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我らが偉大なる故郷、青き奇跡の星に別れを告げてから一体幾年の月日が経過しただろうか。

私は今日も一人、果ての無い広大な宇宙の何処かにて救難信号を発し続けている。


「コール、コール、こちらM87銀河観測員QQ42-C」

「コール、コール、こちらM87銀河観測員QQ42-C」


私の救難信号を拾う者はいない、それはそうだ、何せここは地球から53,490,000光年離れた宇宙に存在する銀河系。おとめ座の方角に存在する楕円の形をした銀河で、中心には太陽の65億倍はあろうかという超大質量のブラックホールが存在する。
周囲には他にも、M86銀河や、M49銀河等が存在し、これらの銀河と私が今漂流している銀河を合わせて「おとめざ銀河団」と呼称する。

さて、何故私の救難信号が何処にも届かないのかと言えば、先程説明したブラックホールのせいである。
このブラックホールには「活動銀河核」と呼ばれる電磁波を発する核が存在し、その電磁波のせいで上手いこと信号が届かないのだ。
だから私は実のところ、救出されることを諦めている、そのうち引力に従いブラックホールに飲み込まれるであろうことを理解し、最後の瞬間が迫るのを待ちながら信号を送り続けている。


「コール、コール、こちらM87銀河観測員QQ42-C」


私の声は誰にも届かない。

私は暗い宇宙で一人、最後の瞬間を待っている。
価値の無い終わりだけを待っている。








未登録の特級呪霊「真珠星」を手持ちにするため呪霊の玉を飲み込んだ夏油は、その日の夜、謎の声を聞いた。
最初は何処かで誰かが何かを話しているのかと思い、側で必死にリズム天国をやっている五条へ「何か聞こえたか?」と聞いたが、音ゲー中に話し掛けられてリズムを狂わされた五条は手元を狂わせキレた。

「おま、……バカ!!パチパチ三人衆の邪魔すんじゃねえよ!!!俺だけ本番で失敗しただろ!!ふざけんな!!」

何考えてんだ!!頭沸いてんのか!?おい、殴らせろ、奥歯一本で許してやるよ!
ギャアギャアと喚く五条の声と重なるように、やはり声が聞こえる。
ほんの僅かに聞こえる、掠れるような響きを持った音は、確かに何かを繰り返し言っていて、夏油は首を傾げて「聞こえないかい?」と今だキレている五条に尋ねた。

「幻聴だろ、それよりあとちょっとでノーミスクリアだったパチパチ三人衆…!」
「コール…こちら……銀河、よんにー…」
「話聞けよ!!!」

突如親友が謎の幻聴を聞き始めた五条は、自分の言葉を無視する夏油の肩を掴んで揺すり、「変な電波受信してんじゃねえ!目覚ませ!!」とがなり声をあげた。

「いや、でも聞こえるんだ…」と夏油は耳を澄ませるが、やはりハッキリとは聞こえない。
「コール」「こちら」…もしかして、何処かに呼び掛けているのだろうか?

五条には聞こえない声が自分だけに聞こえる状況に首を傾げながら、音の発生源を探るが、どうにも遠すぎて全容が捉え切れない。
このままでは寝る時に邪魔になるのでは無いかと思った夏油は、五条に六眼で何か分からないかと尋ねる。だがしかし、彼は目一杯人を馬鹿にしたようにふんぞり返って顎を上げながら、中指を立てて「知らね〜〜〜〜〜」と声を挙げる。

「それあれじゃね?ノイローゼってやつじゃね?ダッセー!………え、傑ノイローゼなの?」
「これが…ノイローゼ…」
「え、は?マジで?ヤベェじゃん、死ぬの?」

ノイローゼのことを名前くらいしかまともに知らない五条は、親友を襲う謎の現象に焦り狼狽えた。自分で言っておきながら心配し出す五条を温かい気持ちで見守りながらも、「死ぬかもしれないね…」と口にした夏油の表情はにこやかであった。そういうとこやぞ。

