Happy Birthday Levi 25/12/2019
33 聖夜の大清掃
カレンダーに勢いよくバツ印をつける。時刻は深夜0時を回った所で、12月24日が終わった。
「今日はクリスマスよ、なまえ」
わざとらしく大声で。もちろん、返事などない。全てなまえの独り言。
「今年はミサに行けないけど……せめてクリスマスのご馳走を作るね。なんと……マカロニチーズ!私の大好物じゃない?レンジで簡単!電気に感謝!」
そして、ため息。
閑散としたハイスクールのカフェテリア。二つある扉と大きな窓の周りには、机や椅子で積み上げられたバリケード。なまえはカレンダーにバツ印がついた分だけ、ここに一人でいる。バツ印は四つ。
四日前──
なまえはいつものように、車で弟であるエレンをハイスクールまで送って行った。来客者用の駐車場でエレンを降ろし、再びエンジンをかけた時。
数人の生徒らが駐車場に向かって、逃げるように走って来た。チアリーダーやアメフトの選手もいた。一様に顔は恐怖で戦き、青ざめて。
ただならぬ空気を察したなまえはすぐにエンジンを止め、車から降りる。波が打ち寄せるように向かってくる生徒らの間を縫って、今しがた校内に入って行ったエレンの姿を探した。
「エレン?!エレン、どこなの?」
弟からの返事は無い。その代わり、騒動の原因はすぐにわかった。
「ひっ……!」
絶叫の真っただ中には、ヒトを喰うゾンビの姿があった。紛れもなく、それはゾンビだ。どうしてゾンビは一目見てゾンビとわかるのか。異形の形相で一心不乱に人肉に歯を立てる姿は、ハロウィンの出し物でもなんでもない。
混乱した人ごみに飲まれながらも、なまえはハイスクールの奥へ奥へと逃げた。そしてたまたま行き着いたのが一階のカフェテリアで、そこにはなまえ一人だったのだ。
荷物も何もかも車に置きっぱなし。唯一の救いは非常用電源が生きてくれていたお陰で、厨房スペースの電子レンジが使えること。救出の気配は未だゼロ。
「メリークリスマス」
レンジで5分のクリスマスのご馳走。なまえは一人っきりのカフェテリアで、塩気の足りないチーズにフォークを立てる。食糧が尽きるのが先か、なまえが正気を失うのが先か、はたまたなまえがゾンビに襲われるのが先か。
今日もバリケードの外の気配に怯え、ただ過ぎる時間に耐える一日が始まる。そう、思っていた。
「……良い匂いだな」
低い声が響いた。なまえ以外の声だ。ゾンビの唸り声でも無い。唐突なヒトの声に、なまえはマカロニを喉に詰まらせかける。
「上だ、上。顔を上げろ」
頬を膨らませたまま、なまえは視線を持ち上げた。
厨房スペースに続く天井には、排気ダクトが通じている。ダクトの入口は人の顔が見えるくらいの大きさで、鉄の格子で蓋がしてあった。声は、そこから聞こえるのだ。
「誰か……そこにいるの……?」
「俺がゾンビに見えるか?ああ、まぁ、そっちから全身は見えねぇな」
鉄の格子の間から、薄っすらと見える灰色の瞳はゾンビには見えない。
「お前、どこも噛まれちゃいねぇか?」
なまえは勢いをつけて二度、頷いて見せる。しかしなまえが頷く様子まではダクトの中から見えないようで「返事をしてくれるか」と声が響いた。
「……怪我はしてないわ。ずっと、一人で隠れてたの」
「そうか。ここだけ内線が切れていたから様子を見に来た。今すぐ下へ回る。カフェテリアの入口は開いてるか?」
「私がバリケードを積んでて……」
「俺が合図したらすぐに開けられるようにしてくれ。それまではお前も中から警戒を怠るな。奴らがいつ襲ってくるかわからねぇ」
「わかった」となまえが返事をすると、鉄格子の間から見えていた瞳は消え、ダクトの中で布が擦れる音が響いた。腹這いになって移動しているようだ。
(誰だろう……生きてる人だった。誰でもいい、助けてくれるなら)
