Happy Birthday Levi 25/12/2019
05 冷たいキャンドル
クリスマスイブ。
皆が仕事を猛スピードで終えたため、17時を過ぎたばかりだというにもかかわらずオフィスには残り数人しかいなかった。
なまえは、課長のリヴァイが既婚者であるのに残っていたので理由を聞くと、明日の朝までに書類を作成しろと部長に急に言われたらしい。
それは、なまえのような平社員がやるような仕事であったが、二人いても少し時間がかかりそうな量だった。
リヴァイは急な仕事を、ましてやクリスマスイブに部下に押し付けるのは申し訳ないと思い、一人でやろうとしていたのだ。
なまえはなんとか自分も手伝いたいと説得した。
渋々受け入れたリヴァイは、なまえに半分資料を渡した。
「課長、これ私一人でも大丈夫ですよ?」
「俺が頼んでる側なのに先に帰るわけにはいかねぇだろ。」
リヴァイは給湯室へ向かって歩いた。
そんなリヴァイの余裕そうな態度に、逆に心配になったなまえは少し踏み込んだ質問をした。
「でも…課長、ご家族は…?」
「さっきメールしたから大丈夫だ。悪いな、そんなことまで心配させて。」
「いえ…。あ、ありがとうございます。」
リヴァイは二つ持っていた紙コップのうち一つを差し出した。
それは、リヴァイの自前の紅茶だった。
デスクへと戻る後ろ姿に、なまえは礼を言った。
「いや、こっちこそ、ありがとうな。」
椅子に腰掛けながらリヴァイは言った。
なまえは、リヴァイの部下になってから彼の表情の微妙な変化に気づくようになった。
リヴァイは今、少し微笑んでいた。
その微笑みに胸が高鳴るのを感じながら、なまえは活き活きと残業を始めた。
______________
なまえがリヴァイを好きになったのは、入社してリヴァイの課に配属が決まってすぐのことだった。
精鋭ぞろいの課であるという噂を聞き、ついていけるか不安だったなまえに、リヴァイは頻繁に励ましの言葉をかけた。
その優しさに触れていくうちに、なまえは思いを募らせていったのだ。
しかし、そんなある日。
課の全員がリヴァイの自宅に招かれ、飲み会をすることになった日。なまえは現実を思い知った。
出された食事はどれも美味しく、穏やかで愛情あふれる雰囲気のリヴァイの妻は、良き妻かつ良き母であるのだと思った。
リビングに並んだ家族写真の中のリヴァイは、会社では見せない、とても幸せそうな顔をしていた。
嫉妬心なんてむしろ、湧いてこなかった。こんなに完璧な夫婦で、家族で、付け入る余地なんてない。なまえは完敗だと思った。
その日から、なまえは影でこっそりとリヴァイを思うことにしたのだった。
______________
「みょうじ、あとどのくらいだ?」
「あと半分くらいです。」
「早いな。」
さすがに少し疲労を感じたなまえは、何か温かいものが飲みたくなった。
リヴァイが先ほどなまえに渡した紅茶はとっくになくなっていて、それはリヴァイも同様だった。
「課長、何か飲みますか?」
「…そうだな。紅茶を頼む、悪いな。」
「いえ。わかりました。」
紅茶にしろとは言われていないためいつも確認しているが、リヴァイはコーヒーが嫌いだと、同じ課でなまえの先輩にあたるペトラが言っていた。
なまえはそれを初めて聞いたとき、あの怖いイメージのリヴァイがコーヒーを嫌う姿を想像して、笑ってしまったのを思い出した。
リヴァイの自前の紅茶を使うことが許されているので、いつも通り、缶に入った茶葉を取り出し、ティーポットに入れた。
リヴァイに気に入ってもらいたくて、なまえは熱心に紅茶の美味しい入れ方を勉強したため、手順は完璧に把握している。
「うん…、いい香り。」
今回も、完璧に淹れられた。
なまえは自信を持って、リヴァイに紅茶を渡した。
「課長、紅茶です。」
「ありがとう。」
リヴァイは受け取ってすぐ紅茶を飲んだ。
飲み込んでゆっくりと息を吐き、リラックスしている様子だった。
「みょうじが淹れた紅茶が、1番うまい。」
「ほ、本当ですか?」
