月が綺麗な夜だった。 陛下と共に行くのだと言った彼を、行かせたくはないと思った。 陛下が考える未来というものに異議などはない。 むしろ、陛下の考えには大いに賛同しているし、そのために力になりたいとも思っている。 命を落としていった四象刃の中で残った彼が、陛下を守るために戦いに出るというのも理解している。 いや、理解しているはずだった。 明日には陛下が彼達と戦うのだと知り、ウィンガルの姿を見た時には思わず走り出していた。 「…名前?」 私の足音に気付いて振り向いた彼の顔を見て、言葉にし難い不安に襲われる。 ぐらぐらと脳が揺れて、声が喉にひっかかっているようだった。 「ウィンガル、明日は…」 行かないで欲しい、と。 そんな言葉を必死で飲み込む。 なんの根拠もない不安で貴方を困らせる訳にはいかない。 そうわかっているのに、何故だか脳は警鐘を鳴らしているようだった。 「どうかしたか」 「あ、いや、…ごめんなんでもない」 「名前」 ゆるりと、髪を撫でられた。 驚いて彼の顔を見上げるけれど、そこにあるのはうっすらと浮かべられた笑みで。 予想以上に優しく髪を撫でる指先に、顔に熱が上がっていく。 「ウィ、ウィンガル…?」 「少しは落ち着いたか?」 普段の彼ならまずとらないであろう行動に驚いてしまって、正直落ち着けない。 気遣われて、髪を撫でられた。 その、いつもの彼が隠しているような優しさがそこにはあって、恥ずかしさと不安でより一層心臓が跳ねる。 なんで、どうして。 いつもならそんなことしないでしょ。 なんで今日、そんな優しさを見せるの。 なんで今日、なの。 「私も明日、貴方と一緒に連れて行って」 口から掠れるようにして出たそんな言葉は、貴方に届いている。 それなのに何も言わずに私の髪を梳いているのだから、きっと私の言わんとすることがわかっているのだろう。 貴方は、頭の良い人だから。 「…明日、頑張ってね」 「ああ」 頑張ってだなんて、なんて無責任な言葉だろうか。 堪らずに零れた涙は地面を濡らす。 離れて行く彼の背中を見ながら、小さくだけど、行かないで、と呟く。 その言葉は、彼には届かない。 ただただ、彼が離れる時に頬を撫でられた指先の熱だけが、やけに熱く感じた。 空にとけていった声 (お題配布元:かなし) |