Happy Birthday Levi 25/12/2019
22 雪降るマリアの情景
聖母は抱き締めた我が子に何を望んだのだろうか。
腕の中で産声を上げた、柔くて儚いその存在。
見上げてくる無垢な瞳が映す将来に、聖母が願ったものは?
◇◇
「うあぁあああ?!?!」
軽々と投げ飛ばされた青年の声が真冬の空に響く。青年の軌道を追いかけてなまえの視線も空へ向いた。
ドサリという重たい着地音と同時に、雪の潰れる音がする。お見事、と呟いた声はざわめく群衆にかき消された。
「相手の懐に入る時は重心を落とせ。基本中の基本だ」
身体が腰から折り曲がり、尻を天に向けるような間抜けな体勢の訓練兵にリヴァイが声をかけた。
意識はあるようだが、雪に沈んだ訓練兵は動かない。
『重心が高く、力を上半身に乗せがちなため勢いに欠ける。下半身の筋力強化、及び瞬時に踏み込むための瞬発力強化が必須』
寒さにかじかむ手でなまえは何とかペンを握り、少しぎこちないながらも気づいた点を書き留める。
「次はどいつだ?さっさと来い」
「「「…………………」」」
訓練兵の中でも一際大きな体型の青年が、平均よりも小柄なリヴァイの手により木の葉のように宙を舞ったのだ。意欲的に前へ出る者は誰も居なかった。
「時間の無駄だな。端のやつから前へ来い」
「ひっ……!!」
小さな悲鳴と共に、1人の青年が恐る恐る一歩を踏み出し、リヴァイと対面する。
先程の青年よりもやや細身の彼は、少しでもリヴァイとの距離を取ろうと腰を引くように構えた。
「おい、そんなに腰を引くな。体幹がブレるだろうが」
「は、はい……!」
「怖気付くな!敵を前にしてほんの一瞬でも迷えば殺られるぞ」
「!!……はい!!」
リヴァイの喝に押されて訓練兵が踏み込んだ。
突き出された拳を片手で払い、勢いの軌道を変えられて体勢が崩れた所へ容赦なく蹴りを入れる。
リヴァイのしなやかな蹴り技は、鞭のように訓練兵を薙ぎ払った。
『力の乗った打撃を出せるが、重心移動が未熟なためバランスを崩すと持ち直しが遅い。体幹強化に努めるべし』
書き終わり、資料から目線を上げれば次の訓練兵がリヴァイと対峙している。
瞬きのような一瞬で、あっという間に決着のついてしまうこの対人格闘を見逃さないようになまえは目を凝らした。
リヴァイとなまえは、数日前から特別指導のために北方の訓練兵団に来ていた。
数年前に最南端の突出区画であるシガンシナの壁が破られ、ウォールマリアの領地が巨人に奪われた。鳥籠の中で平凡な日々を過ごすことに慣れてしまった人類は、突然晒された命の危機に大いに混乱することになった。
活動領域の三分の一と人口の二割を失い、自分たちの過ごしていた毎日がようやく仮初めの平和であったのだと気付く事が出来たのだ。
しかしそれだけの犠牲を払った事実があっても、壁内の北方はどこか浮世離れした空気があった。
巨人が新たに現れるのは決まって南側。
ほとんどの巨人が南方の突出区画に集中する。そのため、北方の人類は兵士でも巨人と遭遇することなく天寿を全うすることが出来た。
さらに、東西南北全ての地区にある駐屯兵団や憲兵団と違い、調査兵団は最前線である南方の地域のみにしか存在していない。壁の外で戦う調査兵なんてものは、北方の兵士たちにとってはお伽噺のように現実味のない話だ。
そんなわけで、当たり前のように北方では訓練兵団も平和ボケしている。
所属兵科を決める時期が来ても、当然のように駐屯兵団か憲兵団かの選択肢しかない。基礎知識として調査兵団の存在は教えられているはずだが、実在するのかなんてきっとどの訓練兵も考えることはないのだろう。そんな現状が常に問題視されていた。
そこで、平和ボケした卵たちの意識向上と基礎訓練の練度底上げの為、調査兵団にとって閑散期と呼ばれる時期である冬季に、人類最強のリヴァイ兵士長が直々に北方の訓練兵団へ足を運ぶこととなった。兵士長補佐官であるなまえを連れて。
「ふう、終わった〜!」
一日の訓練が終わり、自室で報告書をまとめるために机に向けていた身体を伸ばす。
