ひっそりと寄せてた好意に、聡い貴方はきっと気付いている。

好意を寄せれば、好意を返してくれるだなんて、勿論思っている訳ではない。

思っている訳では、ないけれど。


「…ちょっと、つらいなぁ」


廊下の壁に背中を預け、零した言葉は虚しく響く。

ア・ジュールの黒き片翼だとか、革命のウィンガルだとか。

そういう肩書を持つ軍師様へと想いを寄せて、もう長い。

それとなく、想いは伝えているつもりだし、多分貴方もしっかりとそれをわかっている。

それなのに、向けられるのは冷たい視線と言葉ばかりだ。

嫌われているのだろうなぁ。

そんなことをぼんやりと考る度、胸が確かに痛んでいく。

足元へと視線を落とせばじんわりと視界が涙で滲んで、苦笑。

こんなことで泣きそうになるなんて、女の子らしいところも自分には残っているだな、と。

馬鹿みたいだと鼻を啜ったら、ふと、足元を見ていた私に影が落ちる。

人気の少ない廊下だというのに誰だろうかと顔を上げると、そこにはあまり会う機会のない人物がいて、思わず言葉が零れる。


「アルヴィン、なんで此処にいるの?」

「…なんでって…おたく、四象刃の奴らから聞いてねぇの?」

「うん?あー、どうだったかな。言ってた、かも?」

「なんだそれ」


私の言葉にアルヴィンは小さく苦笑した。

そういえばそんなことを誰かが言っていたかもしれない。

最近プレザが悩ましそうな表情でピリピリしていたのはこれか、と思い当たったのが少し面白い。

誰から伝えられたのだったか。

記憶を手繰りよせてみれば、私にそれを伝えたのは、確か彼だ。

真っ黒で目つきの悪い軍師様。

悩みの種を思い出してまた少し気分が沈み込む。

溜め息をついてしまいそうになって慌てて飲み込んだが、アルヴィンはそれに気付いたようだった。

私の隣で同じように壁に背を預け、私の微妙な機敏を窺う。

アルヴィンってそういうちょっとした心の動きに鋭い人だったなぁと考えてから、他人ばかりではなく自分の心に対してももう少し気付ければ良いのに、と頭の片隅で思った。


「…どうかしたのか?」

「何が」

「随分と暗い顔してるなー、と思って」


本当に、鋭いなぁ。

アルヴィンにこういうことを隠し通すのは、少し難しい。

おとなしく話してしまった方が良いのだとわかっているのに、口に出すのは恥ずかしかった。

恋の悩みなんです、なんて。


「えーと、んー、ほら、私ってウィンガルのこと好きでしょ?」

「あー、そうだったな」

「最近ね、冷たくて」

「……それ今に始まったことか?」

「いや、前から冷たいというか冷静だけど、そうじゃなくて――」


そうじゃ、なくて。

言葉が喉に引っ掛かって、困ったように苦笑してみせれば、隣にいる彼の視線が、少し鋭くなったような、錯覚。

その表情がいつも見ているものとは少し違って見えて、自然と僅かに身構える。

真っ直ぐに見詰められて、思考が纏まらずに混乱していく。

どうして、そんな表情するの。


「なぁ、俺にしとかない?」


告げられた言葉はさっぱりとしていて、真っ直ぐで、くらりと、脳を揺らした。

多くを語られなくても、言わんとしていることはわかる。

冗談でしょ、と軽く笑えば、彼はそれ以上何かを言ってきたり、しないハズなのに。

それをわかっていて言えない私は、揺れているのだろうか。


「私は――」


出かけていた言葉は、腕を強く握られたことによって止まった。

驚いて握った人物を見れば、彼は射るような視線をアルヴィンへ向けていた。


「あ、え?ウィンガル?」


声を掛けた私へと向けられた視線は、いつもとは違うようだった。

何かしっかりとした意志のある目なのに、それが一体何に対してなのか、わからない。


「名前、話がある」

「え…?」

「借りていくぞ」


困惑している私に構わず、ウィンガルはアルヴィンにそれだけ言うと強く腕を引いた。


「ちょっと!ウィンガル…!」


制止の声をかけても気にする様子もなく腕を引いて歩いていってしまう。

振り返ってアルヴィンを見れば、彼は小さく苦笑を浮かべてひらひらと手を振った。

何かを言うでもなく、黙々と廊下を進んでいく背中を見つめる。

たまにすれ違う兵士は慌てて頭を下げて、何事だろうかと窺うような視線をこちらに向ける。

本当に、なんなんだ。

黙ったままというのは、こちらとしては少しつらい。

何を考えればいいのか、わからなくなる。


「ウィンガル…!」


名前を呼べば、ちらりと視線を私に向けて、歩く速度を落とす。

その横顔が、なんだか珍しく焦っているように見えて、少し驚いた。

驚いている私に気付いた彼はばつが悪そうに眉をひそめ、溜め息混じりに呟いた。


「お前はアルヴィンのことを想っているのか…?」

「は?」


何を言っているのだろうか、間抜けな声をもらせば、ウィンガルは短く舌打ちをした。

何、なんなの、どうして舌打ちなんてされないといけないの。


「お前があの男に好意を寄せているなら、それでも構わない」


言葉の真意を汲み取れない私の腕を掴む手に力が加えられて、ゆるく、痛む。

その痛みがやけに現実味を帯びている気がして、どくどくと心臓が脈打った。

構わないが、と呟かれた言葉が鋭い響きを持っているようで。

熱が、じわじわと顔にのぼる。


「お前が他の男を選ぶのは気分の良いものじゃないな」

「何、それ」

「俺を選べ、名前」


囁くようにして言われた言葉は彼らしくなくて、酷く甘い響きを持っているようだった。

あんなに冷たかったくせに、とそう思うのに、その言葉に泣きそうになっている自分がいる。

本当に狡い人だ。

狡いと思うのに、貴方が珍しく、やけに優しく微笑むものだから。

こういうところは強引なんだな、と小さく笑って頷いた。





強く引かれるなら



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佐伯隼人様より、ウィンガルVSアルヴィンでウィンガル落ち、というリクエストで書かせて頂きました。
VSものをあまり書かないので、色々と試行錯誤しながら楽しんで書きました。
ウィンガルって、たまに強引になったりしたら面白いですよね。

佐伯隼人様、リクエストありがとうございました!






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