Happy Birthday Levi 25/12/2019
25 ターコイズの愛みたく
貴方の瞳には、何が映っていますか?
愛? それとも悲しみ?
貴方はたくさんの出会いと別れに立ち合い、そして見届けてきたね。
振り向かず真っすぐ前を見る目、決意を宿したその双眸は、あなたの生き様のよう。
そう。
リヴァイ兵長、貴方はまるで、ターコイズのような人。
――――――――――――
“ねえ、ターコイズって知ってる?”
いつだったろう。
まだ春特有の暖かく、そして眠気を誘う空気。しかし着実に季節が夏へと、歩み始めた頃だったか。
兎に角リヴァイの命令で、ハンジの研究室の整理を手伝っていた時だったと、なまえは記憶している。
休むことなく手を動かすなまえを余所に、ハンジは呑気に椅子の背にもたれて、グっと背筋を伸ばしながら聞いてきた。
聞き慣れないその単語に、彼女は一瞬掃除の手を止めるも、このままハンジの話に付き合っていては、いつまでも部屋が片付かないと、山積みになっている本の山に手をかける。
「宝石の1つらしいんだけどさ」
相変わらずのマイペースぶりだ。
なまえが話に乗ってこなくとも、ハンジは先日自分が宝石商の男から聞かされた話を、特に興味があるようにも見えない顔で話し始めた。
晴れ渡る空の碧色で、宝飾品にもよく使われている石。
碧─────
この言葉になまえは忙しく動かしていた手を止め、初めて興味を示した顔をハンジに向ける。
一つだけ気になる“石”があった。
それが宝石なのか何なのか分からないが、たった一度、目に触れた碧色をしたそれは、なまえの心に入り込み、記憶のどこかに紛れ込んでいたようで。
偶然とはいえハンジの言葉に、時を待つように潜んでいた記憶は、なまえを再び囚えていった。
気になってきた? と、ハンジは含んだ笑みをなまえに向け、自分の隣の椅子を引き、座るようにトントンと指で座面を軽く叩く。
今思うとハンジのその笑みは、近く訪れる“ある日”を予感してのものだったのかもしれない。
可愛い後輩と、不器用な友人。
二人の距離を縮めるための、もどかしくも、大切な第一歩。
そのきっかけを、やっと作ってあげられると、ハンジはゆっくりと語っていく。
「今も言ったけど、綺麗な碧でね。で、その石は王都でとても流行っているんだって」
「色が綺麗だから、ですか?」
「いやいや、護り石の意味もあるとかで、特に兵士を恋人に持つ女性に、人気があるんだってさ」
「護り石…ですか」
片付けの手を止めただけで、結局は椅子に座らず、ハンジの横で考え込むような仕草を見せるなまえ。ハンジはそうそうと頷きつつも、すぐにでも作業を再開しそうな彼女に、真面目だなぁと苦笑してみせた。
「興味ある?」
下からなまえを覗きこめば、真剣な彼女の顔があり、ハンジは確実に最低限の目的は達成したものと判断する。
よしよしと頷くも、ハテとハンジは、折角彼女が興味を持ってくれた石について、宝石商から聞いたいくつかの話を、忘れてしまったことに気付いた。
なまえの瞳が、明らかに続きを欲している。
しかし、記憶のどの扉を開けても、肝心な場所に辿り着くことはできない。
「ごめん、なまえ! 他にも何か、色々聞いたんだけど、思い出せない。忘れちゃった…」
「ここからが肝心だったんじゃないんですか?」
「いや、そうなんだけどさ。ごめんって。そんなふくれっ面したら、可愛い顔が台無しだから、ね?」
興味を持たされるだけ持たされ、期待を落とされてしまったなまえは、落胆しながら作業に戻ろうと、乱雑に本が差し込まれた棚に手を伸ばす。
大体にして、なぜそのターコイズなるものの話をしたのか。
彼女の話はいつも突然であるため、意味を持つことがないことも多い。しかし、今回は自分が知りたかったことであろう話だったため、どうしてもその続きが聞きたくてたまらなかった。
調べるしかない。
