▽ 3
「あれ、天文部入るの?」
普段見ることのない好奇心に満ちた葵の表情に釘付けになっていると、背後から嫌な声が掛かった。机上のチラシを取り上げ、こちらの会話に予測をつけてしまったようだ。
颯斗が止める間も無く葵の隣にまわり、勝手に腰を下ろした人物は美智だった。
「葵が来るの待ってたのに。本当にランチに行っちゃうなんて」
途端に強張った葵の表情と美智の言葉で、今日彼から誘いを掛けられていたのだと知る。二人のあいだでどんな会話がなされたのかは分からない。だが葵は律儀に颯斗との約束を理由に誘いを断り、それを美智は納得していないのだという状況は察せた。
こうして食堂にまで葵の様子を見にくるなんて。彼の執着の強さを思い知る。
「で、天文部入るの?部活なんてパパが許さないんじゃない?」
「あなたには関係ありません」
会話を切り上げさせようとするものの、美智は颯斗を見向きもせず、葵だけに問い掛け続ける。
「葵?」
するりと頬を撫でる指先も、名を呼ぶ声音も、無駄に色っぽくて嫌になる。美智が現れただけでも周囲がざわついているというのに、ますます注目を集めているのを感じ、颯斗は嫌悪感を隠しもせずに顔をしかめた。
「お爺さまが、入りなさいって」
「部活に?」
「それか、委員会に」
美智の圧に負け、葵は事の成り行きを打ち明けてしまった。うまく誤魔化せるとは思っていなかったが、この先美智が何を言い出すかが読めてしまい、颯斗は表情をますます険しくさせた。
「委員会なら俺のところに来ればいいのに。体育祭と文化祭の実行委員。葵なら成績は申し分ないし、推薦してあげるよ」
やはり、と息をつく。
学校の二大行事である体育祭と文化祭は、準備期間に入る前に毎年実行委員会が結成される。内申点を稼ぐのにちょうどいいためか、なぜか毎年凄まじい倍率で委員の選出が行われていた。
中学時代からトップであり続ける美智は、誰と争うでもなく毎年当たり前のように委員として活動している。葵一人招き入れることも簡単に出来てしまう気がした。
「あの、でも……」
葵は美智からのストレートな誘いを断れず、ただ彼が机に戻した天文部のチラシに視線を落とした。その動きにつられるように、美智も改めて活動内容の紹介文に目を通し始める。
「ふーん、合宿があるんだ?あぁ、これもいいね。校舎の屋上で月食を観察、だって。放課後、暗くなっても一緒に居られるってことか」
「まさか、入る気ですか?」
存在を無視され続けてはいるが、これ以上黙って見ていることは出来なかった。何事にも薄い反応しか見せない葵が、せっかく強い好奇心を滲ませたのだ。美智がいれば、台無しにされてしまう。それが許せなかった。
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