最初にその話を聞いたとき、冗談なのだろうと思った。 プレザが私に対して冗談を言うなんて珍しいな、と。 実際は冗談ではなく、事実だったのだけど。 「……嘘」 冗談だ、嘘、なんで、まさか、と。 そんな言葉が頭の中に次々と浮かんで、混ざっていく。 驚かれている本人はいつもと何も変わった様子もなく、椅子に腰掛けて私へと視線を向けている。 それでも、私の驚き方に少しだけ困ったような雰囲気が滲んでいるのは、きっと気のせいではないのだろう。 「えー、嘘ぉ……」 どうにも信じられなくて、もうひとつ、間抜けな声が零れる。 いつもと何も変わった様子がないということが、ますます私を困惑させた。 いや、もしかしたら、私には変わったようには見えないというだけで、あの真っ黒な軍師様ならわかるのかもしれないけれど。 躊躇いながら彼の額へと手を伸ばす。 僅かに目を細めるだけで手を払われなかったことに、ホッと安堵した。 その安堵は額に触れて伝わってきた熱の高さにすぐに驚きへと変わってしまったが。 「陛下!凄く熱高いじゃないですか…!」 慌てて手を引っ込めてそう言うと、陛下は静かに目を逸らした。 陛下が風邪をひいたのだと、そうプレザから聞いた時は本当に冗談だと思った。 けれど、今自分が触れて感じた熱は間違いではない。 それなのに、なんでこの人は普段のように謁見に来た人々の話を聞いて、執務を行おうとしているのか。 「今日はおとなしくしていてください」 「断る」 「断る、じゃなくて……!」 「時間を無駄にしたくない。一時でさえ惜しい」 凛々しいその物言いはいつもの陛下となにも変わらない。 陛下の気持ちはとてもよくわかる。 わかるけれど、だからと言って、陛下に無理をさせる訳にはいかない。 彼はこの国の、私達を導く王なのだから。 「今日一日でいいから、ゆっくり休養してください」 「俺は――」 「貴方がいないと、困るんですよ」 困るんですよ、私も、四象刃のみんなも、この国の民も―― 私がそう言葉にしなくても、彼ならならそれくらいわかっている。 だから、言ったのはそれだけ。 その私の一言に陛下は少しだけ考えるような素振りをしてから、ゆっくりと頷いた。 わかってくれたのならもう安心だな、と。 そう思い、軽く礼をして部屋を出るため背を向ける。 足を踏み出す前に、陛下が私の腕を、しっかりと掴んだ。 「……あの?」 驚きながら恐る恐る声をかけるが、陛下は何も言わずに視線を私に向ける。 掴まれた部分が、熱を持つようだ。 いつもと変わらない表情からは何を考えているのかはわからなくて、困惑する。 主従揃って、本当に感情が読めないな、なんて頭の片隅でぼんやりと考えて、陛下へと視線を向けた。 陛下が椅子に腰掛けているから、必然的に私が陛下に見上げられる。 見上げられるなんて滅多にないことだから、その視線に、どきりと、した。 「あ、の?陛下、私仕事があるから戻らないとなんですけど」 「休養しろと言ったのはお前だろう」 「……そうですね」 「休んでいる間、側にいろ」 側にいろ、だなんて。 普段ならまず言われることがないであろうその言葉に、揺れる。 陛下の様子を見て、しっかりと休むように促すだけ、だったはずなのに。 これは後で書類仕事が大変かなぁ、なんてことを考えながら、その真っ直ぐな視線に小さく頷いた。 じんわり、広がる ----- 聖羅様より、風邪をひいたガイアスが我儘になって夢主を困らせる、といったリクエストで書かせて頂きました。 ガイアスは風邪をひいても、誰に言うでもなく過ごしそうかなぁ、と。 意志の強い人だから、我儘を言われると説得は難しいかなぁ、と考えながら楽しく書かせて頂きました! 聖羅様、リクエストありがとうございました! |