●●同情なんかじゃない●●●
「三橋、コーヒー頼む」
「はいっ」
阿部君は今、レポートの締め切りが近いとかで机に向かう毎日です。
難しそうな教科書や、レポート用紙もたくさん散らかってます。でも、阿部君が言うには散らかしてないっていいます。ちゃんとどこに何があるか分かってる上で、ばら撒いてるらしいです。
大学に入ってから、阿部君は勉強の時にだけ眼鏡をかけるようになりました。黒いフレームの、細長い感じのヤツです。
それは、実は俺がプレゼントしたものだったりします。19歳の、去年の誕生日に贈りました。それ以来、毎日かけてくれます。
俺はというと、一人暮らしする阿部君の部屋に、毎日遊びに来ます。
俺は短大に進んだから…学校は違うけど、でもちゃんと毎日会えるので、幸せです。
あ、お湯が沸きました。
火を止めて、お揃いのマグカップにコーヒーの粉を入れて、お湯をそっと注ぎます。
阿部君にはミルクだけ、俺にはミルクと砂糖のどっちもを入れるんです。
いつもはブラックなんですけど、お勉強中の時はミルクを入れるというのが、阿部君のこだわりなのです。
「出来まし たー」
「サンキュー」
コトっと机の端っこに置いて、俺は隣には座らずに、阿部君の背中側に回ります。
阿部君の視界に俺が入ると、気になっちゃって集中できないんだっていうのです。
少し照れながら言う阿部君に、俺も照れちゃいました。
なので、後ろに並ぶみたいにして座るんです。
こないだ、水谷君が遊びに来た時に笑われちゃいました。
「…はー、うまい」
「…へへへ」
俺もふぅふぅしてから、そっとコーヒーを味わいます。
あれ、ちょっと砂糖が多かったみたい。
「…三橋」
「…ん、……」
後ろを振り向かないまま、左手だけを後ろにして、ちょいちょいと手招きしています。
これは、阿部君のサインなのです。
『くっついてこい』っていう、嬉しいサイン。
持っていたカップを置いて、ぴたりと寄り添うようにして背中から抱きつきました。
腕をおなかに回して、離れないように。
すると、阿部君の左手が俺の結んだ手に重なってくるのです。
右手は、まだお勉強中だけど。
高校の時よりも、背中が広くなったような気がする。…ううん、気のせいじゃないよね。俺が、一番知ってるはずだもん。
ちょっとだけ背中に頬ずりすると、クスッと阿部君が笑いました。
それにつられて、俺も一緒に笑います。
もう5年?
まだ5年?
時間の長さは人によって違うけど、高校の時と一番違うのは、自信だと思います。
こんなに愛してくれた、こんなに愛してきた、…それが、とっても嬉しいです。
5年前の俺に、教えてあげたいな。
同情なんかじゃない。
俺はちゃんと、愛されてます、って。
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