麗らかな午後というのは、とても眠気を誘うものだ。 ケースにきちんと並べられた煌びやかなケーキを眺めながら、欠伸をしそうになるのを必死に我慢する。 カラハ・シャールの市場から少し離れた、小さなケーキ屋さん。 私と、それを手伝ってくれる友人とで経営しているようなひっそりとしたお店。 街の活気のある場所から離れた静かなお店だったけど、私としては結構気に入っていた。 その落ち着いた静けさの中、店員として入ってくれる友人が休みの今日のような日は一人でいるのが少し退屈だったりする。 ぼんやりとケースを見ながら明日注文しなければならない物を考えていると、ドアの開閉音が耳に届く。 顔を上げてそこに立つ人物を見ると、自然と笑みが浮かんだ。 「久しぶり、名前」 「お久しぶりです。クレイン様」 クレイン様は時々こうして店に来て、ケーキを買って行ってくれる。 いつから、というのははっきりと覚えていないけど、随分と前からだったように思う。 最初の頃は領主様が買いに来てくれたのだと言う嬉しさでいっぱいだった。 それが、次第にどうして来て下さるのだろうかと首を傾げるようになった。 市の方、シャール家のお屋敷の近くにはここよりも大きなケーキ屋さんがある。 勿論、自分の作る物に自信がない訳ではない。 けれど、わざわざこっちに足を運んでくれているというのが不思議でならなかった。 いつか尋ねようと思っていたが、聞くのが少し怖くて、今日まで尋ねられずにいる。 「今日は名前一人なのかい?」 「はい。いつも一緒に働いてくれる子がお休みなので」 「君も働き過ぎないようにね」 「大丈夫ですよ」 「そう言って無理するタイプだろう?」 言われた言葉に思わず苦笑してしまう。 こうやって見抜かれてしまうのは、きっとクレイン様が私を含む、街の一人一人を気にかけているということなのだろう。 自由と平等を大切に、この街を誰よりも想っている彼だから。 クレイン様がケーキを幾つか注文するのを聞きながら、ドロッセルお嬢様と一緒に召し上がるのだろうと予想出来て自然と笑みが零れた。 ケーキが入った小さな箱を手渡すと、ふわりと笑って感謝の言葉をかけられる。 この瞬間が、何よりも好きだ。 代金を受け取ったときに、ふと、先程も抱いた疑問が頭をよぎった。 今、聞いてしまっても良いだろうか。 緊張しながら出した声は、少しだけ強張ってしまった。 「あの、クレイン様」 「ん?」 「どうして此処に来て下さるんですか?」 お屋敷の近くにも、綺麗で、美味しいケーキ屋さんがあるのに。 付け加えた言葉は少し揺れてしまった。 真っ直ぐに見るのが躊躇われて、視線はクレイン様に手渡したケーキの箱に向ける。 緊張してぎこちなくなる私に、クレイン様はいつものように柔らかく微笑んだような、気がした。 「僕は、名前のつくるケーキが好きだから此処を選んでいるんだよ」 言われた言葉に顔を上げると、やっぱりそこには柔らかな微笑みを浮かべるクレイン様がいて、胸の中にあったわだかまりが溶けたような温かさがゆっくりと広がった。 背を向けて出て行くクレイン様に慌てて小さく頭を下げ、素直な気持ちで声をかける。 「また、来て下さいね」 緩やかな温度 ----- マキ様より、小さなケーキ屋さんを経営してるヒロインと、ケーキを買いに来たクレインとのほのぼのというリクで書かせて頂きました。 ぽかぽかした日差しの中、ケーキを買いに来るクレイン様とか素敵ですよね。 設定を活かせているか少し不安ですが、楽しく書かせて頂きました! マキ様、リクエストありがとうございました! |