昼間のリヴァイによる訓練兵への体術指導の時に書いたメモは、次から次へと訓練兵を
伸
(
の
)
してしまうリヴァイに合わせて走り書きになっていたのと、寒さで思うように動かない指先も相まって、自分の字だが解読するのに少し手間取ってしまった。
無事に書き上げた報告書をしまうと忘れていた寒さが襲ってきて身震いする。また少し室温が下がったのかもしれない。このままでは寝付けそうにない。
給湯室でお湯を沸かして湯たんぽでも用意しようかと腰を上げた時、扉がノックされた。
「はい?」
「俺だ」
返ってきた返事に慌てて扉を開ける。私服のリヴァイがそこに居た。
「俺の部屋の方が少しは暖かいだろう」
当たり前のように自室に招く言葉に胸が跳ねる。
リヴァイとなまえは兵士長と補佐官であるが、兵服を脱げば恋人同士の関係だ。に
「えっと……今夜は行くつもり無かったので」
「あ?」
「報告書まとめるのに手間取ってしまって」
「大して夜も更けてねぇだろうが」
「でも、連日になっちゃう……」
今夜でここへ来て三日目の夜になる。
滞在期間中に過ごすための部屋が兵士長と補佐官にそれぞれ用意されていたが、結局昨日も一昨日もリヴァイの部屋で夜を過ごしていたためなまえの部屋の寝台では一度も眠っていない。
部屋は訓練兵の宿舎とは別棟の、教官たちが寝泊まりする建物にある。
寒冷地のため南方の兵団宿舎よりも断熱性と気密性に優れているようだが、造りが古い。教官たちと階は違えど、大きな音や動きがあれば多少なりとも伝わってしまうだろう。
関係性を気付かれている様子はないが、連日というのはなかなか後ろめたい気持ちになってしまう。
「日中にやるべき事はやってんだ。教官らにどう思われようが俺は気にしない」
「あ、ちょっと……っ」
一向に部屋から出てくる様子のないなまえ。ならばとリヴァイはなまえの部屋へ脚を踏み込んだ。
遠慮なく扉の隙間から身体を滑り込ませて来るので、思わずなまえは一歩後退り、招き入れる形となってしまった。リヴァイが後ろ手で鍵を閉める音が響く。
「なぁ、なまえよ」
「は、はい……」
やや苛立ちを含んだ声。思わずなまえは身体を硬くする。
「ここへ来る直前まで残務の処理に追われていたな、俺もお前も」
「そうですね……」
閑散期に入ると調査兵たちは一斉に長期の休暇を取る。休暇明けに仕事を持ち越さないために、各々が慌ただしく過ごしていた。
リヴァイとなまえは長期休暇ではないが、北方へ出向くことが決まっていたため、皆と同じようにそれぞれ仕事を片付けていた。
「その間は一度もお前を抱けなかった」
ぐっと腰を引き寄せられ、細身なようで筋肉量の多いリヴァイの、やや高めの体温が近くなった。
「足りねぇんだよ……」
「〜〜〜〜っ!!」
後頭部に手を回され、寄せられた耳元で囁かれる。ズクリと身体の奥が疼くのを感じた。
重なった視線の奥。リヴァイの瞳に宿っている確かな熱情はなまえをあっという間に侵してしまう。後はもう、求められるままに。
肌寒さを感じて目を開ける。
眠る時に感じていた体温が離れていることに気が付いた。くるまっていたシーツからなまえが顔を上げると、隣に寝ていたリヴァイがヘッドボードに背を預けるように座っていた。
何も纏っていない、均一のとれた身体が窓から差し込む月明かりに照らされている。
「外……明るい……」
寝ぼけ眼で問いかけ、なまえも半身を起こす。
窓から見える空は漆黒の色をしているが、照らされたようにやや青みがかっていた。
「寝ている間にまた雪が降ったらしい。もう止んでるが……月明かりが反射してるせいだろ」
リヴァイが窓の外へ視線を向けたまま答える。
なまえがふるりと震えると、シーツを引き上げて剥き出しの肩にかけてくれた。
「兵長は寒くないんですか……?」
「俺は結構、寒さに強い」
「どうして?」
深夜の静かな空気の中、二度寝をする気分にはなれなくてなまえはリヴァイの肩に頭を預けた。
サラリと流れ落ちる髪を、無骨なようでちゃんと暖かい掌が梳かす。
「さあな。……まあ、強いて言うなら、寒い日に生まれたからかもしれねぇな」