ほどなくすると扉の外から足音が響く。廊下はリノリウムのビニール製だ。分厚いブーツがきゅっ、きゅっ、と合図をするように近付いてくる。途中で急に早くなる。追いかけてくるような、ベタついた音も響く。
「……今すぐ開けるから!」
なまえが叫ぶ。しかし外からは「まだ開けるな!」と返答があった。音だけがなまえに届く。窓が割れている。ゾンビと戦闘しているのだ。
カフェテリアの窓に何かが飛んできた。血のついたモップだった。
「開けてくれ。もう大丈夫だ」
震える手でバリケードを崩し、なまえは四日間閉じたままだった窓を開いた。彼は廊下からひょいと窓を飛び越え、カフェテリアの中に入るとまた窓を閉めた。
「あなたは……」
「リヴァイ・アッカーマン。ここの清掃員だ、ご覧の通りな」
肩に担いだモップの先は赤く染まっている。
「わ……私はなまえ・イェーガー。ここの、
10th grade
(
ウォール高一年生
)
の……エレン・イェーガーの姉で」
「エレン?知らねぇな。噛まれてねぇ学生と教師の一部は体育館に避難している。俺は見回りをしてたとこだ」
このパンデミックは校外には広がっていない。初動対応が早かった政府が、学校の入口を閉鎖したのだ。
校庭や中庭には出られるが、今や生きたリヴァイ達も門の外には出られない。
「まさか……」
「だが救援は来る。体育館に行けば助かる見込みはある。ついて来い」
本当にただの清掃員なんだろうか、となまえの中には僅かな疑問が浮かぶ。確かにハイスクールの清掃員らしいブルーのツナギを着ているし、格好だけで言えば間違いない。
しかし捲り上げた袖から見える腕の筋、襟から覗く首筋には、美しさすら感じる筋肉がついている。目付きもどこぞのマフィアみたいだ。
「リヴァイ……って呼んでいい?」
「ああ。行くぞ、なまえ」
親指を廊下の方へ向け、リヴァイは再び窓を跨ぐ。外は戦場だ。
廊下にはすでに数体のゾンビが伸びて倒れている。今しがた、リヴァイが倒したのだろう。なまえが窓を乗り越えようとすると、リヴァイは意外にも自然と手を差し出した。リヴァイの手のひらと肩に体重を預けながら、なまえも廊下へと降り立つ。
非常用電源が生きてるとはいえ、廊下の電気は点いていない。朝の薄暗い学校の廊下はそれだけで気味が悪い。
「リヴァイ……ごめんなさい、ちょっと、待って」
彼は当たり前のようにモップを肩に担いでいる。なまえはモップとは反対側のリヴァイの服の袖を、ちょんと摘まんだ。
「怖いのか」
「怖い……だって、どこからゾンビが出てくるかもわからないのに」
服の裾を摘まんでいた小さな手を、リヴァイが握る。急に繋がれた手に、なまえはリヴァイを見上げた。
「奴らが出て来たら俺の後ろに隠れろ」
「わかっ……た。ありがとう」
手を繋いで歩き出す。リヴァイの手は温かいわけでは無い。ただ、数日ぶりに触れる生きた人間の感触は、それだけでなまえを安心させた。
「ねぇリヴァイって本当は」
「シッ」
リヴァイは繋いでいた手を離して、なまえの口を塞ぎながらすぐ傍にあったロッカーを開いた。掃除用具入れのロッカーだ。大人二人がギリギリ入れる。
なまえが先に押し込まれ、次いでリヴァイもロッカーに入ると扉を閉めた。
「奴らだ」
人差し指を立て、ジャスチャーだけで「静かに」とリヴァイは促した。ほどなくすると、廊下の窓が割れる音が響く。
またあの音だ。廊下を引き摺るベタついた音。唸り声も聞こえる。二人が閉じこもったロッカーのすぐ側に、ゾンビが通り過ぎる。
「っ……!」
ロッカーの隙間から、ゾンビの姿は確認出来た。背の高いチアリーダーとジャージを着た男子学生。ずっと隙間を見ていたら目が合ってしまうかもしれない。しかしなまえは、瞳を閉じることが出来無かった。
体は震えている。リヴァイがなまえの肩に手を回した。抱き寄せていた。大丈夫だ、という風に背中を撫でる。震え、硬直していた体を僅かに動かしたなまえはリヴァイを見上げた。目が合った瞬間、リヴァイはなまえの額にキスをした。
「通り過ぎてった。もう少しの辛抱だ」