時間を見つけて、書庫にでも行ってみようと、黙々と作業をなまえは再開するのだった。
(まあ、興味は持ってくれたみたいだから、良しとするか)
落胆は勿論、少々機嫌を損ねてしまった彼女の背中を見つつ、それでも目的は達したと、ハンジは満足げに一人頷いた。
そこからハンジの興味は別のところに移ったらしく、なまえが棚の整理を終えたら、次に手をつけようと思っていた執務机に、散乱する書類をひっくり返して、彼女は何やら探し始める。
ゴソゴソ、
バサバサバサ─────
かろうじて雪崩れてなかった書類たちが、ハンジの無遠慮に漁る手で、床に散らばっていき、なまえは手にしていた本を眉間にあて、また仕事が増えたと頭を痛めた。
「もう…、いつまでも片付かないじゃないですか。またリヴァイ兵長に、戻りが遅いってどやされちゃいます」
ここを片付けて来いと言ったのは、上官のリヴァイだ。だからと言って、長時間入り浸ってきて良いという意味ではない。
彼も執務をするのに、なまえの手が必要なわけで。
しかし、自分が出入りするハンジの研究室が、あまりにも人の生息する環境ではないと、定期的になまえを掃除させに寄こすのだ。
手際良く整頓したら、すぐに戻らなくてはならず、その予定の時間も随分と過ぎてしまっている。
今日はまだ書類の処理も残っており、朝チラリと確認しただけでも徹夜レベルだった。今頃リヴァイは、一人眉間に皺を寄せつつ、黙々と処理しているのだろう。
(戻る時、紅茶を淹れていこう)
機嫌の悪い彼が嫌ということではない。むしろそこは気にならない。
ただ、イライラしたままだと非常に仕事の効率も悪いわけで、自分以外の兵士が彼を尋ねて来室した際に、委縮してしまうのが目に見えていて。
「おい、なまえはいるか?」
思考も手も、絶賛総動員中のなまえの耳に、本来なら最もその手腕を発揮したい相手、リヴァイの声が、扉が開くと同時に届く。
「兵長!」
パッと振返ったなまえの顔が、分かりやすいほど嬉しそうに輝いた。
まるで飼い主を見つけた時の犬のように、ピンと立った耳と、ブンブン千切れるほどに振り回す尻尾が見えるようだ。
間違いなくなまえは忠犬だ。しかも、リヴァイにしか懐かない、可愛らしい小型犬。
リヴァイも自分を怖がらずに、屈託ない笑みを見せる彼女がお気に入りらしく、扉を開けた瞬間は、凶悪な視線をハンジに向けていたのだが、それもなかったかのように和らいでいく。
「今日は一段と汚ねぇな、ハンジよ。うちのなまえがおかしな病気にでもなったら、どうしてくれる」
「そんなに汚い? これでも随分綺麗になったんだけど」
なまえのおかげでね、と付け足すと、リヴァイの和らいだばかりの顔は、一気に固まり、ハンジを汚いものでも見るかのような目に変わっていった。どうしたら、ここまで物が散乱し、得体の知れない物体を、そばに置いておくことができるのか。
自分が命じたのだから仕方ないと思いつつ、ここで作業をしていたなまえを、一度風呂に突っ込んでから、執務室に連れ戻す必要があるのではとさえ思うほど。
よく見たら彼女の顔は、心なしか煤けている。リヴァイは小さく溜息をつき、棚の前でニコニコと自分に笑顔を向けているなまえへと歩みより、真っ白なハンカチをポケットから出して、拭けとばかりに手渡した。
「あとで、顔を洗ってきますから、大丈夫です」
「俺が気になる。頬が汚れてるじゃねぇか」
「や、でも、ハンカチが…」
汚してしまうから受け取れないと、首を振る彼女に痺れを切らせたリヴァイは、問答無用でなまえの頭を抑えつけ、煤けた頬をゴシゴシと拭きとっていく。
「お―い。きみたちイチャつくなら、別な所でやっておくれよ」
仕事の邪魔だから早く出ていけと、ハンジは手をヒラヒラさせ、ニヤニヤした視線を向けると、その意味に気付いたリヴァイは、フンっと鼻を鳴らして、顔を真っ赤にしているなまえを引っ張り、執務室へと戻っていった。
