If Story

▽ side馨


葵のために設えた子供部屋。衣装と同じように、馨自ら全ての調度品を選んだ。葵がそこに居るだけで一つの作品として成立するように、と。

今も馨が選んだパジャマを纏い、毛足の長いラグの上に座り込んで本を眺めている姿は愛らしくて堪らない。ただ馨の帰宅を出迎えもせず、扉を開いても顔すら上げないところは面白くない。

「葵?」

声を掛けてようやく葵は本から目線を上げた。馨の存在を認識すると、慌てて本を閉じて立ちあがろうとするが、馨はそれを止めて自分が隣に並ぶことを選んだ。

「天体図鑑。これを読んでたの?」

葵を膝の上に招き、小さな子供に読み聞かせをするような姿勢をとってはみたものの、ラグに置かれた本は分厚く、それなりの重量がある。

外の世界に出さない代わりに、葵には本だけを惜しみなく与えてきた。ただし、馨との関係に疑問を持たせたり、世間で言われる常識を植え付けたくはなかったから、本のほとんどは幻想的な世界を描いた子供っぽい物語ばかり。もしくは単純に学習に役立つためのものだけ。

図鑑は後者の目的で渡したのだけれど、葵はなぜか妙に気に入ったようで、よく眺めている。夜空に浮かぶ月や星に興味があるらしい。

馨との関係を妨げるものでなければ、取り上げることはしない。むしろ葵を喜ばせてやるために綺麗な夜空が見える場所へと連れて行ったこともあるぐらいだ。

「また見に行こうか。どこがいいかな?」

覗き込むように尋ねても、葵は馨を真っ直ぐに見つめ返すだけ。綺麗な星空を楽しめる場所なんて、葵には心当たりがないのだろう。あったとて、それを馨にリクエストするような子ではない。

「パパはね、モルディブに行ってみたいんだけど、今は雨季だから旅行には向かないんだって」

葵の誕生日を過ごす際の候補に入れていた場所だったが、ニコラスにはすぐに却下されてしまった。

海外に行くほど休みを取る余裕はない。そんな理由で否定されたのかと思いきや、彼曰くベストシーズンが短い場所らしい。さらには蒸し暑く、晴天率が非常に低いと言われれば諦めるしかなかった。

「ほら、綺麗なところでしょう?星空もね」

馨が携帯で現地の写真を表示させて見せてやると、葵は興味深そうに身を乗り出した。

「だから冬休みにでも行こうね。ちょうどその頃が乾季らしいから」

柾が口を出してくることは目に見えているが、年越しを向こうで過ごしてもいい。海に囲まれたロケーションではいつも以上に日焼けに気を遣ってやらなければならないが、何を着せるか考えるだけで楽しい。

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