Happy Birthday Levi 25/12/2019
28 Silent Night Tea Time
※なんちゃってヨーロッパです。西欧文化に対するあやふやな知識、勘違いが多数含まれています。※
「停電?」
なまえの怪訝そうな声に、リヴァイは頷いた。
“25日、夜20時から21時まで一時間の間”と、その紙には書いてあった。雪にさらされていたのか、一部、インクの文字が滲んでいる。
「ああ。昨日の大雪でやられちまったらしい。早くに復旧したんだが、どうやら完璧じゃねえようだな」
昼に着くはずだったなまえの到着が遅れたのも、雪のせいだった。行きの電車が遅れ、乗り換えが遅れる。そうするとまたその電車も遅れていて……という具合に、玉突き式にスケジュールは遅延していった。結局、リヴァイの家の最寄り駅に着いた時にはすでに日が落ちかけていた。
長く駅のホームで待たされていたせいで、リヴァイの家に着いた時には歯の根が合わないほどに震えていた。挨拶もそこそこに熱いシャワーを浴び、ストーブの前でやっと人心地が付いたところだった。
吹きすさぶ雪の中で作業をする人たちを思い浮かべて、なまえはため息をつく。
「クリスマスなのに、気の毒ね」
キッチンで大きなボウルを洗いながら、リヴァイは「そうだな」とぼんやりした相槌を打った。
この国は祝日をとても大切にする。法律で祝日に働くことを規制しているくらいだ。この法律がなければ、きっとリヴァイは今日も働いていただろう。いつも朝早くから夜遅くまで、店の定休日以外はずっと厨房の中に篭りっきりなのだから。
「来るのが遅ぇから、余計にできちまった」
そう言うとリヴァイは白い粉に汚れたエプロンを脱いで、洗濯機へ放り込みにいった。
なまえはそっとキッチンを覗く。カウンターにはたくさんのお菓子が載った皿が並んでいた。星形をしたクッキーには、アイシングでレースのような模様が施されている。なまえは思わず顔をほころばせた。精緻な絵柄を描くのは、リヴァイの十八番だ。ほんのりと漂うスパイスの香りが食欲をそそる。
粉砂糖がまぶされたシュトレンは真っ白で、中の茶色いパン生地がまったく見えないほどだった。
「シュトレン、まだ食べてないの?」
「ああ、暇がなかった」
シュトレンはふつう、薄くスライスして、クリスマスを心待ちにしながら少しずつ食べていくものだ。なまえがリヴァイにねだって送ってもらったものなんて、一週間も前に食べ切ってしまったのに。リヴァイのシュトレンは、まだ大きな塊のままお皿に載っていた。
世間ではリヴァイ料理長の料理は芸術だ、なんて言われている。仕事で大勢の人の舌を楽しませているのに、リヴァイは自分自身の食事には頓着しない。リヴァイのそういうところを見ると、なまえは無性に寂しくなる
なまえは一番形の悪そうな星をひとつ、つまみ上げて口の中に放りこんだ。甘い砂糖にジンジャー、シナモン、オレンジピールの香り。
「おい、砂糖をぽろぽろこぼすんじゃねえぞ」
ポン、と小気味良い音が部屋に響いた。見ると、リヴァイがピルスナーの瓶の蓋を開けたところだった。キッチンカウンターに寄りかかりながら、くいと傾けて喉に流し込む。
「もう飲んでるの?」
「掃除もした。料理の用意もできた。後は楽しむだけだろ。……なあ、なまえ?」
大きな手がなまえの腰を抱いて、引き寄せる。あっという間もなく、リヴァイはなまえの唇に覆いかぶさった。
久しぶりの触れ合いだった。唇を食むように遊ばれ、舌でゆるゆると舐められると、砂糖と酒が混ざり合う。それだけで背中に甘い電流が走る。ベッドの中で彼が見せる切ない表情や、吐息を思い出して流されてしまいそうになりながら、なまえは、すんでのところで理性を振り絞って彼の胸を押した。
「待って。まだあれが残ってる」
なまえはもみの木を指さした。もみの木はまだ何の飾り付けもされておらず、裸のままのそれは、いささか居心地悪そうにキッチンの隅に横たわっている。
「それに、停電の前にご飯を食べちゃわないと……」
リヴァイは久方ぶりのお楽しみを中断されて、心底不服そうに眉をひそめる。が、結局仕方がないと言ったふうに肩を竦めた。
*
ツリーの飾り付けは上々だった。てっぺんのお星様に、キャンディケイン。くるみ割り人形、天使たち、煙突掃除のおじさん。陶器で出来たそれはひとつひとつが精巧で、それぞれに表情が違う。
「どこで買ったの? こんな素敵な飾り」