「甘酸っぱすぎなんだって、もう…」
リヴァイとなまえ。
最初は信頼できる部下と、尊敬する上官だけの関係だった。しかし、二人が共に潜り抜けてきた長い時間は、向けていた気持ちを、ハンジにでさえ気づかれるほど、特別なものへと変えていく。
早く素直になればいいのに。
しかし、リヴァイの立場と、それを理解するなまえの心が、未だ上司と部下としての関係を、越えさせないでいる。
「早く、くっついちゃってよね。みんな、そう思ってるんだからさ」
誰も彼らが恋人同士になったからといって、文句を言う人間などいない。だから、少しでもきっかけがあればと、宝石商から聞いたターコイズの話を彼女にした。
ターコイズはね、きっと、きみたちのためにある石だよ。
自分のささやかなお節介が、どんな結果を生むかはわからない。
しかし、少しでも二人の距離が近づけばと、ハンジは願わずにはいられなかった。
そんな初夏の一日。
――――――――――――
あの日から、なまえはターコイズのことが気にかかり、暇をみては書庫へと赴くようになった。
それだけではない。
調整日となれば街の雑貨屋を覗き、ターコイズとはどのようなものかと、探し求める時間が増えていった。
ターコイズ自体は簡単に見つかった。
やはりなまえが一度目にしたことのある石だったようだが、微妙に色合いが異なり、記憶にある同じ碧が見つからない。
ハンジが宝石商から聞いたというのだから、自分もそうすれば一番早いのは分かっていたが、さすがに敷居が高すぎて足を踏み入れられない。そうとなれば、できる範囲で調べるしかないと、髪飾りやペンダントなどを扱っている場所に行くしかないのだ。
では書庫では何をしているのか。
それはハンジが言っていた“色々”というやつを調べるため。
ターコイズには、護り石としての意味もあると言っていた。そして忘れてしまった宝石商の話があるということから、きっとこの石には、まだ他の意味があるのだとなまえは考えて、書庫に入り浸りになっていく。
ターコイズの存在を知らされてから、季節は巡ってもう秋も半ば。日によっては肌に感じる風も、随分と冷たくなってきた。
書庫は紙が変色し、痛まないようにと、太陽の光が遮られ、薄暗く空気もひんやりとしている。廊下はまだ暖かいが、書庫に足を踏み入れた途端、季節が一歩先に進んでしまっているのではと、勘違いしてしまいそうだ。
時間を見つけては、何度も足を運び、膨大な書物の中から、やっと見つけたそれらしき本を、慎重に捲っていく。
どこから集められたのかはわからないが、ここには随分と古い書物も保管されており、なまえが手にしたものも、その部類に入るのか、所々背表紙が綻びを見せていた。
捲るごとに埃臭く、紙特有の匂いが鼻をつく。
「あ、あった!」
どうやら目当ての内容が、記述されていそうな箇所に辿り着いたその時。
「ほう、それは宝石の書物か」
「うわぁ! びっくりした…。兵長、驚かさないで下さいよ」
突然の背後からの声に、なまえは盛大に叫び声をあげ、手にしていた本を床に落としてしまった。
まさかこんなにも彼女が驚くと思っていなかったリヴァイは、すまないと言いつつも、苦笑してその本を拾い上げる。
それにしても珍しい。
こんな書庫に足を運ぶ人間は少ない。
ここに収められているのは、流行りの恋愛や冒険活劇のような小説はない。
多くの人間が、かつては学び舎で退屈しながら教わる、学事の延長上のようなものばかり。
リヴァイの場合は、エルヴィンに付き添う社交上で必要な知識のため、こうして時折書物を漁っている。
地下街出身のリヴァイにとって、教養は無縁のもの。しかし、人前にでる機会の多くなったことで、否が応でも身につけなければならなくなったわけだが、大体の兵士には必要のないものだ。
だから、ここに足を運ぶのはごく一部で、まさかなまえが熱心に書庫通いをしていると知った時には、正直驚いた。