「……兵長は冬生まれでしたね。雪の降る日だったんですか?」
「降っていたとしても、地下街にいたんじゃわからねぇな」
「それもそうですね」
静寂の音がする。
当たり前のことだが、隣にいるリヴァイも赤ん坊だった頃があるのだ。人類最強と呼ばれる男がこの姿であることしかなまえは知らない。その男が今よりずっと小さくて柔らかい姿をしていて、この冷たい空気の中で生まれたことがどこか不思議でならなかった。
「兵長のお母さんって、どんな人だったんですか……?」
「なんだ?突然」
「なんとなく。兵長も赤ちゃんだったんだなーっと思って」
「はっ、そりゃそうだろうが……」
呆れたように笑うリヴァイだが、声色はとても優しい。
「はっきりとは思い出せねえが……綺麗な人だった」
鴉の羽根のように艶のある黒髪は、母親似なのだと話してくれたことがあった。
「あんなクソみてぇな環境で、苦労していたと思うが……」
地下街という、壁内でも過酷な環境の中で女手一つでリヴァイを産んだ女性。
「優しかった」
言葉は少ないが、リヴァイにとってはそれが全てなのだろう。母を亡くして過ごしている年月の方が長くなってしまった今、鮮明な記憶はほとんどない。それでも与えられた愛情は確かに覚えているのだ。
「
子供
(
ガキ
)
が欲しいのか?」
「えっ……?」
「なんだ違うのか」
「あ、いや、違うわけじゃないんですけど、でもまさかそんな……」
考えていなかったわけではないが、まさかリヴァイの方から問われるとは思っていなかった。
明日をも知れぬ身である以上、悔いのないように生きたかったが、それは未来を夢見ることを放棄しているようなものだ。
「今すぐには考えられない、かな」
「そうか。残念だ」
「え……?えっ?!なんて?!」
互いの心臓は人類に捧げている。兵士として生きているうちは、二人の間に命が芽吹くことはないだろうと思っていたのに。
予想外なリヴァイの言葉になまえは大きな声で聞き返す。
「おい、びっくりしただろうが……」
「あ、すみません……でも兵長!今残念って言いました?!」
「……ああ。まあ、こんなクソみてぇな状況で産まれてくる
子供
(
ガキ
)
のことを考えれば、お前の気持ちもわからなくはない」
壁の外へ出れば呆気なく命は踏みにじられる。その脅威たちは壁一枚隔てただけの向こう側で確かに息をしているのだ。そんな状況下で命を育むことは、自分たちと同じような道を子供に歩ませることになる。
「それでも、お前が
子供
(
ガキ
)
を抱いている姿を想像してみたら、悪くないと思った」
広がる雪景色にリヴァイは何を想うのか。深淵のような夜でも、雪は淡い月の光で辺りを明るく照らしている。包み込むような柔らかな光は、まるで子を抱く母のようだとなまえは思った。
自由のために翼を背負い、大切な者のために刃を握るリヴァイの手に、なまえは自分のそれを重ねてみた。
「……夜が明けたら少し付き合え」
「……はい」
ゆるく握りあった掌の体温は、溶けて混ざるように互いを暖め合っていた。
早朝。まだ教官も、訓練兵の誰も起きている気配がない時間帯。リヴァイとなまえは馬を走らせ真雪の道を進んでいた。昨夜に止んでいた雪は、朝方からまたシンシンと降り始めていた。
リヴァイが兵士長という肩書きを背負ってから何度も北方への出張の話は出ていた。話が出たのと同じだけ、リヴァイはそれを断り続けていた。理由としては、ただ単に気が乗らなかったからだ。
そもそも、自分一人が指導に向かったところで北方の平和ボケが解消するとは到底思っていなかった。
どれだけ訓練兵たちの意識を変えても、その先に待っている組織自体が腐っていてはなんの解決にもならないのだから。だからといって、その根腐れの中核を取り除くなんてことに時間を割く余裕もない。結局は貴重な長期休暇を棒に振ったとしても得られるものはないのだ。
「正直、兵長は何故今年はこの話を受けたのか不思議だったんですよね」
「私情を多分に含んでる」
「なるほど」