「あぁ。オルオに教えてやってくれ。」
なまえは嬉しくて、笑顔を隠せないでいた。
リヴァイはそれを見て、気持ち悪い、とからかった。
それに対してなまえはむくれて、謝るリヴァイに対してまた笑って、そんなやりとりが続いた。
そこから雑談をして、2人は穏やかな雰囲気の中仕事を再開した。
リヴァイはそんななまえの横顔を見て、柔らかく微笑んでいた。
______________
この状況になって、リヴァイは今までのどの誕生日祝いよりも歓喜した。神は確かにいたのだと思うほどに。
リヴァイは密かに、なまえに思いを寄せていた。
その理由はリヴァイ本人でさえ知らなかった。
なまえのしぐさや言葉、全てがリヴァイの心を揺さぶった。
一目惚れがこんなに自然なものだとは思わなかった。
しかし、リヴァイは既婚である。その思いを伝えるわけにはいかない。
そんなことは、わかっていた。
仕事が残りあと少しになり、なまえと過ごす時間も僅かだということに気づいた。
ふと、リヴァイはなまえにお礼ついでに何かプレゼントしようと思った。
食事というわけにはいかないが、ちょっとした物なら誠意が伝わるのではないかと考え、何にしようか迷った。
そして、以前寄った会社近くの雑貨屋を思い出した。
何気なく立ち寄ったそこには、たくさんのキャンドルが置いてあった。
その時、キャンドルを渡す意味を店員から聞き、なまえに渡したいと思ったのだ。
「おい、みょうじ。少し出てくるから待っててくれ。時間はあるか?」
急いでコートを羽織りながら支度をするリヴァイ。
その様子を見てなまえは意図をつかむことはできなかった。
「はい、ありますけど…。どうかなさいましたか?」
「野暮用だ。」
そう言ってリヴァイは走ってオフィスを出て行った。
取り残されたなまえは再び仕事に移るしかなかった。
______________
店に着き、少々乱暴にドアを開けると中はとても暖房が効いていて、外気に触れていた頬がとても冷たく感じた。
「いらっしゃいませ。」
「キャンドルはどこだ?」
「こちらになります。」
店員に導かれたどり着いたキャンドル売り場。
来たのはだいぶ前だったが、見た瞬間に記憶と一致した。
なまえに渡したいと思った、フレンチラベンダーの香りのキャンドルだった。
「キャンドルを贈ることには、“あなたと共に時間を過ごしたい”という意味が込められていまして、」
「すまない、その話は前に聞いた。急いでいるからこれと…これも、包んでくれ。」
店員の話を遮って、目当てのキャンドルともう一つついでに違う種類のものも選んだ。
「かしこまりました。少々お待ちください。」
できるまでの間、店内を見ようと思いゆっくりと歩き出した。
ティーカップなどの食器や、紅茶の茶葉が目にとまり、これらを共有したいと最初に思ったのはやはりなまえだった。
リヴァイにとって家族はもちろん大事だ。
それでもなぜ、なまえを目で追ってしまうのだろうか。
理屈ではないと言ってしまえばそれまでだが、やはりそうとしか言えないのではないか。
「お待たせいたしました。」
会計を済ませ、店員に礼を言って足早に店を後にしたリヴァイ。
早くなまえに渡したくて、来た時よりも早く走っていた。
______________
「待たせて悪かった。」
リヴァイがオフィスに戻り自分のデスクに向かうと、書類が全て積み上がっていた。
振り返ると、なまえはコートを着ている最中だった。
「俺の分もやってくれたのか?」
「はい。自分のが終わったのでやっちゃいました。」
「そうか…、すまない。ありがとう。」
「いえ…。」
遠慮がちに俯くなまえを、リヴァイはただ見つめた。
もしかしたら今が、チャンスなのかもしれない。
リヴァイは自分の思いが溢れてくるのを感じた。
抱きしめたい衝動に駆られ、手がなまえの方へと伸びる。
気づいたなまえは、その手の真意を探ろうとリヴァイの表情を伺った。
目があった2人の中で、時が止まった。
「みょうじ…」
名前を呼ばれて、なまえは吸い寄せられるように、半歩、リヴァイに近づいた。
