If Story

▽ side美智


いつものように応接室に現れた葵。呼び寄せると素直に腕の中に収まるのも変わらない。けれど、肌に触れた瞬間、大袈裟なぐらいに体を跳ねさせたのには驚かされた。

「どうしたの?」

物憂げと呼ぶには少し艶っぽすぎる表情。いくら敏感とはいえ、今はただ頬に手を添えただけだ。尋ねても、答えを拒むように首を横に振られてしまう。

美智が覚えた違和感はそれだけではなかった。先に抱くと宣言したのは自分だが、彰吾は文句一つ言ってこない。葵を抱くあいだも、一切手を出してこなかった。対面のソファに座り、こちらを眺める姿には余裕さえ感じられる。

葵の体を明け渡すなり喰らいついたから飢えていたことに違いはないはず。けれど、一度胸に湧き上がった疑念はそう簡単には消えない。

自由に外出できない生活を送る葵に、週末出会える可能性は皆無に等しい。ということは、今日昼休みまでのあいだに何かしらの接触があったと考えるのが自然だ。葵の体に一度抱かれたような形跡はなかったが、それに近しい戯れでもしたのだろうか。

「で、俺は葵との時間、何分もらえるの?」

彰吾が名残惜しそうに葵から体を離すタイミングで、そう問い掛けてみる。

「は?なんの話?」

美智にはあくまでしらを切るつもりらしい。動揺など微塵も見せずに返してきたところを見ると、追及されることは想定済みだったようだ。己の欲を抑えられなかったのか。それとも美智を出し抜きたいのか。真意までは分からない。

葵を問い詰めたほうが早い気もするが、彰吾のいる場ではひどく困らせることは目に見えていた。

「葵?授業戻れそう?」

ぼんやりと瞬きを繰り返す葵は、シャツの袖に腕を通すことすら億劫そうにしている。代わりに一つ一つボタンを留めてやるが、返ってくる頷きも心許ない。

けれど、“明日もまた”と誘いをかけると正面から視線が絡んだ。

「あの、明日は」
「ダメなの?なんで?」

葵に断られるなんて思いもしなかった。つい咎めるような口調になれば、葵の瞳に怯えの色が滲んだ。

「……颯斗と」
「あぁ、そう」

それだけで流れは察した。

食堂で彼を煽った自覚はある。美智の指摘で悔しそうに唇を噛んでいた彼は、罪滅ぼしでもするつもりなのだろう。今更葵とランチを楽しんだところでそれが何になるのか、美智にはさっぱり理解できない。

「葵は行きたいんだ?」

“俺たちと過ごすよりも”と言葉にせずとも圧を掛けると、ますます困った顔になる。

父親と過ごすことしかしてこなかった葵は、誰かを秤に掛ける経験をしたことがないのだろう。どうしたらいいか分からないと言いたげに美智を見上げ、そして救いを求めるように彰吾にも視線をやる。その仕草にもまた、美智は苛立ちを覚えた。

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