しかも、失礼とは思いつつ、彼女が宝石に興味を持つとも思えなかったのに、その手の書物を開いていたのだから、興味を惹かれ、つい驚かせてしまった。
各言うなまえは、書物を受け取り、再び開くかどうか少しだけ迷ったものの、何となくリヴァイがいる中で、ターコイズについて調べるのも照れくさくなり、元の位置にそれを差し込んだ。
やっと見つけた目当ての本。
場所さえ覚えておけば、すぐにでも取り出すことができると、なまえは今ここで読むのを諦め、何食わぬ顔で、書庫を後にしようとする。
「何だ、見ていかないのか? なんなら、持ち出しの許可を出そうか」
「いえっ!! 大丈夫です!!!」
自分が近づいても気づかないほど、夢中になっていたのだから、余程だろう。
リヴァイはそう気を回すのだが、当の本人は声を上ずらせ、失礼しましたと、一目散に書庫から飛び出して行ってしまった。
何をそんなに慌てる必要があるのか。訝しげな顔をするリヴァイは、なまえが手にしていた書物を抜き取り、パラリとページを開いてみる。
長く開かれることがなかったのか、それとも誰の手にも触れることがなかったのか。その書物には、なまえが開いていたと思われるページの背の部分にだけ、少し跡がついていた。
彼女が調べようとしていたことに、興味をそそられたリヴァイは、当然そのページを開くわけで。
「ターコイズ?
ほう…、あいつ、こんなものに興味があるのか」
リヴァイも耳にしたことはある。
確か碧色をした石だったはずと、会議で王都に赴いた際に、貴婦人たちの話題に上がっていたことを思い出す。
護り石として兵士に贈られることが多く、リヴァイも彼を気に入っている貴婦人達から、贈られたことが幾度かあった。
親しいわけでもない。しかし資金を調達するための、謂わば金蔓である彼女たちの機嫌を損ねるわけにもいかない。上辺だけの感謝を述べ、その後はエルヴィンに手渡し、秘密裏に処分してもらうことも屡。
たかが石に何の力があると、鼻で笑っていたが、好意を寄せるなまえが、興味を持っているとなれば話は別。読み進めていけば、そこには惹かれる一文が載っていた。
“透明感があり、愛ある溢れんばかりの眼差しは、周囲を安心させていく”
「アイツのことじゃねぇか」
ポツリと零したリヴァイの口元は、自然と弧を描き、先ほど彼女が出て行った扉の先の、小さな背中を思い浮かべるのだった。
――――――――――――
王都ミットラス。
エルヴィンをはじめとする幹部たちは、会議のために中央へと招集されていた。
季節はもう冬。12月ともなれば、南に位置するトロスト区から北上する彼らには、なかなか堪える寒さとなっていた。
「予想以上に寒いわ」
一人王都の街を歩くなまえは、吹きつける冷たい風に、ブルリと体を震わせる。
会議といっても形式的なもので、終わってしまえば比較的自由になる時間がある。なまえはこの日を心待ちにし、何としてもある目的を果たしたかったのだ。
それは勿論あの石、ターコイズを手に入れることだった。
給金はもともと使うこともなかったので、かなりの額があった。少しくらい値の張るものでも買えるはず。
あとはあの人に合うものがあればと、それだけが心配であったが、それも杞憂に終わり、予想よりも値は張ったものの、満足のいくものを手にいれることができた。
なのにだ。
「なまえ、お前にこれを」
王都を離れる前日、リヴァイから渡されたものに、なまえは驚きのあまり、声を失った。
“いつも世話になっている”と、渡されたそれは、ターコイズで装飾されたブレスレット。
「以前、書庫でコイツのことを調べていただろう。興味があったと思ってな。まあ、たまたま見かけたものだったが」
「あ、ありがとう、ございます…」
彼が自分のために、選んでくれたことは嬉しかった。しかし、そこに添えられた言葉は、あまりにも素っ気なく、残酷だ。
