If Story

▽ 4


「俺が何部に入ろうと、俺の勝手でしょ」

涼しげな表情であっさりと反論され、咄嗟に返す言葉が浮かばなかった。いや、思いついたのだが、この場に相応しくないと判断し口を噤んだのだ。

美智が部活動の時間、葵を求めるつもりであることは聞かずとも分かる。不純な理由で入部するなと咎めようとしたのだけれど、周囲からの注目を集めた状態で葵を辱めかねない発言は出来なかった。

「じゃあ、入部したら教えて。また明日ね」

手ぶらでこの場にやってきていた美智はそれだけ言い残すと、カウンターのほうへと去って行ってしまった。食事を注文しに行ったようだ。

「どうしましょうか。別の部活にしますか?」

もはや何部であっても追いかけてきそうな気もするが、一旦別の案に逃げるほうが得策かもしれない。だが、颯斗の心配をよそに、葵は首を横に振った。

「お星様、見たい。プラネタリウムも」

美智のちょっかいを不安がる様子も見せず、ただ純粋に主張されると、跳ね除けることは難しい。

「プラネタリウム、行ったことあるんだ」
「アメリカで、ですか?」
「ううん」

葵が何才まで日本に居たかを正確には知らない。親からはその時代の話題を出してはいけないと言われていたから、タブーなのかと思っていた。だが、さっきの金平糖の話といい、葵の表情が和らぐところを見ると、なぜ触れてはいけないのかが不思議に思えてくる。

「部活だったら行けるかな?プラネタリウム」

“また行きたい”、そう言って葵は思い出を反芻するように瞼を伏せた。

これほど恋い焦がれる様子を見せられたら、今すぐにでも連れて行ってやりたくなる。いくら柾が許可を出したとて、校内での活動はともかく、校外に出ることを馨は許さない気がした。合宿などもってのほかだと思う。

だが今葵の期待を打ち崩すようなことを言えるはずもなかった。

「……あ、颯斗。どうしよう」
「どうしたんですか?」
「プラネタリウム行ったことあるって話。内緒だったのに、言っちゃった」

失言に気が付き焦り出す仕草も、颯斗にとっては初めてのもので、可愛らしく映る。口止めをせず、相談してくることにも胸をギュッと掴まれる感覚に襲われた。

「誰にも言いませんよ」

聞かなかったことにするのは嫌だった。葵の心の中を覗けた気がして、嬉しいと感じてしまったからだ。だから自ら沈黙を貫くと宣言すれば、葵は疑うことなく頷いた。少なからず葵にとって颯斗は味方であり、信頼のおける人物だと評価されているようだ。

「ありがとう、颯斗」

葵はそう言って微笑むと、ようやく箸を手に取った。会話に集中するあまり、食事に全く手を付けられなかったのだと今更ながら気が付く。

背筋をぴんと伸ばし、ゆっくりとした手付きで小鉢に盛られた惣菜を口に運ぶ。ただの食事風景だというのに、うっすらと開く唇を見て邪なイメージをリンクさせてしまう。

こんな想いを葵に抱いたとて自分が苦しむだけなのは分かっているのに、気を逸らそうとすればするほど深みにはまっていく。

わざわざ強調して去っていったのだから、美智は明日葵を捕らえる気でいる。また彰吾と二人掛かりで貪るに違いない。家に帰れば馨だっている。颯斗はそれをただ傍観するしかないのだ。

「颯斗。これは“また食べたい”かも」

しばらく無言で食事を進めていた葵が不意に声を掛けてきた。好きな食べ物を尋ねた時と紐づけて、メインの魚料理を指差している。

“また”の機会を作ろうとしたら、葵は美智たちに責められるのかもしれない。それでも颯斗は不確かな口約束を結んでしまった。

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