ついさっきリヴァイは、ゾンビが現れたら「後ろに隠れろ」と言っていたのに。でも腕の中の方が余程安心する。
リヴァイが触れた額を、なまえは彼の胸のあたりに押しつけた。
「……もう行っちまったようだな」
ロッカーの扉をほんの少し開いてからリヴァイは呟いた。
「どうした?このままの方がよかったか?」
いたずらに口角を上げたリヴァイと目が合う。なまえは「違う」とすぐに訂正したが、出来てはいないだろう。
外へ出るとどちらからともなく、再び手を繋いだ。繋いだ手と手の距離は、ロッカーに入る前よりも近い。
「割れた窓から外に出る?」
「いや。屋内の方が戦闘には有利だ。外で奴らに囲まれた方が、こっちの分が悪くなる」
「そういうものなんだ……」
「ああ」
再び二人は薄暗い廊下を進む。所々にペイント弾でも乱射させたかのような血痕や、脚の曲がった机が散乱していた。
廊下の突き当たり。丁字路になった場所で、リヴァイは腰を落とした。モップを構え、なまえにも腰を落とすように目配せする。
「……いる?」
「いや。今の所大丈夫そうだ」
体育館へはこの丁字路を左に曲がり、中庭を抜けるとすぐの場所にある。ゴールは近い。
「一つ気になる事がある」
「気になる事?」
慎重に何度も左右を確認するリヴァイ。右に曲がると吹き抜けの階段があるのだが、そちらの方を気にしていた。
何が気になっているのだろう。
なまえがもう一度リヴァイに声をかけようとした時、呻き声が聞こえた。他のゾンビらと少し違う、甲高い、人間で例えるならテンションが高いように聞こえる籠った声。
「なまえ、そこのマスターキーが取れるか?」
「マスターキー?」
消火用ホースなどが収められた赤いボックスの中に、斧も収められている。これがマスターキー。
リヴァイは階段の方から視線を動かそうとしない。なまえが
マスターキー
(
斧
)
を取り出してリヴァイに手渡すと、彼は視線はそのままに斧だけを受け取った。
一層甲高い呻き声が響く。どうやら足音は二つ、階段を降りてきている。
「やっぱり奴らか」
警報のように階段で足音が鳴り響く。
駆け下りて来る二つの影。一人はドクターのような白衣を着ていて、もう一人は背の高い金髪の男性だった。
「エルヴィンとハンジだ!」
そう言ってリヴァイは斧を投げた。階段の少し手前にある、防火用シャッターに向かって。天井近くにあったコントローラーの小さな箱には、斧が突き刺さる。
「誰?」
「ここの教師の奴らだ。行くぞ、奴らは他のゾンビより頭がキレる」
シャッターの足止めは気持ち程度のものなのだろう。
リヴァイはなまえの手を取って走り始める。後ろからすぐに、シャッターを開けようとする音が響く。
「走れ!」
廊下を抜け、中庭へと飛び出した。夜が明けようとしている。空の縁取りが淡い赤だ。細い朝陽に照らされた緑が目に眩しい。
エルヴィンとハンジはリヴァイの言う通り、すぐに追って来ていた。彼等の後ろからは生徒らしき他のゾンビも着いて来ている。
「は……早く、体育館に」
「表は駄目だ。入口が突破されちまえば、中にいる他の奴らに被害が及ぶ」
「どこから入るの?!」
「こっちだ」
体育館はもう目の前。
リヴァイは裏口へと回る。裏口の扉の側にはハシゴがついていて、そこから体育館内の、応援などをする二階部分へと上がれるのだ。
ハシゴに手をかけるにはなまえもリヴァイも少し身長が足りない。リヴァイはハシゴの前に着くと、すぐになまえを持ち上げた。
「足をかけられるか?」
「んんっ……!いける!」
リヴァイはなまえを支え、なまえが順調に登り始めてから、自身もハシゴに飛びついた。リヴァイは飛び上がっただけで、ハシゴに手が届いた。
「急げ、奴らが追い付いてきた」
ふいに視線を下げると、ハシゴのすぐ下にはハンジとエルヴィンの姿があった。リヴァイは一度モップを投げつけたが、まるで効果は無い。