そうか、リヴァイは自分をただの部下としか、思っていないのだな。
勿論分かりきっていたが、彼の口からそれをはっきりと聞かされてしまうと、なんともいえない虚しさがこみ上げてくる。
綺麗なブレスレットだ。
執務をするくらいなら、していても邪魔にならなそうだ。
ぼんやりとそんなことを考えていると、不意に目じりから温かいものが、零れ落ちていくるのがわかった。
「おい、どうした」
「…っ! なんでもありません! あの、これ、ありがとうございました!!」
喜んでくれるとばかり思っていた。
なのに、なぜなまえはこんなにも悲しい顔をして、泣いているのか。
リヴァイが涙の理由を聞こうと、彼女の腕に手を伸ばすが、それをかわすようにすり抜け、なまえは走り去っていく。
それからというもの、なまえ追いかけ、そして逃げられ、焦りはより大きく、リヴァイの機嫌は降下していくばかり。
執務室でも必要以上に彼女は口を開くことがなく、リヴァイを避けているのがありありとみてとれた。
最初は何を子ども染みたことをと、笑っていたエルヴィンたちも、いよいよ心配になり、一番話を引き出せそうなハンジが、なまえを自分の研究室へと呼び出すこととなり。
「で、渡せずじまいで、ずっと持っていると」
目の前で眉を八の字にし、今にも泣きそうななまえに、ハンジは呆れたと言わんばかりに、額に手を当てて天井を振り仰いだ。
しかし、何ともタイミングが悪いというべきか。
まさかリヴァイが、彼女にターコイズを贈るなど、考えてもみなかった。
しかも、普段から世話になっているお礼と言って、気軽に手渡してきたものだから、なまえとしては、一世一代の告白と共に渡そうとしたのに、出し辛くなってしまったというのだ。
「だって、ハンジさん。ここで石の意味を兵長にお話して渡してしまったら、先に私にくださった兵長との間に、変な空気が流れるじゃないですか」
そりゃあ、渡せなくなります、と語気を強め、なまえはハンジに詰め寄っていく。
渡したいのに渡せない。しかも今日は、奇しくも12月25日。リヴァイの誕生日だ。
今日この日を逃せば、永遠に日の目を見ることはないだろう。
「ああ、もう!! どうしてきみたちは、揃いも揃ってっ!」
「え?」
「いいから、なまえは私に大人しくついてくる!! いくよっ!!」
何が起こっているのか理解できないなまえの腕を掴み、ハンジは足を縺れさせつつも、必死についてくる彼女を引っ張って、ずんずんと兵舎内を突き進んでいく。
すれ違う兵士は何事かと端に寄り、今にも転びそうななまえを、心配そうに見守るだけ。
辿り着いたのは、なまえもよくしる一室、リヴァイの執務室。ハンジはいつもリヴァイがするように、ノックもなしでその扉を勢いよく開いた。
「リヴァイ! 邪魔するよ!!」
「邪魔するなら出ていけ、クソメガネ。…と、なまえ?」
「お、お久しぶりです? 兵長… 「 あとはきみたちで、存分に話合ってくれたまえ!!」 … 」
僅かな沈黙の後、用が済んだとばかりに、鼻息荒く執務室を出ようと、再び扉に手をかけるハンジ。その彼女にリヴァイは、全てを察したのか、余計なことをと目を伏せ、口の端をあげて笑った。
「さて、なまえよ。なぜお前がここ最近、頑ななまでに俺を避けていたのか、理由を聞こうか」
「避けていたわ … 「避けていたよな?」 … はい、」
いつかはこうやって理由を聞かれたのだと思えば、ここらが潮時となまえは腹を括る。
リヴァイも、もう逃がさないと、腕を組んでなまえの退路を断っていた。
もうここまでだ。
「あのっ、これを…」
小さな包みを、リヴァイの顔を見ることなく、両手に乗せて差し出すなまえ。
「先日、兵長に頂いたものと同じ石なんですが。あの、今、王都で流行っていまして。お守り的な意味とかあるらしいんです。あと、あと、」
