Happy Birthday Levi 25/12/2019
20 ポケットの中身は?
クリスマスソングが聞こえ始める12月
1組の男女が寒空の下で馴染みのカフェテラスで
3ヶ月ぶりの再会をしていた
日も暮れ、ライトアップされた並木道やサンタクロースとトナカイのイルミネーションが瞬いている
そのカフェでも柊やリースの飾り付けでクリスマスを盛り上げており、2人の再会の様子を赤や金のオーナメントで飾り付けられたクリスマスツリーが見守っている
男性が話をしているが、頷く事はせず、
悴んだ指先をカップに添えている女性
いつもと違う様子に心配した男性が手を重ねて気を引こうとする
だが、その手から逃げるようにテーブルの下へその手を隠した女性
まるで触らないで、と言っている様に――
そして視線を上げることなく感情の無い声音で男性へ告げた
『…リヴァイ…私と、別れて。』
「…は?」
リヴァイと話しかけられた男性は我ながら間抜けな声が響いたなと思ったが、それを笑う暇がなかった
目の前の女性――なまえは座っていた椅子から立ち上がり、頭をリヴァイに下げていた
『…今まで、ありがとうございました。』
彼が呼び止める間もなくカフェテーブルの上にリヴァイの部屋の合鍵と紅茶の代金を置いて去っていったなまえの後ろ姿を見つめた
――なまえに言われた意味が分からなかった
リヴァイは約3ヶ月ぶりに日本に帰国し、10時間のフライトに耐えてやっと戻ってきた
ようやくなまえに会える日だと思い、顔には出ずらいが心待ちにしていた
それなのに――
「…どういう事だ…!」
呟いたリヴァイを待ち合わせ場所にしていたカフェテラスのクリスマスツリーが静かに見ていた
―――――――――――
――――
「……。」
あれから何度もなまえにメッセージを送っているが既読になるが返信が来ることはなく、10日が経っていた
電話もメールも無視
部屋に行っても出てこない
所属部署に行けば、溜まっている有休を消化する為に早めの長期休暇に入ってると聞かされた
それから早くて2週間が経った
(…何故だ…何故、なまえとの関係が拗れた? )
確かに"1ヶ月だけ"という海外出張が"あと1ヶ月だけ"を2回付け足され、
最終的に3ヶ月に延びたのはすまないと思っている
今までもお互いの仕事が繁忙期に入るとなかなか会えない日もあったし、
約束しても急に会えなくなる日もあった
メッセージや着信に気付くのは何時間も後になってから、なんて言うこともザラにあった
「…何故なんだ…なまえ…。」
出張先の異国で見つけたなまえへの
贈り物が入っている小箱を
縋るように見つめた
―――――――――――
――――
なまえとの出会いはこの会社での入社式だった
真新しいスーツを着込んだ新入社員が犇めき合う会場で隣の席だったのが――
「初めまして、なまえよ。」
「・・・リヴァイだ。」
その数日後の新入社員を集めたオリエンテーションで模擬プレゼンを行なう際に同じ班で再びなまえに再会した
――あいつは、基本いつも笑顔だ
話せばコロコロと表情を変え、相手の気持ちに寄り添い、意見を拾い上げる…
どんな大変な案件を上司がなまえに押し付けても、負けん気が強くて粘りに粘って提案書を完成させ、勝ち取ってきた
アイツと組めば、作り込まれた詳細な資料や見やすいパワーポイントの構成、同僚や後輩を気遣う細かな気配りに、先輩を敬う対応に仕事に対しても、なまえに対しても大きな安心感を得ていた
――もっとなまえの身近にいたい、今度は俺がなまえを支えたい
そう感じるのは必然だった
自分の気持ちを自覚したら猛アタックした
他愛のない事でも積極的になまえに話しかけ、些細な事でも少しだけでも良いからなまえの仕事の補佐や相談に乗ってやる
週末にはなまえを飲みに誘って、誰よりも身近な存在になろうと努力した
『…やっぱり私、リヴァイが好きだな…。』
何時だったか、酔い潰れるまで居座った居酒屋のテーブルに伏したなまえが呟やいた言葉だ
