最初は、そんなことできるはずがないと思っていた。

夢物語だと思ったし、現実になんてできないと思った。

いくら貴方が強い人であったとしても、それを実現しようだなんて綺麗事だと。


「最初はそう思ったのになぁ」


誰に言うでもなく呟いて、謁見に来た人々の要望や意見をまとめた書類を持って足を速める。

今日も謁見に来たのは凄い人数だった。

そのひとりひとりに耳を傾ける彼に対し、今は昔のようにそんなことできるはずない、だなんて言えなくなっていた。

きっとそれは私も彼ならばこの国を、民を守れると信じてしまったからなのだろう。

だからせめて、少しでも力になれたら、だなんて。

いい歳のくせに何を考えているんだ、乙女じゃあるまいし。


「名前」


いつもの低い声に呼ばれて振り返ると目に入ったのは陛下とウィンガルさん。

丁度陛下に書類を渡しにいこうとしていたので手間が省けてありがたいが、ウィンガルさんが苦手な私としては複雑な心境だ。


「今、謁見についてまとめた書類を渡しに行こうと思っていたんですよ」

「そうか」

「今お渡しして構いませんか?」

「ああ」


私から書類を受け取ってざっと確認をしてひとつ頷く。

不備はなかったようだと安心した。

書類も渡せたし、仕事が終わったのだから早めに撤退してしまおう。

先程から、陛下の一歩後ろに居るウィンガルさんの視線が少し痛い。

あの人はなんであんなに目つきが悪いのだろうかと失礼なことを考えて、その思考が読み取られないうちに頭を下げて、足早にその場を離れる。

少しは陛下のお役に立てているのだろうか、なんてぼんやりと考えていたら、陛下が短く私の名を呼んだ。

やはり何か不備があったのだろうかと慌てて振り返ると、そこにはうっすらと笑みを浮かべた陛下がいて、どきりと心臓が跳ねた。


「いつもすまないな。助かっている」


背中に掛けられた言葉は今までずっと欲していたもので、酷く優しくて、温かかった。







空気が、痺れた



(お題配布元:確かに恋だった)



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