エルヴィンがハシゴを掴んで揺らしている。二人は窓から体育館内へ転がり込み、リヴァイはすぐにハシゴを壊して下に落とした。
「モップ……落としちゃったね」
弾んだ息を整えながら、なまえはハシゴの下敷きになったモップを見やる。
「もう必要ねぇ。体育館には新しいモップがある」
体育館内にも非常電源が生きていたのか、中は明るい。生きた人の気配で溢れている。窓から飛び込んで来た二人を見て、すぐに駆けつけて来たのは。
「エレン!」
「え、あ?姉ちゃん?!」
「エレーン。お前の姉ってのは、なまえだったのか」
三者が三様に互いの顔を見合わせた。
「リヴァイ、エレンのこと知らないって言ってなかった?」
「エレンは知らねぇ」
「え?」
「いや……まさかリヴァイさんが姉ちゃんを助けてきてくれるなんて。やっぱりあの日、学校内で巻き込まれてたんだな。連絡つかねぇから心配してたんだよ」
エレンがなまえに向かってそう言うと、なまえは「スマホも全部車の中だったの」と困ったように肩をすくめた。
「今ちょうど、政府側と連絡がついたんです。
SWAT
(
特殊部隊
)
を派遣してくれるらしくて、体育館内の俺達はすぐに校外に出してくれるそうです。ゾンビ化した他の人達にも、処置が施されるそうで……」
今度はリヴァイに向かって言うと、リヴァイは「そうか」といささかほっとしたようなため息を零した。
そこからは早かった。
完全武装した
SWAT
(
特殊部隊
)
の誘導で、なまえ達はすぐに校外へと脱出。
校門の前には駆け付けた保護者や関係者、パトカーに救急車、更には
ベアキャット装甲車
(
(装甲車両のこと)
)
の類までが集まり、喧噪で溢れていた。
救急隊に薄い毛布を一枚渡されたなまえは、それを羽織ってエレンと一緒に両親からのハグの嵐を受け入れた。閉鎖されたハイスクールでパンデミックに見舞われた娘と息子を、カルラとグリシャは文字通り死ぬほど心配していたのだ。
サイレンの赤い光がチカチカする隙間から、なまえはリヴァイの姿を見つけた。
「ごめんママ、私ちょっと行ってくる。助けてくれた人にお礼が言いたいの」
カルラとエレンが「一緒に行こうか?」と身を乗り出したが、なまえは「待ってて」と言ってリヴァイに近付いた。
「……リヴァイ」
「両親には会えたか?」
「うん。すごく心配してた」
「だろうな」
リヴァイの視線は校内の方にある。どこか遠い目で見つめる様子に、なまえはリヴァイの二の腕の辺りにそっと手を置いた。
「心配?」
「まぁな。俺がモップで殴っちまったところが、酷くねぇといいが……ゾンビ化した奴らの救出には、もう少しかかるらしい。誕生日パーティーは延期だ」
「誕生日パーティー?」
「さっきの……ハンジとエルヴィンと、あと何人かで。クリスマスは毎年、俺の誕生日を祝うパーティーとやらをやってたんだが」
ふん、と鼻で笑いを零しながらリヴァイは口角を上げる。心配や寂しさが、一緒くたになった様子だった。
「あの……ねぇ、リヴァイ」
二の腕に触れていた手を撫でるように下げて、なまえはリヴァイのてのひらに触れた。
「うちはクリスマスは毎年、家族でお祝いをしていたんだけど」
「どこも大抵そうだ」
「こんな日だけど……こんな日だから。今夜は家族で祝えないって、ママ達に言ってこようと思うの」
なまえの視線が泳ぐ。パトカーの青いボディと、リヴァイの青いツナギとが、交互に目に入った。
「いいのか?」
視線を伏せるようにして頷いた。
毛布の合間に埋もれてしまったなまえの頬を、リヴァイの冷たいてのひらが撫でる。視線が絡んだと同時に、二人は唇を重ねた。
「リヴァイの誕生日をお祝いしたい」
キスの合間になまえが呟く。
リヴァイはなまえの頬を両手で包みながら「エレーンとお前の両親に、今夜はお前を借りるって挨拶してこねぇとな」と笑った。
--end--
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