その隣で壁に背を預けて煙草を吹かしていた俺はなまえが言った意味がすぐには理解できなかった
酔ったせいで耳が都合の良い様に言葉を拾ったと思った
でも意味を噛み砕いて理解したら、口が自分の本音を漏らしていた
「…俺も、なまえが好きだ…。」
自分と同じ気持ちをなまえも持っていてくれた事に初めて神に感謝した
いつもの半個室の居酒屋で、
自分の独り言が聞かれていて、
返事が返ってくるとは思ってなかったのか驚いた顔をしたなまえ
ひとしきり驚いた顔をしたら1度視線を落とし、今度ははにかむ様に照れて顔を赤らめて俺に微笑む
俺は咥えていた煙草を灰皿に押し付けて壁から背を起こした
ゆっくりとなまえへと近付いてなまえも逃げる事はせず、上体を起こして俺を見詰める
どんどん距離が縮まったと思ったらそのまま自然と口付けを交わしていた
はじめてのなまえとのキスは柔らかくて、甘いくて少し薄いハイボールの味と俺の煙草の味が混ざり、
美味しいとは言えなかった
――だが、癖になる
その日を機に付き合い始め、同僚に恋人というステータスが付属した俺たち
休みの日にはお互いの家に行き、手料理を振舞って紅茶片手に映画を見て、寛ぐ
外でのデートは人目を気にして照れくさかったがなまえと色んな景色を見たくて泊まりがけの遠出もした
時には相手の体に触れ合って、お互いの存在と気持ちを確かめ合う様に寄り添って眠る事もあった
――そして、日が昇り週が明ければ仕事に戻る毎日
何年もそうして日々を重ね、お互いがかけがえのない存在になった時、俺の海外出張が舞い込んだ
――入社して3年目のはじめての海外出張
なまえは少し淋しそうにしながらも、空港まで来て見送ってくれた
"たった、1ヶ月の海外出張だもん。
…すぐ、会えるよ。"
そう言って連休があっても帰国はせず、
なまえを呼んで異国の地で会う事はせず、
お互いの仕事に精を出して頑張った3ヶ月
ようやく会えるともったら…
『――別れて下さい。』
冷たく言い放ったなまえの言葉が突き刺さる
何度目かの溜息がでた
――それに、不可解なことがある
なまえが所属していた部署が俺と同じだったのに、移動になっていた
同じ社内でも距離も離れ、仕事も別のものに――
(…俺がいない間…何があった…?)
―――――――――――
――――
「…リヴァイ、大丈夫?」
「…どうだろうな…。」
社内のリフレッシュルームへ久しぶりに足を伸ばしたリヴァイは偶然にも同期のハンジ会った
紅茶の缶を片手に最近の他愛のない話をしていたが、彼の目の下の濃くなった隈を気にされ、そう返せば眉根を顰められる
――なまえと連絡が取れなくなってから眠りがさらに浅くなってしまった
「一体、君達に何があったのさ…。」
「…そんなの…俺が知りてぇ…。」
気付いたらなまえから別れを切り出された事をハンジに話していた
「じゃあ…あんた達、別れたの?」
「俺は承諾した覚えはねぇ…。
…なぁ、ハンジよ…。俺がいない間、何か変な事はあったか?
…なまえはお前とも同期だし、今は同じ部署だろ?
何か、聞いてねぇか?」
「…変な事、ねぇ…?」
顎に手を添え、考え込むハンジを缶を揺らしながら待つ
冷えきった紅茶が喉を通るが、なんの味もしなかった
そういえば、と切り出したハンジが話し出す
「時期的にリヴァイが海外出張行った後だと思うけど――ルベリオ商社の常務のお嬢様がコッチに態々来て、なまえを呼び出しているのを見たんだ。」
「…なまえを?」
ルベリオ商社の常務とは打ち上げで何度か飲みに行った事はある
飲み会の席で自分の娘を紹介されたが、自分には恋人がいる、と伝えて断った
相手も残念がっていたが素直に引き下がった、様に見えた
それなのに――
なまえとその常務の娘がなんの話を?
「…話っていっても、そのお嬢様がなまえに突っかかっているような感じ、いちゃもん付けてるような…。
――あ。言っておくけど、すぐに止めに入ったよ?
彼女"大丈夫"と言っていたけど…
到底大丈夫だとは言えない顔をしていたね…。
なまえの雰囲気が話に触れて欲しくなかったみたいだから…落ち着くまで待ってたんだけど…。」
結局なまえから相談は無かった、と淋しそうにハンジが語っていた
「…これは私の勝手な想像だけど…。」
「…聞かせろ。」
チラリ、と伺うようなハンジの視線にリヴァイが頷けば、言い辛そうにしながらも自分の考えとその時の状況を元に仮説を立てる
――ハンジはこういった人の些細な仕草から心理と状況から判断する分析が得意だ
なまえと付き合いだしたのをすぐ気付いたのもハンジだった
「――先ず、あのお嬢様がリヴァイを狙っていた。
だが、リヴァイにはなまえという可愛らしい~恋人がいる。
それを妬んだじゃじゃ馬お嬢様がなまえに嫌がらせをはじめて、担当を変えろとか、対応が杜撰だ、とか言って上司に迫った…。
相手が取引先の常務の身内だから会社にも迷惑が掛かると思い、部署移動をなまえは願い出た。
――で、私の所に来たけど、
このままではリヴァイの仕事にも迷惑を掛けると思ったなまえは別れを切り出した…と、私は踏んでる。」
「…なまえから、部署移動を願い出たのか・・・。」
ハンジの話に耳を傾けていたリヴァイは新たな事実に溜息をついた
「そうみたい。なまえんとこの上司も困惑していたよ…。なまえは"次のステップに進みたいので"とか言ったみたいだけど…。上司にも現状を打ち明けなかったみたい。」
「…なまえなら…そう、考えてやりそうだな…。」
いつも自分の気持ちは後回し――
相手の、取引先の、周りの――
俺の気持ちを最優先する
それはあいつの美徳だ
でも――俺はもっと・・・
「…なまえの気持ちが、知りてぇ…。」
「…うん。」
「――なまえに触れてぇ…。」
「…うん。」
「――なまえの声が聞きてぇ…。」
「…そうだね。」
「――なまえに会いてぇ…!」
「会いに、行きなよ。」
ハンジの凛とした声が耳に届き、その言葉に驚いた顔で見上げるリヴァイ
椅子から立ち上がり、リヴァイを見下ろしている
――静かに、さも当たり前のような口調で
「…リヴァイ、なまえに会いに行くんだ。今すぐにでも。」
優しく語るように、説得するようにリヴァイの肩に手を置くハンジ
真っ直ぐに瞳を覗き込む
「なまえは今でもリヴァイを思ってるから、身を引いて・・・リヴァイの成功を、願ってる…。
でも、それじゃ駄目だ!」
さらに力が加わり、リヴァイのシャツに皺がよる
短い爪がリヴァイに少し食い込む
「今のリヴァイはなまえがいないとボロボロじゃないかっ…!
二人は出会ってからずっと一緒にいた…。
いたからこそ、仕事でもプライベートでも支え合って…
今まで乗り越えてきたんじゃないかっ…!」
「…ハンジ…。」
「…迎えに、行ってあげてリヴァイ…。
――その為に、買ったものも…有るんだろ?」
リヴァイに向けていた視線を1度ズボンのポケットの膨らみに向ける
視線だけでハンジが何を言いたいのか、何に気付いたのか察したリヴァイは目を見開く
――ハンジの観察眼もここまでくると恐ろしい
1度瞼を閉じたリヴァイは数秒後、ゆっくりと瞼を上げる
再び覗いた瞳には決意を宿した光が点っていた
「…ハンジ。」
「うん、任せて。
君の上司には上手く言っておくから。」
「…頼む。」
リヴァイの出だしの声だけで理解したハンジは大きく頷き、肩に置いていた手を退ける
塞いでいた前をリヴァイに譲り、今度はリフレッシュルームの壁に背を預ける
「…なまえがね…休暇に入る前こう言ってたんだ。
"最後にもう一度見たい景色を見てくる"
って…。
場所は、分かる?」
「…あぁ、分かる。…きっと、あそこだ…。」
そう言ってゆっくりと立ち上がったリヴァイに安心した笑顔を送り、見送るハンジ
歩き出したリヴァイは吹っ切れた様な晴れやかな顔で後ろのハンジを振り返る
「…ハンジよ、ありがとうな。」
「お礼はなまえと仲直りしてからにしてよ。…それと、車使うならなら体調は万全にしなよ?