「寄宿舎のバザー。クリスマスは寄付が増えるからな。大抵こういうのは余るし売りに出される。古着のセーターを寄付されるよりはよっぽどいいが」
寄宿舎、というのは彼の生まれ育った場所のことである。彼は「クソみたいな環境だった」とよく言うが、その口調はいつも優しい。特に、共に育ったファーランとイザベルの話をするときは。
ツリーを飾り付けてしまうと、いよいよお腹が鳴り出した。リヴァイはキッチンに戻ってオーブンやら何やらをがちゃがちゃとやり始め、その間になまえは食卓のセッティングをした。
真っ白で清潔なクロスが、凪いだ湖面のようにテーブルに伸ばされる。やがてメインディッシュのガチョウのローストを初め、次々にリヴァイが皿を持ってきて、テーブルの上は料理でいっぱいになった。
リヴァイの作ったものはどれも美味しくて、幸福な味がした。美味いか?というリヴァイの問いに、口の中をいっぱいにしながら頷くと、彼も満足そうに笑った。
窓の外から笑い声が聞こえてくる。お酒が回ってきて、ふたりも無意味に顔を見合わせては微笑んだ。
「もうすぐ八時になるな」
なまえが空っぽになった食器を食洗機に突っ込んでいるとき、リヴァイがそう呟いた。
ありったけの毛布を出して、たっぷりのお湯を沸かし、大きな陶器のティーポットに紅茶を用意する。テーブルの上でポットにティーコゼーを被せると、ちょうどいいタイミングでパチンと電気が消えた。
遠くで聞こえていたクリスマスソングも、テレビの声も、その瞬間にふつりと途切れた。窓の外のイルミネーションも、街灯も消えて、辺りに本当の暗闇が訪れた。
自分が確かにそこに存在するのかどうかも分からないほどの濃密な闇と静寂。もちろん、向かいに座っているリヴァイの姿は見えない。けれど、リヴァイの薄い唇や、長い指が目に浮かぶような気がした。
きっと彼は、カップの縁をつまむあの独特な持ち方で紅茶を飲んでいるだろう。
マッチを手繰り寄せてキャンドルに火をつけると、ぼんやりとオレンジ色の光が広がる。リヴァイの鋭い瞳が闇の中に浮かび上がった。
「こう暗いと何もできねえな」
「ラジオでも用意しておけばよかったね」
「いや、たまにはこういうのも悪くない」
リヴァイの言う通りだった。
こんな静かな夜は、世間の喧騒やテレビが告げる不穏なニュースから、少し遠ざかって過ごすのがふさわしい。そんな気がした。スマートフォンも、今は鞄の中に仕舞ってある。
仕事や、友人たち。全部遠くにあって、今目の前にあるのは互いの存在だけ。感覚は鋭利に研ぎ澄まされ、相手の息遣いをいつもよりはっきりと感じる。
そっと、なまえの手にリヴァイの手が重なった。応えるように、温かい指先を握り込む。リヴァイの指の皮膚は硬く、所々ささくれている。冬も、夏も、年中冷たい水に手をさらして料理を作る男の手。
リヴァイはまるで戦っているみたいに仕事に打ち込む。働かないと生きていけないのは皆同じだが、彼の姿はどこか危うい。
リヴァイを見ていると、時折なまえは胸が絞られるような気持ちになる。決してなまえには触れられない、砂漠のような場所が彼の心の中にある。
なまえだって他の誰だって、そういう部屋を持っている。けれどリヴァイのそれはとても深いところにあって、決して他人に見せようとしない。どれだけ身体をくっつけあっても触れることすらできない。
「ねえ、リヴァイ。何か話して」
揺らめくキャンドルの炎を見ながらそんなことを考えていると不安になってきて、なまえはリヴァイにねだった。
「ああ? おとぎ話でもするか?」
「……じゃあ、"
真実か挑戦か
(
Truth or dare
)
"」
眉間にしわを寄せたまま、リヴァイはく、と喉の奥で笑った。"
真実か挑戦か
(
Truth or dare
)
"。懐かしい、ティーンエイジャーのお遊び。
「
真実
(
Truth
)
」
「リヴァイは、しあわせ?」
息を呑む気配がした。
「……ああ」
リヴァイは揺らめく光を見つめながら、小さく答えた。
言葉はいつも、思いを載せるには小さすぎる。言葉から溢れてこぼれるものの方が本体だ。でも、今夜はそれで良かった。
今日、二度目のキスは紅茶の味がした。夜は静かに更けていく。ベルガモットの甘い香りと、あたたかな空気に包まれて。
執筆者さんに応援
コメント
を送る。
コメント数:3
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -