If Story

▽ 2


「今日は道が混むかも、って」
「あぁ、なるほどな」

車登校ゆえの理由に納得させられる。そういえば葵が転校してきてからこれほど雨が降るのは初めてだったかもしれない。遅刻を避けるために、かなり時間に余裕を持って家を出てきたのだろう。

「で、世話役は何してんの?」

葵がここにいるということは、当然颯斗も傍に付き添っていなくてはならない。でも彰吾がこうして葵と会話をしていても、割り込んでくる様子はない。周囲に視線をめぐらせるが、やはりこのホールに彼の姿は見当たらなかった。

「ジュース、買いに行っています」

葵は質問には答えるものの、やはり会話自体の経験値は相当低い。なぜ葵を残して呑気に買い物をしているのか。その理由までは一度で答えてくれないのだ。

そうして焦れったいやりとりを繰り返して引き出した情報をまとめると、どうやら颯斗は友人と試験の順位に関する勝負をしていたらしい。その賭けの対象がジュースであり、彼は友人と合流して買いに行ったということまでは理解できた。

「帰ってくんの待ってんの?」
「いえ。教室行っててって言われました」
「うん、じゃあなんでここで突っ立ってた?」

ごく普通の相手ならばスムーズに終えられるやりとり。でも不思議と苛立ちはしなかった。

普段は頷くか、首を横に振るかぐらいの反応しか見せないのだ。質問の仕方さえ気を遣えばこうしてある程度の言葉を発することがわかっただけで、彰吾にとっては随分な収穫だった。

「緒方さんと長谷部さんの名前、探してました」

ホールに残っていた理由を、葵はそう表現した。思いがけない答えに、不覚にも驚かされる。

「知ってる人、他にいないので」

なぜ二人の名前をという問いには、随分そっけない返事が返ってきて拍子抜けしたけれど、葵の狭すぎる世界の中にしっかりと彰吾が存在している事実は何ともいえない高揚感を生んだ。

ホールに置かれた背の高い振り子時計は、朝礼までまだ十分時間があることを示している。それを確認した彰吾は、また視線を壁に向けた葵の腕を掴んだ。

校内で人目を気にせずに済む場所は最初に葵を抱いた自習室や、今利用している応接室だけではない。

彰吾の歩調に合わせて小走りになっている葵を連れて向かったのは、校舎一階の端にある備品庫。倉庫の役目を担う部屋は校内にいくつもあるが、この部屋は使用頻度が極端に低いものばかりが収容されているおかげでほとんど人の出入りがない。

少し埃っぽいことが難点だが、この部屋で悪い遊びに興じる生徒はそれなりにいる。元は防災用と思しきマットの上で何が行われているか知ってはいるが、それをソファ代わりに使うことには何ら抵抗はない。

だが、隣に座るよう葵を促しても、彼は躊躇いを見せた。葵の育ちや、制服を汚せない事情を考えると、小汚ないマットに抵抗を覚えるのは無理もないのかもしれない。

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