事故を起こされても困るからね。
これ、フリじゃないから、ほんとに寝て。」
「…あぁ、了解だ。」
―――――――――――
――――
リヴァイに詳しい理由も言わずに別れを切り出したなまえは
有給休暇を使い、思い出の地を練り歩く
1日目は、いつもの待ち合わせで使っていた会社近くのカフェテリア
季節限定の時は甘いのが苦手なリヴァイにもお願いして飲んでもらった事があった――
2日目は、2人で休日に買い物に出かけた隣町のショッピングモール
衣替えで服や上着を探してプレゼントし合うのが2人の約束で――
3日目は、日帰りで出掛けた隣の県
そこには遠くまで続く花畑が有名な公園がある
旅行用に買ったカメラのシャッターを何度も切って現像した写真をお互いの部屋に飾った――
4日目は、少し遠出して1泊した温泉旅館
その古い街並みを同じ部屋の窓から眺める
色褪せてた紅葉に薄らと雪が積もっていて冬を感じさせた――
1日ずつ今まで訪れた街や施設を訪れ、あの時の思い出と再会していくなまえ
訪れて目に留める度にリヴァイとの思い出が去来して、何度も目頭が熱くなる
そして、最終日――
なまえが見たいと、行きたいとリヴァイに強請って2人で何度もやって来た――
1番思いれのある、海辺に隣接した遊園地
今日は朝から移動し、開園後を狙ってここまで来た
開園後、少し経って落ち着いた頃合いを見計らってからゲートを潜るなまえ
海辺という事もあり、海の生き物をモチーフにしたアトラクションが子供達を乗せて楽しませている
だが、アトラクションに乗ることはせず、1人園内を練り歩くなまえ
来園した人を飽きさせない様に所々水族館のように水槽が展示され、色鮮やかな魚が踊るように泳ぐ
それはこの遊園地の目玉にもなっているのだ
訪れている家族やカップルに視線を奪われ、その楽しそうな笑顔と正反対の暗い自分の表情になまえの気分はさらに落ち込む
―――――――――――
――――
「お待たせしました!」
『・・・ありがとう。』
木陰の下の木製のベンチに腰を下ろし、手に握られたワッフルコーンの上のバニラアイスクリームを見詰める
同じアイスクリームを食べても、同じメニューのランチも味を届けること無くなまえの舌に乗り、溶けていく
口の中に広がる旨みを感じること無く胃に溶けていく
(…全然、美味しくない…。)
――原因は分かってる
リヴァイが、隣に居ないだけでこんなにも世界が色褪せている
『…自分で別れを切り出して…傷付けたのに…。
勝手に…ショックを受けてるなんて…馬鹿だよね…。』
なまえの目の前を腕を絡めたカップルが通り過ぎる
男性の方は恥ずかしいのか照れたように顔を少し下へ
でも、口元には楽しげに笑みを浮かべてる
そして女性の方はよほど楽しいのか彼の方を見上げ、満面の笑みを浮かべている
そんな2人を眩しいものを見るように目を細めて見送るなまえ
(――リヴァイも…あんな顔、していた…。
…私も、あんな楽しそうな顔をしていたのかな…?
