▽ 2
お喋りを長く続けるにはラグの上は不向きだ。ブルーを基調とした寝具やクッションを揃えたベッドに誘導して改めて葵を膝に抱き直す。
「そうだ、葵。今度の土曜日はお休みだよね?」
葵の誕生日に向けて作っているドレスのフィッティングの候補日として、今日ニコラスから調整の結果を告げられたのだ。なかなか先方と馨の予定が合わず、最短でも週末になってしまう。そのことは不満だったが、葵が休みの日ならまたたっぷりと遊ぶことが出来る。
「パパとお出掛けしよう。柾はいないから安心しなさい」
柾の名を出すだけで葵の肩が震える。すっかり畏怖の対象として刷り込まれたようだ。それでいい。柾の手を取る未来など選ばせたくないのだから。
「……んっ」
「サイズは大きく変わっていないはずだけど」
むしろ衣装を発注した時より痩せたかもしれない。確かめるように葵のウエストや太ももをパジャマ越しになぞると、葵の体にさっきとは違った種類の震えが走った。
「ここはさすがに大丈夫かな?そうそう変化する場所でもないし」
次に馨が触れたのは葵の指。式で嵌めてやる指輪ももちろん準備している。二人で日常的に身につけるものだからと色やデザインはギリギリまで悩んだ分、きっと良いものが仕上がるはずだ。
でもそこまで考えて馨はふと気が付く。
「そういえばエンゲージリングを渡していなかった。どうして誰も言ってくれなかったんだろう?」
ニコラスも、指輪を発注したブランドのスタッフも気が利かない。式を控えた今は婚約期間のはず。今すぐにでも葵に身に着けさせていい代物だ。馨の機嫌が悪くなったのを察して、葵が不安そうな目を向けてくる。けれど、葵が悪いわけではない。宥めるようにその体を抱き締めながら、馨は片手間でニコラスに連絡を入れる。
エンゲージリングのサンプルを取り寄せるように。
唐突な指示を受けること自体には彼も慣れている。優秀な彼のことだから理由を尋ねるなんて野暮な事はせず、期待に応えてくれるはずだ。
「本当なら一からデザインしたかったけれど、仕方ないね。今を楽しむほうが大事だから」
一度思いついてしまえば、一刻も早く葵に婚約の証を渡さないと気が済まなかった。
手の小ささや顔立ちから、大ぶりなカットよりも可憐な印象を与えるダイヤがいいはず。それにすでに用意している指輪との相性も考えなくてはならない。もっと早くに気が付いていればと悔やむ思いはあれど、式後に思いついたらそれこそ笑えない失態になっていた。今でよかった。そう捉えるしかない。
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