真っ直ぐに伸ばされたその背中に手を伸ばしたいと、思った。

手を伸ばして、触れて。

貴方に追いついて支えることができたらと。

思うだけの私はそれを実行することはない。

線を引いているといえばまだ聞こえがいいが、私の場合のそれは、ただ臆病なだけだ。

情けない、と心の中で小さく舌打ちをしたけれど、自分への嫌悪感が増すばかりだった。


「明日の策についてだが」


ウィンガルはそう言うと、明日実行する予定の作戦について簡潔に伝えた。

彼の策には驚かされることが多々ある。

それはただ単に私の知能が追い付いていないだけなのかもしれないけれど、彼が本当に頭の良い人なのだと思わされて、溜め息をつきたくなった。

いつもと変わらない、鋭い雰囲気を纏った無表情。

そのいつもと変わらないはずの表情に、僅かに違和感を感じた。


「ウィンガル」

「なんだ」

「もしかして体調悪い?」


私がそう言うと、ウィンガルとの間に流れていた空気が僅かに止まったかのような、錯覚。

彼は一瞬だけ驚いた顔をした。

それは本当に一瞬の変化だったけれど、それを見逃してしまうほど彼との付き合いが短い訳ではない。


「……そう見えるのか?」

「うん。大丈夫?」

「愚問だな」


彼のことだ。

多少体調が悪かったとしても明日の策の指揮は執るだろうし、それで何か悪い結果になることはないだろう。

けれど、それでも、心配なものは心配だった。

多少の無理でも気にすることなく乗り切ってしまう貴方だから、その強さに自ら潰されてしまうのではないかと怖かった。

増霊極の被験体として痩せて苦しんでいた彼の姿が脳裏にちらつく。


「無理しないでね」


出てきた言葉は僅かに震えてしまった。

あの頃の彼の姿が、焼け付いて離れない。

ウィンガルにはウィンガルの決意があってのことだとはわかっている。

ウィンガルも、私も、四象刃や兵も、陛下の掲げる未来へ対する想いは同じだろう。

だから、止められない。

彼の意志の強さを知っているから、止めることなんてできなかった。

増霊極は大きな力だ。

けれど、それと引き換えに増霊極は彼自身を蝕んでいく。

彼を支えたいと思うのに、自分にはそれだけの力がないことが情けなかった。

あの頃と今、私は何か変わっただろうか。

彼を支えられない自分に苛立って、何かを言うこともできずに膝を抱えて泣いていた自分と、少しでも変わっただろうか。

私の震えてしまった声に、きっと彼は気付かれている。

そう思うと真っ直ぐにウィンガルを見れなかった。

嫌になるくらい、変わってないなぁ、私は。

それでも、今の私の素直な気持ちを伝えることはできるだろうか。

少しでも、彼の背負っている重さを軽くできたらいい。

そう考えながら言った言葉は、やっぱりまた震えてしまって、情けなさでいっぱいになる。


「私は四象刃よりも強くはないし、手際もいいとは決して言えないけど、心配くらいはしたい」

「お前に心配をされるとはな」

「ウィンガルみたいなタイプは、適度に誰かが心配して、ちょっとでも息抜きさせてあげないとね」


その誰かが、私だったらいいのに、なんて。

ぼんやりとそう考えて、心の中で一人で苦笑した。

私なんか必要でないことくらい、わかっているのに。

こんなことを言って呆れられていないだろうかと顔を上げようとしたら、頭に手を乗せられた。

あ、れ、何これ。


「…ウィンガル?」

「息抜きしなくては、なんだろ?」


軽く髪を撫でられて、恥ずかしさに急いで顔を上げる。

そこにはうっすらと笑みを浮かべたウィンガルがいて、顔に一気に熱が上がった。

これで、息抜きになんてなるのだろうか。

混乱した頭でそんなことを考えて、なんて言ったらいいのはわからずにうろたえていると、そっと手が離れる。

安心したような、虚しいような不思議な感覚に戸惑った。


「明日は頼む」


ウィンガルはそれだけ言うと背を向けて歩き出す。

その背中に、ゆっくりと手を伸ばしたけれど、手は背中に届かずに空を掴んだ。

やっぱり貴方に私の手は届かなかった。

それでも、少しでも貴方の背負っているものを軽くできていたのならいい。

私が貴方の支えになれるのかはわからないけれど、今は、そう強く思った。







貴方のいない場所で涙を流す

(少しでも貴方の背中に届くように、膝を抱えて泣いた夜とは、もうお別れ)





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素敵な企画、Ti amo!様に参加させて頂いたお話。
企画用にと書いたので名前変換はありません。
国を引っ張っていくのは陛下だけど、その影でウィンガルも色々なものを背負ったのだろうなぁ、と。

企画に参加させて頂き、本当にありがとうございました!



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