して、いたんだろうな…。)
溶けかけたアイスを食べきり、包み紙をぐしゃりと握り潰す
じくり、と目の奥が再び痛み出す
もう涙が熱いのか、泣き過ぎて痛いのか分からない
再び痛み出した目頭を優しく抑えて、落ち着くのを待った
―――――――――――
――――
さわさわと湿気を含んだ潮風がなまえの髪を揺らす
先程まで遊んでいた地元の子供たちは親に手を引かれ家路を急ぎ、
遊園地の隣の広場を後にする
一段と暗くなった海面と水平線の向こうに沈みかけている太陽とのコントラストがなまえの眼を刺激する
『…大っきいツリー…。』
暗くなってライトアップされた園内を奥へと歩いていたなまえは目的の場所に着いたのか歩みを止め、上を見上げる
潮風に晒された目尻は赤く腫れて、
薄く載せた化粧も落ちてしまっている
気分は最悪だが、クリスマスシーズン用に飾り付けされた園内は華やかで煌びやかだ
黄昏時になりライトが点き始め、瞬き始めた園内の木々と一際輝くクリスマスツリー
海に映えるようにホワイトツリーと水色、青を基調としたライトとオーナメント
波飛沫の様な透き通ったスワロフスキーの星屑と天頂の大きな星
ガイドブックにも出ているせいかカップルや家族連れが多い
幸せムードいっぱいの人々がさらになまえを惨めな気持ちにさせた
それもそのはず、今日は12月25日
――クリスマスなのだから
(…これだけ…これだけ乗ったら、帰ろう…。
帰って、全部忘れよう…。
この気持ちも、リヴァイのことも…。
――全部、無かった事に、雪みたく真っ白に…。
覆い尽くして、そのうちこの気持ちも溶けて、無くなるから――。)
自分の気持ちと決別するためツリーから目を逸らしたなまえは再び歩きはじめる
彼女がこの遊園地に来たら最後にいつもリヴァイと乗っていた大観覧車
海と大勢の人が住んでいる大都会、遊園地とここに繋がる大きな橋を一望できる眺望スポットだ
明るいうちは遠くの霞む山まで見えるし、夕暮れからは明かりが灯った100万ドルの夜景に変わった大都市を望める
その綺麗な夜景にデートスポットとしても人気で1周約18分の天空からの眺めに訪れた人達は息を呑むのだ
『…寒い…。』
気温がぐっと下がっても並ぶ人は多くなまえも最後尾につく
悴んだ手を擦り合わせ、少しでも暖かくなるように息を吹きかける
(――ったく…寒いなら、手袋ぐらいしろ…。)
『……。』
不意に以前リヴァイに言われた言葉が耳に蘇り、追いかけてくる
冬になり、なまえが寒そうにすれば呆れたようにしながらも手を握り、自分の上着のポケットに手を連れ込むのだ
(…リヴァイと一緒だと、暖かいね。)
(…そうか。俺も、なまえと一緒だから暖ったけぇ…。)
『…っ…。』
いつの日かなまえが言った言葉にリヴァイがそう返してくれた事があった
悴んだ手を瞼に押し付け、熱くなったそこを冷やす
毎年何度も言われたけど、どうしても手袋を付けたくなかった
可愛らしい手袋をプレゼントされたけど勿体なくて使えなくて、また飽きられて…
――その理由をリヴァイは気づいてるかな?
だって、
リヴァイの手に温もりに触れたかったから――
直接触れたくて、寒くても手袋をしたくなかったの…
―――――――――――
――――
「次の方、どうぞ!」
『…あ、はい…。』
観覧車のスタッフに声をかけられる
いつの間にかなまえの番が来ていたようだ
泣き顔をスタッフに見られないように俯いたまま、観覧車のゴンドラの扉に手をかける
なまえが乗り込んだことでゴトン、と少し揺れたが構わず奥の窓側の椅子に座る
役18分間の夜空の散歩が始まる…
リヴァイへの気持ちの決別の旅が始まる――そう思っていた
「あっ、ちょっと!?お客様!?」
『…えっ?』
スタッフの慌てた様な声に思わず変な声が出る
次いで人が乗り込んだ様な揺れがゴンドラを襲い、思わず入口のドアを振り返る
――ゴトン
「…悪いな、コイツの連れでな…。
このまま、出してくれ…。」
「しかし…!」
「――頼む。」
「…かしこまりました。」
『…あっ、待って…!』
――バタン、ギッ…
なまえの言葉も虚しくスタッフがゴンドラの扉は閉じ、鍵をかける
2人を乗せたゴンドラはゆっくりと上昇していく
「……。」
『……。』
2人が乗ったゴンドラを静寂包む
ギリギリでゴンドラに乗り込んだリヴァイはじっ、となまえを見つめる
視線を感じたなまえは気まずさで視線を外の絶景に逃がす
綺麗なはずの絶景なのに感動も出来ないまま、空気だけが凍てつく
「――なまえ。」
『……。』
「探したぞ。お前なら、最後に此処に来ると思った。
…当たって、良かった。」
『……。』
――ぎしっ
リヴァイが話しかけるがなまえは無反応だ
ただ窓から景色を見つめ続けるなまえ
彼女の反対側の入口付近の長椅子に座ったリヴァイはなまえを見続ける
「…何故、連絡を返さない?
