赤い糸の行方

※"番傘さしてお迎えに"のリクオ視点。番傘〜を先に読まれたほうが分かりやすいです







「あぁもう!どこ行ったんだよ鴆は!」



バチャバチャと泥水がはねるのも気にせず、リクオはあちこち走り回っていた。

大きな紅い番傘は重くて何度かそこらに置いていこうかと思ったのだが、鴆を見つけた時が困るので渋々さしている。




「はっ…はぁっ…」



夕焼けをあっという間に侵食した雨雲が夜の闇と組んで辺りを暗く染め上げる。

もう着物の裾はずぶ濡れで、額にもうっすら汗をかいていた。

鴆が診察に行った家の妖はずいぶん前に出たと言うし、そこらへんの木の下にもいなかった。
あの美しい新緑のような柔らかい髪は遠目でも目に付くはずだ。

いよいよどしゃ降りになってきた雨に足を止めたリクオはふーーッと大きく息をついた。



――もしかしたらもう屋敷に帰ってんのかも



ふーーッ。

きっとそうだ。今頃屋敷に帰っててオレが居ないのを番頭あたりに聞いて、慌てて探しに来てるのかもしれねぇ。

そう思うと握っていた番傘が急に重く感じた。

濡れて足首に張り付いた着物もひどく冷たい。



少し休みたかった。




「あそこで……」




視界の悪い中にぼんやりと浮かぶ家を見つけて軒下に入り込んだ。

明かりもないところを見れば空き家のようで、ガラス戸の向こうはただひたすらに闇。

だが、そのくすんだガラスの向こうで不意に何かが動いた。

かすかに話し声も聞こえる。




「先客か…?」




無意識に手が引き戸に伸びていた。

滑りが良く素直に開いた戸の先で、新緑が揺れた。




「鴆」

「あれ、リクオ?」




「あれ、じゃねーだろ。なんつー格好してんだよ」




いた。けど、何してんだ。

見つけた鴆はびしょ濡れの着物を上だけ脱いで半裸の状態だった。

しゃがみこんで手を伸ばしているが、その先には何もいない。

さっきの話し声は間違いなく鴆のものなのだろうけど誰と話していたのかまでは分からない。

でもやっと鴆を見つけられて安心したのか、疲れと眠気に襲われたリクオは肩で息をした。



「探したんだぜ」

「探した?オレをか」

「他に誰がいるってんだよ。ったく呑気だな、お前ん家行ったら診察行ったまんま帰ってこねぇっていうから来たのに」

「悪い悪い、いきなり雨降ってきたからさ」

「なら、もっと分かりやすいところで雨宿りしろよな。ほらオレの羽織り着ろ」

「……なあ、」

「何、」

「何でオレがここにいるって分かった」





羽織りを受け取った鴆の質問にリクオはキョトンとした。

何故分かったかと問われても答えようがない。

だって今の今まであちこち走り回ってびしょ濡れになって、もう帰っただろうとあきらめかけて入った空き家でこうして出会えたのだから。

ここに来たのは単なる偶然にすぎなくて、超能力でもなければ探し出せなかっただろう。


ありのままを話しても良かった。しらみつぶしに走り回ってたまたまたどり着いた先に鴆がいたのだと。

でも。



――綺麗だな。



見下ろした鴆の瞳は暗闇なのにキラキラしていて、真っ直ぐにリクオを見ていた。

何かを期待するような、まるで子どものような真っ直ぐな瞳。



「鴆とオレは赤い糸で繋がってるからかな」




考えるヒマもなくこぼれていた。
するりと口をついて出た言葉に鴆は一瞬目を見開き、すぐに爆笑した。




「ぷっ……ははっ、なんでぇそれ」




「うっせぇな、早く帰んぞ」

「くくっ……。リクオ」

「なんだよ」

「ありがとな」

「……おー」




なんだか気恥ずかしくなって目をそらしたまま腕を引いて立ち上がらせる。

空き家を出る時、鴆はちらりと後ろを振り返ったがやっぱり誰かいたのだろうか。




「うわー、まだ激しいな。鴆、濡れないか」

「ああ」




番傘と鴆の荷物を右手に抱えて、濡れないようにと愛しい彼を自分に引き寄せた。

あんなに大きくて重かった番傘も今になってみればかなり有り難い。

1人ではスカスカだった番傘の中は2人で入ると驚くほどぴったりだった。

でも鴆が濡れないように少しだけ左に傾ける。




「(赤い糸…か)」





帰路を2人で歩きながら我ながらぴったりな答えに微笑む。

偶然とはいえ、この広い土地の数多ある空き家の中で鴆を見つけたのは奇跡としか思えなかった。

気づかない間に繋がっていた赤い糸がリクオを彼のもとへと導いてくれたなんて。








と、空き家を出てから鴆と話していない事に気づいた。

もしかしたら寒くて喋る気力もないのかも。

少し不安になって、隣を歩く鴆にそっと目をやる。

リクオと身長のほとんど変わらない鴆は寒そうでもなくきちんと前を向いていたが、視線はちらちらとリクオの腰あたりを見ていた。

つられて腰を見ると、がら空きのリクオの手に鴆が手を伸ばしている。


ゆっくり、ゆっくり、慎重に。


触れるか触れないかギリギリまで来たところでリクオの左手が腰に当たってぽんと揺れた。

途端にびくりと鴆の肩が跳ね上がり、その右手が宙をさまよう。




あぁ、もう限界。





「鴆、手ぇ繋ごうぜ」


「は!?な…なな…何でお前と手なんか…」


「よく言うぜ。ずっと頑張ってたくせに」


「…なんだよ、見てたのかよ」


「ばっちり」




ぐっと親指を立てて見せれば鴆は耳まで真っ赤になった。

照れても顔を隠したりしないのは潔くて彼らしいけど、さすがに見ているこっちも恥ずかしくなる。




「どうぞ、お姫さま」



「誰がお姫さまだ」




眉間にシワを寄せたその前に手を差し出す。

ちっ、と不服そうに舌打ちをしてから渋々といった風に手を伸ばす。

だが驚いたのはリクオだった。



「鴆…」

「何だよ」

「いや、何でもねぇ」

「そうかい」




伝わってきたのは微かな熱。

小指と小指を繋いだ手は2人の間でゆっくりと揺れた。

満足げに笑いかけた鴆にリクオの顔もほころんだ。




「リクオ、ありがとな」

「礼はさっき聞いたよ」

「ああ、でも見つけてくれて有り難う」

「赤い糸のおかげだな」

「だな」




雨はもうだいぶ小降りになったけれど、もう少しこうしていたかった。

しっかりと結われた赤い糸が解けないように、もう少しこのままで。







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