“12月の誕生石です”
リヴァイの目を見ることが恥ずかしいのか、ずっと顔を俯かせたままのなまえは、震える声で必死に口を動かした。
何度も渡す際のシュミレーションをしたのに、いざ彼を目の前にすると、頭が真っ白になって、うまく言葉が出てこない。
こんな雰囲気も何もない、ずっと渡しそびれてしまっていた箱を、偶然与えられたただけのタイミング。
あまりの自分の情けなさに、涙が出そうだった。
「これを、俺にか?」
「はい」
「最近、俺に余所余所しかったのは、コイツのせいか?」
「は、はい…、って、そんなに私、おかしかったですか?」
バッと顔をあげたなまえは、箱の中身をじっと見ているリヴァイが、心なしか嬉しそうな顔をしているように感じ、じんと心が温まってくる。
彼女が選んだのは、銀を土台に細工をされた、ターコイズのペンダント。もし身につけてもらえるならと、邪魔にならず、且男性がつけても貧相にならないものを、彼女は必死に探しまわった。
綺麗な碧の石だとリヴァイは思った。まるで初めて壁外に出た時に見た、どこまでも広がり抜けるような空の色。
自分がなまえのために選んだ色は、もう少し深かったように思う。それよりも優しい、いかにも彼女が選びそうな色彩だと思った。
「誕生石、か」
「はい、兵長が生まれたことを意味する石です。
これは、」
なまえはこの碧い石に込められた、たくさんの思いを伝えていく。
会った瞬間から、その人に全信頼を抱いてしまうほどの汚れなき魂。その魂は、多くの人々の出会いや別れを見届け、そして愛や悲しみすらも見守っていくという。
「あと、人々を安心させ、もし兵長が…、その…っ」
ここまでスルスルと淀みなく話してきたのに、急に戸惑ったように口籠ってしまったなまえ。しかし、リヴァイはその続きをじっと待ちながら、手の中で優しい色を放つターコイズをそっと撫でる。
この石は多分に良い意味を持っているようで、自分が身につけていてよいものかという気遅れさえある。しかし、せっかくなまえが選びに選んでくれたものとなれば、より深くその意味を知り、彼女と思って身につけたいとさえ思った。
「どうした?」
すっかり押し黙ってしまったなまえを見ると、少し悲しげな顔をして、視線を逸らしており、心なしか大きな瞳が、潤んでいるようにも見えた。
気遣わしげな目を向けるリヴァイに気付き、なまえは慌ててすみませんと、取り繕った笑みを浮かべ、話の続きに口を開く。
「もし兵長が、心から愛する人がいらっしゃれば、魂から繋がることができて、お互いを…、唯一の相手としていくとも言われています」
だから、きっと兵長は素敵な人と、出会えますよ。
笑っているようで、泣いているようで。
なまえを見て、自惚れていいのだろうかと、リヴァイは柄にもなく、グっと手に力が入り、危うく箱を握りつぶしてしまうところだった。
その悲しげな顔は、リヴァイの想いが自分にはなく、しかし彼の幸せを祈る健気さと汲み取るに十分で、確認するよりも先に、今にも泣きそうな愛しい存在を抱き寄せる。
閉じ込めた温もりは、愛しさを増してゆき、もっとなまえを近くで感じたいとばかりに、リヴァイは更に力を込めた。
「ありがとうな」
「兵長…?」
思いもよらないリヴァイの抱擁に、なまえは戸惑い、パチパチと何度も瞬きをして彼を見上げると、見たこともない、彼の顔がそこにはあった。
目を細め、瞳の奥にはなまえを、唯一の愛しい存在として見つめる、優しく穏やかなリヴァイが、聞きとれるかどうかの微かな声で、自分の名を呼んだ。
勘違いしそうになる。
これでは、リヴァイの想い人が自分だと、そう思い込んでしまいそうだ。
「宝石商に聞いたんだが、こいつは持ち主に危険が迫ると、身代わりになって割れちまうらしい」
先日彼女に贈ったのは、降りかかる災厄から、なまえを守ってもらえるようにという、リヴァイの気持ちが込められていた。