家に行っても、居留守を使いやがって…。
…心配を、かけさせるな。」
『…っ別れたのに、心配なんて…。』
「俺は、了承した覚えはねぇ…!」
『…、…了承なんて、要らない…。
…私は…!』
「――本気じゃ、ねぇんだろ。」
『…っ、』
リヴァイの声がなまえの鼓膜を震わせ、
久しぶりに聞く声に涙腺が再び緩んで来る
涙が零れないように、
これ以上声を聞かないようにしていても
雨が土に染み込むようにリヴァイの声はどうやってもなまえの中に入ってくる
「すまねぇ…言い合うつもりで、此処に来た訳じゃねぇ…。
ただ俺の、言葉も聞いて欲しいんだ…なまえ。」
『……。』
「…俺は…お前が、一方的に嫌がらせを受けてたなんて…知らなかった。
お前は弱音を吐かず…誰にも相談せず、対処しようとした…。
…それは俺も理解できる…。
だが、なまえ…お前は間違ってる…。」
『…っ…。』
――ギシリ…
再び軋む音がして目線だけでリヴァイの動向を伺えば入口側から奥の窓
なまえの正面に座り直すリヴァイの姿
今度はなまえを真っ直ぐ見つめる
視線が合いそうになり、外の絶景に視線を戻す
「ハンジにも、上司に言えなくても…何故、俺に相談しない…?
迷惑がかかる?誰が迷惑だなんて言った…。
お前に相談されず、他のやつから聞かされる方が迷惑だ。
それとも…俺に相談出来ない程俺は、そんなに頼りないか?」
『…ち、ちがっ…!』
聞いたことの無いリヴァイの弱々しい声に思わず顔を向けたなまえ
眉根を下げ、悲しげに自分を見つめるリヴァイの瞳とかち合う
最後に会った時と比べリヴァイの薄くはなったが目の下の隈や、いつもより血色の悪い顔色に目を見開くなまえ
リヴァイも血色の悪い唇と頬、さらになまえの涙で腫れた目を見つめて息を呑む
2人の視線が互いに絡み、見たことの無い相手の顔に驚く
(…そう言えば、なまえの泣き顔なんて…見たこと無かったな…。
何回、泣いた?こんなに目を腫らして…。)
(リヴァイのこんな顔、はじめて見た…。
こんな、やつれた顔…どうして…?)
ゆっくりと膝に置いてあったなまえ手を握るリヴァイ
久しぶりに触れたリヴァイの温もりになまえの目から自然とボロボロと涙が零れる
それは先程、寒空の下で欲しいと焦がれた体温そのものだった
「…なまえ・・・。」
『…だめっ…リヴァイ…!
だめっ…私に、触っちゃ…!』
「――お前に、触れたかった。」
『…っう、…っ。』
「…顔が見たかった…声が、聞きたかった…。」
『…リ、ヴァイ…。』
「3ヶ月間…たった3ヶ月、お前が傍にいないだけで狂いそうだった…。
こんな弱音を吐く俺に、幻滅したか?」
ふるふる、と弱々しく首を横に振り溢れるなまえの涙を拭う
手は触れたまま、なまえの足の僅かなスペースに跪いて見上げてくるリヴァイ
――耐えきれなかった
築いた筈の心の壁がガラガラと風化する様に崩れ落ちるのが分かった
『…私も、会いたかった…。』
「…あぁ。」
『…リヴァイに触れたかった…。
…声が、聞きたかった…。』
「…なまえ…。」
恐る恐る、と言うようになまえの手がリヴァイの頬に添えられる
空いた方の手でなまえの手の上に重ねるリヴァイ
ひんやりと冷たいが、じわりとリヴァイの体温に馴染んでくる彼女の手
『…リヴァイが居ない間、心配させないように仕事に打ち込んでいたの…。
でも、いつもより上手くいかなくて…。
小さな事でミスを…何度も。
…それで落ち込んでいて、
――そんな時、あの人に…。』
「…常務の、娘か…。」
ポツリ、ポツリと零すなまえに頷き、相槌を打つリヴァイ
伝う涙を何度も優しく拭う
『"アナタは彼に相応しくない!"
"彼の成功を願うなら、身を引くべきよ!"
"どうして彼がアナタの恋人なの?"
