小さくも温かく

冬の夜の静かな時間。
出入りへと向かう夫と妖たちをはらはらしながら待ついつもの夜長を、妻である若菜は1人ひっそりと過ごしていた。

目の前にある小さな行灯。
優しい光の力を借りてなんとか心を落ち着かせ、ひと息ついたそんな時。


こつん、と何かが背中に当たった。
そしてすぐに着物の袖をわけるようにして小さな両手が腰に回り、落ち着いたはずの心臓が早鐘を打つ。



「り、リクオ?」



編み物の手を止めて後ろを振り返れば長い白銀の髪がゆるりと動いた。見たところ息子のリクオであるには違いないが、羽織りも着ず裸足で自分にしがみつく様子は何とも寒そうだった。



「あ〜びっくりした…リクオどうしたの」
「……」
「リクオ?」



もう一度名前を呼ぶと、まるで返事をするようにずるっと鼻をすする音がした。顔をあげようとせずしがみつく力をぎゅっと強めただけで、小さく震える肩が暗闇も相まってやけに小さく見えた。



寂しかったのかしら――



鯉伴が遅くなるだろうと寝室にそっと1人寝かせてきた事を思う。いつもリクオを挟んで川の字で寝るだけに、両側に暖かみが無いのにはさすがに気づいたようだ。
それにしてもいつ部屋にはいってきたのだろう。襖を開け閉めする音なんて聞こえなかった…さすがぬらりひょんの孫だわ、と驚く。



しかし、起きて感じた寒さと寂しさを思うと申し訳なくなって、冷たくなった息子の足に手を添えた。



「眠たくない?」


ゆるゆると左右に頭を振る。


「でも寒いでしょ、一緒に行ってあげるからお布団入りましょう」

またも否定の意を示す。その度に揺れる長い髪が夫を思わせて何故か愛しさが増した。



「………ここにいる」
「寒いわよ?」
「お母さんといる」
「…ふふっ…仕方ないわね。じゃあお膝においで、冷えるから」
「……ここでいい」



あらあら。
苛立ちなどは勿論微塵も起こらなかった。素直じゃないのはきっと鯉伴さん譲りね、と柔らかい笑みを零して自分の羽織りをリクオにかけてやった。
二人羽織りのように袖を通し、編み物を再開すれば小さな息づかいが背中を通して感じられた。



.






ジジッ…と蝋に浸したこよりが時折音をたてて燃える。その他にはかちゃかちゃと若菜の操る編み棒の音が響くだけで、部屋は殆ど無音だ。
いつもの夜と変わらないけれど、ただ1つ背中に愛しい温もりがあるだけで、心はじんわりと癒されていく。横を向いて寄りかかるリクオの体温を感じながら前後にゆっくりと揺れてやると、気持ちがいいのかすりすりと頬を寄せる気配がした。



「母さん」
「なぁに?」
「すごくいい匂いがする」
「あら、嬉しいわね。どんな匂い?」



ん〜と唸りながらまた若菜の背中に頬を寄せる。母さんと呼ばれた事と久々に会話ができている事に胸を躍らせながら答えを待った。



「んー……」
「どう?」
「わかんない」
「え〜」
「でも親父とおんなじ匂いがする」



なんだそれ〜とクスクス肩を揺らして笑っていた若菜だが、リクオがぽつりとこぼした言葉にきょとんとしてしまった。



「鯉伴さんと同じ匂い?」
「うん」
「じゃあリクオも同じじゃあないかしら。皆一緒に洗濯してるから」
「ううん、違う。皆とは違うんだ。もっとこう…庭の草みたいな、太陽みたいな…あと石鹸とタンスを合わせたような…で、親父はそれにタバコの匂いもするんだ」
「まぁ…」




子ども独特の表現に若菜はまた笑った。そして近い香りを指折り数えて必死に伝える小さな子どもに愛しさばかりが募った。

私と鯉伴さんを感じてくれているのね。
太陽や草はきっと散歩した時の香。
石鹸は一緒にお風呂に入った時の香。
タンスってのはちょっと気になったけど、私だってお母さんの着物から嗅いだことがある。
そして、鯉伴さんのタバコの匂い。


1つ1つ、家族の思い出を匂いとして刻んでいることがとても嬉しかった。大切な日常がリクオの思い出にしっかりと記されていることに安堵した。



「それで……で、…寝てるとき…には、ね………」
「ええ」
「親父と…母さんと……手を、つないでる……から…」
「ええ」



あったかいんだぁ…とまで聞き取るとそれからは何も聞こえなくなってしまった。かくんかくんと頭を揺らしていたから前後に揺れてあやしていたのだが、とうとう眠ってしまったようだ。
急に重くなった背中の温かみ。

振り返れば滑らかな頬に長い睫毛の影が映り、小さい唇からは規則正しい寝息がたっている。



「…寝ちゃった」



くすりと肩を揺らした若菜がリクオを抱え上げて自分の胸の中に抱き直す。頬同士をくっつけてリクオ、と優しい声で名を呼んだ。


鯉伴さんが帰ってきたら皆で川の字で寝ようね。手を繋いで離れないように、いい香に包まれて温めあってぐっすり眠ろうね。



ごう、と風が唸った。
ざわざわと聞こえる話し声は百か二百か。
身を這う畏とは裏腹に、ただいま〜と響く聞き慣れた呑気な声。
はぁい、と元気に返事をした若菜は先刻の可愛らしい出来事を早く伝えたくて、愛しい夫の名を呼んだ。






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