If Story

▽ side馨


柾との面会を終えて帰ってきた葵は、予想通り疲れ切った顔をしていた。馨が家に居たことには驚いたようだったが、素直に腕の中に潜り込んでくる。心細かったのだとも思う。

「おかえり、葵。よく頑張ったね」

褒める言葉と共にキスを与えれば、葵の表情は途端に和らいだ。でも反対に馨は顔をしかめたくなった。葵の髪や制服から、あの家の香りが微かに漂ってくることに気が付いたのだ。柾の好む葉巻の匂いが混ざった独特のもの。

ただ会話をしてきただけなのは分かっているが、葵に施しているマーキングが上書きされたようで不愉快だ。とはいえ、柾への苛立ちで、今朝理不尽に葵を苛めたばかり。感情に任せて葵を浴室に放り込むことはしない。

それに使用人がダイニングに並べている葵のための昼食も、食べさせなくてはならない。今葵を抱けば、また食事を与えるチャンスを逃してしまう。

「昼食を食べたら、シャワーを浴びて柾の匂いを落としてきなさい」

頷いた葵を置いて向かう先は書斎。馨にとってはさして興味もない業務だが、葵との暮らしを継続させるには、柾の望む跡取り息子の体裁をある程度は整えてやらねばならない。

以前の馨は写真家として過ごし、藤沢家とも一定の距離を保っていた。柾の干渉が激しくなったのは葵が生まれてからのこと。一応は家庭を持った馨に対し、もう自由にはさせないと宣言してきたのだ。

無視をする選択肢もあったが、この世界には柾の力が及ぶ範囲があまりにも多すぎる。柾の支配から逃れるには、彼が弱るのを待ちながら、着々と力を付けることしかなかった。

「……あと少し」

馨はいつのまにか雲行きの怪しくなってきた窓の外を眺めながら呟いた。

柾はおそらく病を抱えている。彼の側近はひた隠しにしているが、馨には容易に察しがついた。すぐに命に関わるようなものではないようだが、年齢的にも彼は確実に衰えている。

だからこそ、葵の教育にも必死になっているのだろう。自身の命が途絶えた後も、藤沢家の繁栄が続くように、と。馨にしてみれば、馬鹿馬鹿しい願いだ。

順当に行けば、馨は次期トップに君臨する。その恩恵にあやかろうと馨に媚を売り、まとわりつく人間が年々うんざりするほど増えていた。帰国してからはそれが如実になった。息苦しくて堪らない。

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