If Story

▽ side颯斗


四限の終わりを告げるチャイムが響くと共に、颯斗は後方を振り返った。あちらも颯斗を見つめていたようですぐに視線が絡む。ただそれだけで胸の辺りがざわつく感覚に陥った。

ニコラスから忠告を受けて以来、このざわめきは治るどころか一層酷くなっている気がする。

「食堂、行きましょうか」

こうして葵に誘いをかけるのは初めてだ。それを周囲も分かっているからこそ、一気に好奇の視線が集まるのを感じる。

だが、葵はそれを気にすることなく、ただ颯斗だけを見上げて微笑んだ。普段感情を露わにすることが少ない分、口元をわずかに緩ませただけでもたまらない気持ちにさせられる。

多くの生徒が一斉に教室を出る昼休み。そんな時間帯に葵を連れて歩くと、いつも以上に注目を集めるのだと身をもって思い知った。

美智や彰吾との関係が継続するにつれ、ニヤニヤとした嫌な目を向けてくる生徒が増えたが、昨日からはまた違った空気が流れ出した。葵が試験で不正をしたのではないかと、一部が騒いでいるのだ。

颯斗も友人に尋ねられたが、もちろん否定した。祖父から上位の成績を求められていたとはいえ、葵が小細工をするような性格にはどうしても思えなかったからだ。

「やっぱり場所変えますか」

食堂まで着くと、すでに列をなしていた生徒たちが一斉にこちらを観察してきた。こんな状況で落ち着いて食事など出来るはずもない。だから颯斗はそう提案したのだが、噂の張本人である葵は不思議そうに見上げてくる。

「どうして?」
「どうしてって。いや、葵さんがいいならいいんですけど」

葵のこういったところは未だに掴めない。本当に周囲の反応が見えていないのか、それともあえて気づかないフリをしているのか。

メニューを選ぶよう促した際も、ある意味葵らしい反応を見せた。好き嫌いが分からないのだという。与えられたものを享受するだけの生活だったからなのかもしれない。

無難に日替わりの定食を提案すれば、葵は素直に頷いた。学校に居るときぐらい、恐れることなく自分の主張が出来るようになってくれたらいいと、そんなことを思ってしまう。

自分で食事を運ぶ経験すら葵はなかったのだと思う。前回美智たちと過ごしていた時も感じたが、トレイを持ちながら歩く姿はどうにも危なっかしい。

とはいえ、カウンターから近い席はどこも人で溢れかえっていて、人気のない席を選ぶと必然的に出入り口からは遠い場所になる。

「大丈夫ですか?運べます?」

同い年相手に幼い子供のような扱いはおかしいと頭で分かっていても、ふらつきながら慎重に歩みを進める葵には自然とこんな言葉が出てきてしまう。でも颯斗の心配をよそに、真剣な顔で頷く葵はどこか楽しげに見えた。慣れない行為が新鮮なのかもしれない。

「好きな食べ物、本当に分からないんですか?また食べたいなって思うものとか」

きちんと手を合わせて食事を始めようとした葵に、颯斗は懲りもせずにメニュー選びの際の話題を持ちかけ直した。

唯一颯斗が思い浮かぶのは、保健室で彰吾に与えられたというゼリー飲料。でも今聞きたいのはそういうことではない。

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