しかし、リヴァイはそれを見て、なまえの半歩分後ろに下がった。
そしてなまえも冷静になった。
リヴァイは何かに耐えるように口を閉じて、目をそらした。
「なんでもない。」
言い訳の言葉もなくリヴァイは振り返り、デスクに置いた紙袋をなまえに渡した。
「今日の礼だ。助かった、ありがとう。」
「わざわざ、買ってきてくださったんですか…?」
「このくらいしないとバチが当たる。もらってくれ。」
受け取った紙袋は少し重たいが、予想がつかない。
リヴァイは自分に何を買ってくれたのだろうとなまえは思った。
「中身を見てもいいですか?」
「あぁ。」
紙袋を閉じたテープを剥がし、中身を取り出した。
なまえは嬉しそうにキャンドルを見ている。
「課長、ありがとうございます。こんな素敵なものをもらえるなら、毎日残業したいくらいです。」
そう言ってなまえはいたずらっ子のような笑みを浮かべた。
「今日は特別だ。そんなしょっちゅう買えるか。」
リヴァイは笑いながら言った。
誰が見てもわかるほどの笑顔だった。
それにつられてなまえも笑う。
話すことはなくなり、2人の間に少しの沈黙が流れた。もう、帰るときがきたと2人は思った。
名残惜しさを感じながら、先に口を開いたのはなまえだった。
「では、お先に失礼しますね。」
「あぁ。気をつけて帰れよ。」
「はい。」
なまえは一礼して、最後にリヴァイの顔を見た。
そしてすぐに振り返り、オフィスを出た。
その姿を見送った後リヴァイは、デスクに腰掛け、頭を抱えた。
なまえが自分に対して好意を持っているかもしれないと知り、恐ろしくなった。
歯止めが効かなくなりそうな自分の、未来が見えたようで。
思いを伝えるのはむしろ、簡単だ。
しかし伝えてしまった後では、既婚の自分には色々なリスクがある。
そのリスクに、なまえを巻き込みたくはない。
身勝手だとは思いながらも、辛いのは自分1人で大丈夫だと思うことによって自分を保っていた。
とっくに溢れた思いに、リヴァイは必死に蓋をして家路を急いだ。
______________
なまえは帰宅してすぐ、電気もつけずにリヴァイからもらったキャンドルを開けた。
叶うことのない相手からの、贈り物。
悲しい現実でありながらも、なまえは子供の頃にもらったどのクリスマスプレゼントよりも心が踊った。
早速使ってみようと思い、ライターを用意した。
これのために、帰りにコンビニで買ったものだ。
カチッと音を鳴らして火を吹いたライターを、そっとキャンドルに近づけた。
火が灯ると同時に、フレンチラベンダーの香りが部屋に広がった。
「いい匂い…。」
こんな暗い部屋でつけたら、なんだかドラマの演出のようで。その演出は効果を果たし、なまえはリヴァイと会社で共にした時間を思い出した。
「リヴァイ課長…」
キャンドルを渡す意味を、なまえは知っていた。
なまえもまた、リヴァイが行った雑貨屋に行ったことがあったのだ。
もしかしたら、リヴァイはその意味を知らずに買ったかもしれないとなまえは思った。それでも、少しでも可能性があると思えるだけで、それだけでよかった。
向こうの家族のことを言い訳にしても、なまえはずっと、リヴァイと2人で過ごす時間を夢見ていた。
上司と部下としてではなく、恋人としての時間を。
2人で雑貨屋を覗き、カフェで紅茶を飲み、家で甘い時間を過ごす。
温かくて、残酷な夢。
仮にリヴァイに気があったとしても、2人が結ばれることはない。結ばれてはいけない。
なまえは、腹をくくった。
明日からは、もう夢は見ない。
そうして火を消すと、闇はより深くなり、なまえを余計に部屋に埋もれさせた。
実際は、なまえの中にはリヴァイへの思いが溢れている。そしてそれは、リヴァイも同様であった。
2人の心は熱を保っているが、キャンドルは冬の寒さで熱を手放し、すでに冷たくなっていたのだった。
end.
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