If Story

▽ 2


セキュリティチェックを潜り抜け、辿り着いた藤沢家の本邸。馨は高校を卒業と共にこの家を出たと聞いている。そしてそれ以来、よほどのことがない限りはここに近付きもしない。

柾は帰国と同時にこの家で暮らすよう命じてきたが、馨は断固として拒否し、葵と二人きりの生活を選んだ。葵との蜜月を邪魔をされないように、という意図もあるだろうが、他にも理由はあると感じる。

それに、この家に拒絶反応を示すのは馨だけではない。屋敷を見上げ、強張った顔をする葵もそうだ。

聞いた話によると、葵は柾の手によって一時的に馨から引き離され、ここで生活をしていたことがあるらしい。その時の記憶がどの程度葵に残っているかは分からないが、葵にとっては相当恐ろしい日々だったに違いない。

柾の待つ部屋に案内され、葵から伝わる緊張はますます強くなる。

「座りなさい、葵」

ゆったりとソファに腰掛ける柾は、葵の動揺を気にも留めず自分の正面を顎で指し示した。ニコラスは颯斗と並び部屋の隅に控え、成り行きを見守る。

「試験結果は?」

葵が席に着くなり、柾はすぐに本題に入る。葵の緊張を解すような雑談の一つも振ってやらない。これでは葵が懐くはずもなかった。

「二十五位、か。悪くはない」

紙で渡された葵の試験結果への反応はまずまずのようだ。葵は試験の二週間前に転入している。一学年三百人弱いる中でその順位を取れただけでも、十分賞賛に値するだろう。

それに、試験期間中にホテルの客室に閉じ込められ、三日間陵辱されていたことを考えれば、奇跡のように感じる。家から自由に出られない葵にとって、勉強や読書をすることぐらいしか時間を潰す術がない故の結果でもあるだろうが。

「今回はまぁこのぐらいでいい。次からは十位以内は維持しなさい」

冷たく言い放つ柾の指示に、葵はただ頷いて答えていた。だがその仕草に柾が眉をひそめる。

「葵、お前は人間だ。口があるだろう。馨に何を言われていようが関係ない。きちんと言葉で返事をするように」

馨の教育により、相手が馨でなくとも頷きや首振りで返事をする傾向がある葵を見かねて、柾はそんな命令を与えた。でも葵は困ったように唇を噛み、そしてごくりと唾を飲み込んだ後、口を開いた。

「葵は、パパの、お人形です」

明らかに馨に仕込まれた台詞。大方、今朝の悪戯の最中にでも馨に命じられたのだろう。柾にそう言え、と。彼ら親子の諍いの火種にされた葵が哀れでならない。

たった一言で簡単に激怒した柾は、テーブルの上に置かれたコーヒーカップを力任せに薙ぎ払った。中身の入ったカップは絨毯が受け止めて割れることはなかったが、茶色い染みを作り出している。

もしも柾が勢いに任せて葵本人に手を上げることがあればさすがに止めに入るが、彼はそこまで愚かではない。あれはあくまで葵を脅しつけるパフォーマンスだ。

だからニコラスは、隣で反射的に葵の元に行こうとした颯斗を静かに制止した。

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