それを正直に伝えるのも恥ずかしく、しかもただの上官としか思っていないのに、そんなことを伝えられても、困るだけだろうと、結果そっけなく渡してしまったのだ。
今なら、素直に自分の想いを告げることができる。
情けなくも、そのきっかけが偶然とはいえ、なまえから贈られたこのターコイズなのだから。
「なまえよ。俺はこの通り口がうまくねぇ。だからお前に誤解をさせちまった。お前は俺にとって、特別で大切な女だ。
だからこれからは、お前がこいつの代わりに、」
ずっと俺を見守ってくれないか?─────
そっとなまえの耳元で囁くリヴァイの声は、舞い散る雪のように、彼女の心に優しく降り積もる。
なまえがそばにいれば、自分は前を向いていられる。
先陣に立ち、後ろに続く兵士たちを、率いていける。
「おいおいおい、だんまりかよ」
「いや、だって…」
夢にも思わなかったといいうのは、このことか。
まさかずっと片想いで、この恋慕の心が届くなど、絶対にないと思っていたし、それが叶うなど、天地がひっくり返っても、ありえないと思っていた。
なのにリヴァイは、同じ気持ちで自分を想い、ターコイズにですら、同じ願いを込めて贈ってくれたのだ。
信じられない。今、瞬き一つでもすれば、夢とばかりに愛を囁いてくれたリヴァイが、消えてしまうのではと怖くなる。
どうすれば夢は覚めないのか。
そればかりが、なまえの頭の中をぐるぐると駆け巡っていく。
「信じられねぇか? じゃあ、これならどうだ」
彼女の葛藤を知らずに、リヴァイはなまえの頬に指を滑らせ、額に一つ口づけを落としていく。
次いで目元、頬にと、優しくキスの雨を降らし、最後は小さく柔らかな唇へと重なった。
そっと唇を離すと、真っ赤な顔をしたなまえが、自分を驚きの顔で見ており、予想通りすぎたその顔に、リヴァイは思わず吹き出してしまった。
「もう、兵長…。ズルイです、そんなの。ずっと我慢していたのに、抑えられなくなるじゃないですか」
「我慢? 何を我慢する必要がある?」
「…っ。兵長を、好きな、…ことです」
愛する人から贈られることで、幸せになれるという言い伝えがあるというターコイズ。
光に充ち溢れんばかりの笑顔が、これからは自分にだけ向けれらるのかと思うと、リヴァイの心はそれだけで華やいでくる。
「じゃあ何か? 俺もお前を好きだということを、我慢しなくちゃならねぇのかよ」
「え? や、嘘…だ、」
状況はリヴァイとなまえが相愛であると告げているが、彼女の頭はまだそれを受け入れられていない。しかし、はっきりと“好きだ”という言葉を耳にした今、本当なのだと全身がカァっと熱くなってきた。
やっと受け入れたかと、リヴァイはなまえの様子から理解し、彼女が自分から逃げられないように、腰を抱き寄せ、体を密着させていく。
「俺がお前にとって、唯一の相手だと確認が必要だと思うが、どう思う?」
「そ、それは、どういう…、ん、ん…っ」
今度は息の止まるような口づけに、なまえはついていくのがやっとで、絡められる舌の感触は、さらに彼女の思考を奪っていく。
息苦しさに、トントンと胸を叩けば、やっとのことで解放されたわけだが、絡まる視線は熱く、彼が何を望んでいるかなど、すぐに理解できた。
「俺にとっても、その確認が必要だ」
そうだろう? と不敵な笑みを浮かべるリヴァイに、これからの自分を想像して、胸が高鳴っていく。
「確認が必要ですね」
「決まりだな」
恥ずかしげではあるが意味を察し、リヴァイの首筋に顔を埋めるなまえ。その仕草を了承のサインと受け取り、リヴァイは彼女とともに、ソファへと沈んでいく。
慈しみ合い、絆を深め愛を育む。
『ターコイズの愛みたく』
それは曇りなき心で、愛し合う恋人の姿。
〜 FIN 〜
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