…って言われて…こんな駄目な私はリヴァイの足を引っ張るだけだ…って、
別れた方がリヴァイの為なんだ…って…。
…そう思うようになって…。
リヴァイは海外出張でも活躍していたし、
難しい案件も解決したって…聞いて…。
リヴァイは凄いな、って…かっこいいな、って…悔しいな、って…。』
「…悔しい?」
疑問符を打つリヴァイの言葉に頷くなまえ
絡んでいた視線が下に向く
『…馬鹿、だよね。リヴァイが頑張ってるのに、仕事に集中出来なくてミスしているのは私なのに…"悔しい"、"辛い"って感じるなんて…。』
「…なまえ。」
『だから、こんな醜い私…。
…リヴァイに似合わないの…。
リヴァイは私が居ない方が、きっと…!』
「――なまえ…!」
『…っ…!』
がしり、と両肩をリヴァイに捕まれ無理に視線を合わせられる
怒りなのか悲しみなのかリヴァイの
灰青色の瞳の強い光に息を呑むなまえ
「…頼むから、そんな風に言うな。
"私が居ない方が"なんて…頼む…!
俺が、どれほどお前に焦がれていたか…。
お前をガッカリさせない為に、それだけを考えて…この3ヶ月、踏ん張ったんだ…。
そして、実感もした…。」
なまえの両肩を解放し、彼女の左手を両の手で包む
どくり、と鼓動が高なったのはどちらの方だろう
――リヴァイか、なまえか
それとも両方だろうか?
観覧車のゴンドラはどんどん上昇し、もう少しで真上の位置になる
眼下には100万ドルの夜景が瞬いているがリヴァイとなまえの瞳には相手しか写っていない
「…俺は…些細な事で落ち込むし、気になったら他の事が手が付けられなくなる…。
それに1度気付いたら、気になって仕事に支障が出るくらい厄介な案件を抱えてる…。
それをもう…どうにかしねぇと…。」
『リヴァイ…待って…ねぇ、待ってよ…。
言ってる意味が…。』
リヴァイが言っている意味が、その優しげな視線が分からなくてなまえは困惑する
待ってくれと頼むが聞こえないフリをしてくるリヴァイ
握られた手を離すことなく、さらに力を込めてなまえの手を握る
「お前と過ごした3年…その3年で俺は…人として一回り成長、出来たと思う。
まだ、詰めが甘いところはあるが…そういう時はお前が補佐をしてくれていたから結果も出たせた…。
だが…そろそろ、この関係に決着を着けねぇか…?
どう思う、なまえ…。」
『決着…。』
なまえはリヴァイの言った言葉を繰り返し、その意味を噛み締める
別れを切り出される――と確信した
当たり前だ、勝手に彼を遠ざけ傷つけたのだから…
こんな女、自分には相応しくないと思い当たったのだ
なまえの手に重ねていた自分の右手を上着のポケットへ入れる
中から取り出したのはロイヤルブルーのベロア素材なのか手触りの良さそうな生地で覆われた小箱
――そんな、まさか…
ドラマとか映画の見すぎだろうか?
リヴァイのポケットから出てくるはずの無い小箱を思わず凝視してしまった
その箱をなまえの手の甲をひっくり返し、柔らかな手のひらに乗せる
『…リヴァイ…。』
「…なまえ、開けてくれ…。」
リヴァイの手に導かれ、小箱の蓋部分に手を添えるなまえ
短い毛足が指先を擽る
――パカ…
小気味良い音がゴンドラの中に響き、中から顔を出したのは
『…う、そ…。』
「受け取ってくれるか?なまえ。
…お前のなんだ…。」
『…っ…。』
お前の、と言われた小箱の中には輝くダイヤモンドをあしらったプラチナリング
女性の指を華やかに演出する為にVラインのアームでダイヤと合わせるとハートの形に見える様なデザインだ
そして、センターダイヤの周りにメレダイヤと呼ばれる小さなダイヤが花びらのように集まる可憐なデザインの指輪だ
「俺には、なまえが必要だ。
同僚ではなく、恋人よりももっと傍に…。俺の妻に、家族になってくれ…なまえ…。」
『…そ、んな…嘘…。』
口元を抑え、再びボロボロと流れる涙をそのままに
小箱の中から覗くダイヤの指輪を見つめる
「今回だけで何度も泣かせてすまねぇと思ってる…。
今回だけじゃなくてこれからも泣かせると思う…。
だが、その分…いや、それ以上に
なまえを笑顔にさせると…
愛すると誓う…だから――。」
リヴァイの言葉に顔を上げてその瞳を見つめる
普段力強い灰青色からは想像がつかないくらい不安に揺れている瞳と視線が絡む
「なまえ…俺と、結婚してくれないか。」
『リヴァイ…。私で、いいの…?
