かじかむ手にキスをして




「思ったより遅くなっちゃったな」




心の中でごめん、と囁きながら目を閉じる。

次に目を開けた時には大きな木の幹の前にいた。

ゆっくり焦点が合う視界の端を桜の花びらが次々と舞う。日の暮れた真夜中だというのにそれらは発光しているみたいに鮮やかだった。




「遅い」

「ごめんってば」

「ぜってー4分の1も時間ない」

「もう、そんなにすねないでよね。変わりに面倒事は全部ボクがやってるんだから」




桜の枝から不服そうに見下ろしてくる夜の彼に、昼のリクオは頬を膨らまして言った。

こうして2人のリクオだけが共有する幻の世界に来る度に、夜はこんな小言を漏らす。

最初はどうせ自分と交代しても遊んでるだけだろう、なんて思っていたけど今じゃそんな事思わない。

この世界の中で夜を過ごす度に彼にずいぶん助けられている事を知ったから。

だから少しでも長く彼を現の世界に出してあげようと昼のリクオも努力しているのだ。




「ほら、早く行かないともっと時間なくなっちゃうよ」

「そうだな」



そんな夜の言葉を背中で聞いて目を閉じると、昼のリクオは木の幹に背中を預けた。

ずるずると腰をおろし、知らず知らずのため息をつく。


――ちょっと頑張りすぎたかな

学校から帰ったら次は若頭としての仕事がある。

別に嫌ではないから進んで動き回るのだけど、体は正直でこの世界に来ると眠気に襲われる。

今日は特に忙しくて、ついさっき冷たい風のふく町内をつらら達と見まわりしてきたばかりだった。



――そういうのはオレに任せろよな



いつか夜にそう言われた事がある。

口調はぶっきらぼうで額も小突かれたりしたけれど、それらが彼なりの優しさだと付き合いの中で分かっていた。



――有り難う。でもボクも皆の…君の役にたちたいんだ

――そぅかい



そう言ったからには今日の見まわりも投げ出すことなんてしたくなかった。

だから入れ替わる時間も遅くなってしまったわけで。




「(もう少し手際よくできないもんかなぁ)」






「よっこいせ」

「え!?ちょっと、何やってんの夜」

「何って、花見酒?」

「外には行かないの?」

「ん、今日はいい」

「さっきはあんなに愚痴ってたくせに」

「気が変わったんだよ」




そう言うと夜は昼の隣で酒を飲み始めた。

長く細い指で手酌をしながら細められる瞳はやっぱり綺麗だった。

こんなに間近で彼を見るのも、こうして一緒に幹にもたれかかるのも初めてのことで変に緊張する。

肩に触れる彼の腕が暖かくて、ふと自分の指先がかなり冷くなっている事に気づく。




「外に出なくていいの?」

「まだ言ってんのか」

「だって君いつもすぐ出て行くじゃない」

「そうか?」

「そうだよ。きゃっほ〜いってかんじで」

「んな事言わねえよ」

「例えだってば。言ったらボクがびっくりするよ」




実際、夜の彼のそんな場面を想像すると思わず笑いがこぼれてしまった。

でも今までの彼は本当に外に出て行くのが素早かったのだ。



昼のリクオが来るなりこの世界から早々に飛び出して、現の世界を過ごす。

出て行くのも早いが帰ってくるのも少し早くて、僅かな時間を昼のリクオと過ごすのだ。

それに何の意図があるかは自分の事だというのに全く分からなかった。




「ね…夜、」

「んー」

「何で気が変わったの」

「………」

「Σおわっ!?」




いきなり手を掴まれて吃驚した。

うとうとして霞んでいた視界が金無垢の双眸を捉える。




「外寒そうだし」

「う、うん。確かに寒かった……で、何で手握ってんの?」

「お前寒いんだろ」

「まあ、ちょっと冷えちゃったけど…って、いいよそんな事しなくて!」

「いいからいいから」




受け答えする間にも夜の両手が右手を挟んでさすってくれる。

その手つきは口調に反して柔らかだった。

少々強引で、有無を言わさないぶっきらぼうな物言い。

紅杯をくわえたままで行儀が悪いと思ったが、包まれた右手は夜の体温を借りてじわじわと暖まっていった。





「(もしかして…ボクを気づかって外に行かなかったのかな)」




そう思ってからすぐに、自分の自惚れた考えに恥ずかしくなった。

もしかしたら体の芯まで冷えたボクを温めるために身体を寄せてくれたり、こうして手をさすってくれたりするのかもしれない。

4分の1しかない貴重な時間を夜はボクの為に割いてくれているのかもしれない。

そんな恋人みたいな考えをふっと思いついてしまった事に笑ってしまう。




「(疲れてたんだなぁ)」




ぽかぽかする手のひらのおかげでまた眠気に襲われる。

そんなぼんやりする意識の中で、夜が優美な動作で屈んだ。




ちゅっ。




「………へ?」

「あ」

「え…えぇええええ!!?///」

「なんだ起きてたのか」

「ななな、何、いまいま……手に、きッ…きッ」




気づくの早ぇよ、と呟く夜からざかざかと慌てて距離を取って手の甲を見つめる。

まるで心臓がひとつ増えたみたいに胸と一緒にバクバクと暴れていた。




「何してんのばかっ!」

「温めてただけですが」

「だからってなんで…キスすんの///」

「……はぁ。」




え、何でため息ついてんの。

ため息つきたいのは君じゃなくてボクのほうなのに。

くしゃくしゃと頭をかいた夜は片膝を立ててボクを見つめた。




「…じゃあ逆に聞くけどさ」

「なに」

「何でお前は赤くなってんだい?」

「え、うそ…///」




まさか!と頬を押さえる。

そこはいつも以上に熱を持って熱すぎるくらいだった。

夜の質問はまだ続く。




「何でオレが毎日早くココに帰って来るのか、分かるか?」

「………。」

「どんだけオレがお前を好きか…分かるか?」

「な………」




いよいよ脳内がパンクしそうになってきた。

夜がボクを好き?同一人物なのに?

ああもう…何なんだ。




くすっ。





あわあわと混乱している昼を見て夜はため息のような笑みを洩らした。



そしてゆっくりと立ち上がると、昼のリクオに歩み寄り柔らかな栗色の髪に触れた。




「行ってくる」

「あ、行ってらっしゃい」




キョトンとした昼にもう一度クスリと笑い、夜は背を向けた。

ただ一言現の世界に消える直前に、




「なんちゃって」




という夜の囁きが聞こえた気がした。








+++++++
鈍ちんな昼にはまだ言わない事にした夜リクオ。
純粋な昼と優しい夜が書きたかったんですが大惨事っ!^^;
難しいですね。




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