五条は慌てて親友の身を労り、背中を擦りながら家入に電話をした。
電話口で「傑が病んだ!」「死ぬかもしれないから見に来いよ!」「幻聴と会話し始めた!」等と散々なことを口にしながらも、背中を摩る手に夏油は笑いが込み上げて来て口を開いた、が。


「オエッ」


出てきたのは、嗚咽であった。

突然の嗚咽に本人である夏油も、電話をしていた五条も驚きに固まる。
まさか嗚咽が出てくるとは思いもしなかった夏油は、自分の背を擦る手に影響されたかと思い「大丈夫だ」と口にしようとするも、またしても「オ"ェ」と喉奥から汚く不快な音が零れ出た。

そうすれば、次第に本格的な吐き気に襲われる。
喉奥から込み上げてくる吐瀉物の感覚に喘ぐ。込み上げてきた胃液が鼻に回って苦しさを増幅させ、荒波のように押して来ようとする物を出さないように口を閉じて押し返すのにも限界があった。
視界に涙が滲む。
一滴の涙がポロリと目尻から零れ落ちたのを合図に、夏油は苦しみに耐え切れず唇を割り開き、体外へ出ようとする何かを思い切り吐き出した。
胃液が巻き散る、靴や制服に飛沫が飛ぶ、酷く喉が痛む。
ツンッと刺すような酸性の臭いが漂い、五条は電話口で「傑が吐いた!!!」と叫んだ。


唾液や胃液と共に黒い塊が喉を通って外に零れ落ちる。


黒い塊は、夏油が呪霊を取り込む時の呪霊玉それそのものであり、まさかそんな物が吐き出されるとは思わなかった二人は、コロコロと転がっていく球体を唖然と見つめて言葉を失った。

そもそもあれって、吐き出せる物なのか。

そう思いながらも、吐いたからか幾分かスッキリとした夏油は、先程まで聞こえていた幻聴が聞こえなくなったことに気が付く。
だがしかし、今度は先程よりもハッキリと、五条にも聞こえる音となって不思議な救難が室内に響いた。

どこか冷たく、物悲しい声色で助けを求める呼び掛けが谺す。


「コール、コール、こちらM87銀河観測員QQ42-C」

「コール、コール、こちらM87銀河観測員QQ42-C」


吐き出された黒い呪霊玉から響く声は、同じ言葉を繰り返す。


「コール、コール、こちらM87銀河観測員QQ42-C」


沈黙と距離を保ったまま、五条と夏油は黒い物質を見つめ続けた。


「コール、コール、こちらM87銀河観測員QQ42-C」


互いに顔を見合せ、夏油が自分の吐き出した塊に人差し指を向ける。

あれ、どうする?
どうするったってどうすんだよ

視線だけで会話をし、改めて黒い塊へ目を向けると、その塊から今度はザザザッとノイズが走るような音が聞こえはじめ、次いで流星が堕ちるような煌めきが黒い球体の表面を無数に輝かせた。
まるで流星群の如く輝くそれから発せられるノイズに伴って、先程の呼び掛けとは違う、感情の伴った声が聞こえてくる。

「ああ、ここまでですね……」

ポツリ、まるで最後を感じ取ったかのような呟きは、空を越え、宙を越え、星を越えて夏油と五条の耳に届いた。


………
……




このメッセージを聞いてくれた誰かへ

まずは私の声を聞いてくれてありがとう、ここに感謝を。
私はM87銀河観測員QQ42-C、知性深き青い星…地球にて製造された最期の人類レプリカシリーズの一体です。

我々を生み出した人類種に未来はありません。
我々を育んだ青き星に未来はありません。
我々を宙へ飛ばした技術に価値はありません。

最早、我々に意義はありません。

それでも私達人類のレプリカは、可能性を探す旅をしたのです。
ですがそれもここまで、他の観測員がどうなったか、地球がどうなったかは分かりませんが、これだけは確かなこと。

私達人類は選択を誤りました。

これを聞いてくれた何処かの誰かへ、どうか………


………
……



メッセージが途切れる。
激しいノイズの間から聞こえた声は、確かに人間の物であったのに、何処か無機質なようにも聞き取れたのであった。



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