その多分に含んだ私情を果たすべく、とある場所に向かいながらなまえは今回の出張の意義についてリヴァイに進言していた。兵士長補佐官は遠慮がない。見て見ぬふりをせず、確実に核心を突いてくるその姿勢が評価されて、今リヴァイの隣にいるのだ。
「よくエルヴィン団長が許してくれましたね」
「費用に関しては、今回の件に限っては出向先持ちだからな」
「税金の無駄遣い……ああ、来期の予算申請が近いですもんね。使い切るのに困るほど潤っているなんて羨ましい。ご飯、豪華で美味しいし」
「どいつもこいつも、身体だけでなく頭まで肥えていやがる」
「確かに」
真っ白な景色の中で嫌味を飛ばす姿は滑稽だが、今回の意味のないお仕事は二人にとって適度に気を緩ませるのに最適だった。
小一時間ほど馬を走らせると、進んできた道は小さな森へ続いてた。
森の入口に馬を繋ぎ、足を踏み入れる。雪化粧を施された木々たちの枝は重みがありそうだ。
「頭上に気を付けろ」
「はい。……わっ!」
リヴァイの忠告のすぐ後に、なまえの肩に雪の塊が降りかかる。パウダー状だったため小さな衝撃だけだったが、水分を含むものが落ちてきたらこんなものでは済まないだろう。
なるべく枝の重なりが少ない所を歩き、しばらく進むとやや拓けた場所に出た。
「ここだ」
木々がまるで外界から隠すように取り囲んでいる場所に、一つの像がある。
背丈はリヴァイやなまえと大して変わらない、小さな石像だった。
近付いて積もる雪を払うと、現れたのはベールを纏った女性。なまえはこの女性に見覚えがあった。
「聖母マリア……」
「なんだ、知ってるのか?」
「ハンジさんが借してくれた禁書に載っていたんです。壁が出来る前に信仰されていたものだそうで……兵長はどちらで?」
「奇遇だな、俺もクソメガネに押し付けられた本で見た」
「まさか実物が残っていたなんて……」
大半が苔に覆われ、走る亀裂や欠けた様子に年期の入ったものだと感じた。壁の出来る前、つまり百年以上前に造られたものなのだろう。それだけの長い年月をこの森で過ごしていたのだろうか。
「百年前からここにあるにしては状態がいい。どこかにあったものがここに放棄されて、暫くは誰かが手入れしていたんだろう」
壁があってもなくても、何かを信じたい気持ちは同じなのかもしれない。
「兵長は、なぜこの像がここにあると知っていたんですか?」
「不本意だが、豚貴族共の噂話だ」
噂だとしても、その目で確かめてみたかったのだろう。それほどまでにこの像に惹かれていたということだ。
「……別に信仰心があるわけじゃない」
「わかっています」
リヴァイはマリア像を見つめ、一つ瞬く。
瞬きのようで、それはどこか祈りを捧げているようだ。
「母親ってのは、生まれた
子供
(
ガキ
)
に何を願うんだろうな」
まだ幼い日に別れてしまった母親から、明確に告げられたことなどなかったのだろう。確かな愛情は感じていても、所詮は別々の命。言葉でなければ伝わらないことも沢山ある。
聖母マリアは神の子を産んだとされ、産まれた子は指導者として多くの人間を導いた。マリアはそれを望んでいたのだろうか。
人類最強として多くの兵士を率いるリヴァイ。それは必然だったのか、それとも偶然か。母の願いの先にあったものなのだろうか。
「産んだことがないから……わかりません」
「まあ……そうだろうな」
「でも」
母から生まれた子は、母亡き後でも一人で生きていく。大地を踏みしめ、明日を見据えて。
「私がいつか、兵長の子を産んだらきっとわかると思います」
「……ならよかった」
聖母
(
マリア
)
を見つめるリヴァイの目は、とても穏やかだった。
◇◇
聖母は抱き締めた我が子に何を望んだのだろうか。あの時はわからなかった。
腕の中で産声を上げる、柔くて儚い存在。
見上げてくる無垢な瞳が映す将来に、
聖母
(
わたし
)
が願ったものはただ一つ。
この愛おしい存在が、どうか幸せでありますように。
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