だったのかと言う現実が受け入れられなかった。
星々に祈りを捧げたことは無かった、仏教の真理について迷いを覚えることも無かった、ロザリオを握りしめたことは無かった、約束の地を目指したことだって、何も。
それなのに救われた。

本当に?
これは、救いなのか?

神とは依怙贔屓であり、理由を求めてはいけない。
神は“在って、在り続ける者”であり、絶対的に存在して名前さえ聞いてよいものではない。

人間の為したことは人間の意思と力のみで出来たことなのだ。そこに、神の介入があってはならない。

自分は一体どうなってしまったのか、その現実が改めて、鮮明になって灰原へと突き刺さる。

「灰原?」
「七海……僕…どうして、生き返っちゃったんだろ。こんなこと、」

灰原の疑問に小惑星が答えた。

「なんだ?救われたことに疑念を抱き、罪のやり場に困ってるのか?」

教師を呼ぶために五条と家入が出て行った部屋で、自主的に距離を取っていたその生命の方へ視線を向ける。
呆れたような目をして灰原を見るソレは、「人間らしいな」と呟いてから言った。

「君は救われたのでは無い、逆だ。贄なんだよ、ハイバラユウ」

閃亜鉛鉱のごとき透明度のある瞳を閉じて、ツラツラと高揚無く語る。

「還相回向(げんそうえこう)…極楽に往生した者が、再びこの世にかえってきて衆生を教え導く存在のことだ、そんな者にしたつもりは更々無い」

「君は、私と言う"神"を降ろすための楔であり、窓口だ。つまりは被害者に過ぎない、今君が息をしていることは、私が目的のために行っていることの副産物。何故なら、私がこの役目を放棄すれば君は今度こそ、君や友人の思いなど関係無く死ぬのだから」

「分かったか?お前が息を再開したのは救いでも選ばれたわけでもなんでも無く、全ては私の都合による問題だ」

神とは気紛れなのだと、そこまで語ると、そのまま瞳を閉じた状態で顔を伏せ沈黙する。

灰原はその言葉の全てを理解したわけでは無かったが、少しだけかみ砕き飲み込んだ。
この小惑星の欠片が自分の罪を着ているように、自分もまた この者の地球における罪を体現しているのかもしれないと。
神が自ら降り立つために、人を踏み台にした。その踏みつけたものが僕ならば、それが死を拒んだことへの罰なのかもしれない。
被害者では無い、同じ罪を背負っている。
人の理を踏み倒し、死を受け入れなかった掟破り同士だ。

向こう100年、共にあることが人の世の摂理から外れたことへの罰だ。


七海の「大丈夫ですか」と言う声に、灰原はヘラリと笑って「大丈夫」と答えた。

そうして無反応になった星クズに向けて「よろしくね」と声を掛けるのだった。


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