こんな…私で…。』
「お前しか、いない…だから…。」
くい、となまえの手を取り左手の薬指に口付けるリヴァイ
ちゅ、と可愛らしい音を響かせ懇願するように見上げる
「ここに、この指輪を嵌めさせてくれ…。」
『…はい。お、お願いします。』
なまえの返答を不安げに聞いていたのが嘘のように
ホッとしたように眉根を下げるリヴァイ
跪いていた彼が立ち上がりなまえの隣に座り直す
ギシリ、と軋む音すら愛おしく感じ、触れた膝頭が擽ったい
リングケースから婚約指輪がゆっくりと丁寧に取り出される
1度リヴァイの手のひらに転がされ夜景の灯りに照らされて光るダイヤ
そのリングを見つめるなまえの左手を取る
一瞬だけ薬指の先端とリングの部分が触れ、その後スルスルと第一関節を通過し第二関節へ
そしてピタリ、と第二間接と第三関節の間で止まるリング
緩くもなくキツくもないまるでなまえの指に合わせたような一体感に緩くなった彼女の涙腺から雫が流れる
『…っ、リヴァイ…!凄く、幸せ…!』
「…向こうで買ったから不安だったが…。
サイズ、ピッタリだな…。」
指で煌めくリングを満足そうに眺めたリヴァイは
もう一度なまえの輝きが増した薬指に口付ける
「愛してる、なまえ…。」
『私も、心から愛してるよ…リヴァイ。』
重ねた手を引き寄せられゴンドラ内で抱き合う2人
リヴァイから何度も優しく額に、頬に、唇に口付けられる度になまえの眦から涙が溢れて伝う
『――あ、見て。雪・・・降ってきた…。』
「あぁ。…こりゃあ、積もりそうだな…。
珍しくホワイトクリスマスになりそうじゃねぇか…。」
『…クリスマス…。』
観覧車のゴンドラも地表に近付いていて来た頃、天空から舞い降りる白い結晶に気付くなまえ
リヴァイの言葉にはた、と気付き青ざめていく彼女の顔にリヴァイも驚く
「おいおいおい、どうした…なまえ…。」
『ど、うしよう…私、クリスマス――と言うかリヴァイの誕生日の準備…何も…!』
「…もう、貰った。」
『えっ…?』
困惑しているなまえをよそに、
再び薬指のダイヤに口付けて見つめる
ゴンドラは下に向い、2つ前のゴンドラから乗客が降りている――
「…今から、なまえの残りの人生はもう…俺の物だろ?
こんな贈り物、貰ったことはねぇ…。
最高の誕生日で…最高のクリスマスだ。」
『…リヴァイ。』
今度はリヴァイの左手の薬指を引き寄せ、口付けるなまえ
照れたようになまえの顔が赤く染まりリヴァイを見つめる
2人が乗っているゴンドラの1つ前の乗客が降りて
次は2人の番――
『Happybirthday リヴァイ…。
私を思ってくれて、ありがとう…。
ずっと、愛してる。』
「…なまえ…。」
とうとうリヴァイ達が乗るゴンドラにスタッフの手が扉にかかる
だが、スタッフが2人の様子に気付き、
気を利かせて扉を開けることはせず、
そのまま見送る
2人を乗せたゴンドラは再び夜空へと上昇し、
今度こそゆっくりと美しい夜景を眺める事が出来た
『…夜景、綺麗だね。』
「…あぁ、綺麗だ。」
『…ほんと、キレイ…。』
「あぁ。…本当だな。」
愛おしそうに指輪を撫でるなまえを見詰めどちらからともなく口を寄せ合う2人
【 ポケットの中身は…? 】
彼女のポケットには永遠の約束の秘めた指輪が
彼の空いたポケットには愛おしい人の温もり
握った手を絡めてもう、離さないから
―END―
Happybirthday Levi!
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